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「守り抜くぞ。トライだけは阻止する」

 蔭原は言った。

 6点差を逃げ切るゲームなど、今までしたことはない。ただ、しなければならないのだ。時間をかけて攻めても点が入らず、隙をつかれてトライされるというのが想定される中で最も悪いパターンだ。

 全く当初にはなかったプランだ。なんとか高校にここまで苦しめられるなんて。

 そして、予定外の出来事はすべて犬伏カルアにつながっている。9点は全て彼の得点である。ボールを出すスタンドオフというのも、予想外にそつなくこなせている。おそらく、スクラムハーフの経験があるのだろう。

 誰も、中学時代の犬伏のことを知らない。いったいどこまでを、どのレベルまでできるのか。見た感じ、どのポジションも一流ではない。だが、成長の跡は感じられる。前回対戦した時とは、明らか動きが違う。

 ひょっとして、楽しいのか?

 蔭原は、これまでのことを思った。勝って勝って、全国で負けて。推薦で入学して、全国に行って。そして一度も、勝てなさそうと言われた高校には勝てていない。

 宮理は、全国大会に行って当たり前だ。そして、全国大会では勝てるところに勝ち、強いところに負けている。楽しい、とは感じなかった。いい大学に推薦で行き、プロになる。そういう道筋の途中で、義務のように試合をこなしている。そして榊などを見ていると、実感する。「超一流になる奴は、違う」と。自分がどこまで努力しても、届かない才能。

 楽しくないんだよ。だからこそ、勝利だけは逃しちゃいけない。

 カルアから二宮、二宮から金田、金田からテイラー。後ろにはカルアがいる。絶対、そこだ。次こそは阻止する。

 蔭原は、パスが出るとともに走った。カルアは、キック力がありコントロールも正確だ。ただ、キックまでに溜めが必要となる。ドロップキックは、阻止できる。

 すでにキックの態勢に入ろうとしているカルアが、目を見開いた。蔭原のチャージが予想以上に早かったのだ。

 絶対に、蹴らせない。

 カルアは右に動いた。ずれてから蹴ろうとしたのか、本能的に逃げたのか。蔭原の体は、それを追った。

「ハイタックル!」

 笛が鳴った。蔭原の腕がカルアの首に絡んで、二人は抱き合うように倒れていた。

「え」

「10番」

 レフェリーが蔭原の方を向いている。ポケットから。黄色いカードが取り出される。

 シンビン。10分間の退場である。試合の残り、ほとんど出ることができない。

 カルアも大事を取って一度外に運び出された。カルアはきょとんとしていたが、脳震盪がないかなど調べるためである。

 一時的に、原院がフィールドに入ってきた。二宮と言葉を交わす。

 騒然とした中で、一人、目を閉じて口を真一文字にしている選手がいた。宝田だった。



 今まで何度もこんな場面はあった。しかし、今日は想定していなかった。

 ペナルティからカルアのキック。これは総合先端未来創世高校の得点パターンにもなっている。ペナルティをとれば3点、という安心感が生まれていた。

 しかし今、カルアは外に出ている。

 タッチキックからトライを狙うという手もあった。相手は一人少ない。トライからゴールで、一気に逆転だ。

 だが、一人減ったからと言って簡単に有利にならないのがラグビーである。相手はトライさえ防げばいいのだ。それに対してペナルティゴールは確実に点が入る。

 いや、いろいろ考えたところで、全部言い訳だ。昔はこういうところで、「俺に任せろ」と言って蹴ってたじゃないか。なんで弱気なんだ。

 犬伏がいるからだ。

 宝田はすべてわかったうえで、ペナルティゴールを選んだ。

 犬伏がいて、キッカーではなくなった。そして犬伏がいない今、キッカーとしての自分を取り戻した。

 レギュラーさえも確約されはしなかった。そんな自分が必要とされるならば、まさに今なのではないか。

 ざわめきが聞こえる。全く集中はできなかった。それでも、体は覚えている。

 息を吐いた。右足に、力を込める。つながった骨が、筋肉を運ぶ。

 ボールは、放物線を描いて飛んでいく。方向はいい。あとは距離だ。届いてくれ。宝田は祈った。いけ。いってくれ。

 ボールはぎりぎり高さ3メートルのクロスバーを越えていった。

 総合先端未来創世高校に3点が入り、12-15。ついに3点差にまで迫ったのである。

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