4

 トライにわく中、一人だけ歓喜の輪に加われない選手がいた。プロップの酒井である。右足首を抑えて、苦悶の表情で起き上がれずにいた。

 佐山や鷲川が肩を貸そうとするが、結局担架が運び込まれてきた。

 カルアがコンバージョンキックを蹴る間、鹿沢は額に手を当てて考え込んだ。あの様子では、佐山はもう試合に出られない。

 普通に考えれば、控えの近堂を出すところだ。しかしまだ前半14分。試合の四分の三が残っている。

 近堂のスタミナが持つかどうか。

 カルアがキックの準備をしている。

「古龍、出るぞ」

「えっ、あ、はい」

「そのままフッカーに入れ。佐山をプロップに回す。とにかく守るのが大事だ。後半のどこかで近堂を入れる」

「わかりました」

 言った後鹿沢は、少し下を見た。

 これでよかったのか。自問自答した。

 できれば、ポジションは変えたくなかった。何しろ相手は東博多なのだ。けが人が出ることは想定内だったが、控え選手の準備もできているつもりだった。

 良い戦いができていて、油断しているのではないか?もしくは一度は近堂を出して、様子を見て後半にさらに交代する作戦もあったのでは?

「監督、こんなことはよくあるじゃないですか」

 それは、テイラーの声だった。鹿沢は眼を見開いてそちらを見た。

「どういうことだ」

「俺だってハーフ以外結構やりましたよ。犬伏だってあらゆるところを経験したと言ってました。監督は自信をもって、いろいろなことを無理やりやらせればいいんですよ。だいたいこれまでそうしてきたじゃないですよ」

「おい、無理やりってなあ」

 鹿沢は息を漏らした。そして気が付いた。東博多相手に舞い上がってしまったようだ。

 カルアのキックが飛んでいく。またも低い弾道だったが、バーの上は越えていった。

 14-14、同点だ。



選手交代

酒井(PR 3)→古龍(HO 2)



「ふざけんじゃねえぞ」

 主将の千葉は吐き捨てた。

 昨年の準優勝から、日本一を追い求めてやってきた。情報を遮断し、できるだけ練習試合も減らした。合宿地も変えたのだ。そこで対戦したなんやらかんやらとかいう高校と再戦することになるとは思っていなかったが、苦戦もするはずがなかったのだ。

 それなのに。

 県予選では一度も10点以上取られていない。対なんやらかんやら高校戦は、県大会決勝よりも楽なはずだった。以前対戦した時も脅威は感じなかった。

 この数か月の間に、成長したというのか?

 前回いなかった金田とか言う一年生にトライを決められた。宝田とかいうフルバックも動きがいい。だが、それがどうしたのだ。

「俺たちは東博多だぞ」

 千葉はこの時、決意した。

 隠していた作戦のうちいくつかを、この試合で解禁する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る