5
選手交代
テイラー(SH 1)→荒山(SF 3)
残り時間は、4分になっていた。味方ボールのラインアウトから、荒山が入った。
今日は出番がなかったはずだ。それが、宝田の話をした後に交代が決まった。そこから考えられる意図は、一つしかない。
ボールをキープし、荒山へとパスが渡る。バックスにラインができており、ボールが回っていく。そして、宝田がボールを受け取る。
「蹴れ!」
荒山の声が響く。宝田は一瞬の間の後、ボールを高く蹴り上げた。
「そっち?」
走りながら声を上げたのはプロップの酒井である。前へ大きく蹴り出すと思っていたのだ。しかし宝田がとった作戦はハイパンドだった。
ボールが落ちてくるまでの間に、チーム全体が前進することができる。しかし、当然相手もボールを追うため取られる可能性も大きい。今ならば裏に蹴ってもよかったし、外に出してもラインアウトで奪えたかもしれない。キープされてもプレッシャーをかければ相手も蹴り出した可能性が高い。
何が正しかったのかはわからない。ただ、酒井は「最善ではない」と感じたのである。
つまり、宝田は蹴るつもりじゃなかった?
ボールが落ちる位置もよくなかった。遠目に流され、味方は追いつけなかった。だが、キャッチした相手がまっすぐに近堂にぶつかっていったため、それ以上の前進はできなかった。
荒山はしばらく、口を結んで考えていた。蹴るつもりのなかった宝田。ミスに近いハイパント。外したコンバージョンキック。
久々の実戦だ。元通りでないのは仕方がない。それでも荒山は、すっきりしない気持ちを抱え続けた。
試合終了のホイッスルが鳴る。66-5。とにかく総合先端未来創世高校ラグビー部は、一回戦を突破した。
「おはよーカルアちゃーん」
陽気な声で挨拶をしてきたのは西木である。場所は寮の食堂。
「おはよう西木君。はやいね」
寮の朝食は、七時から八時と決められていた。カルアはいつも七時ちょうどに下りてくるが、西木の姿を見ることはまれだった。
「ちょっとテンション下がらなくて」
「授業中寝るね」
「え、
「ふふ」
西木と根田心之丞は、同じ一年B組である。根田をラグビー部に誘ったのも、西木だった。
「あいつの席から丸見えなんだよなー。ところでカルアちゅんさ、どうだった俺?」
「良かったよ。そつなくこなしてた」
「そう? 天才だった?」
「そこまでじゃ」
「そう? まあでも、ほっとしたよ。いよいよ次は、カルアちゃんの番だな」
「うーん、どうだろ……」
鹿沢監督は、次戦はスタンドオフでカルアを使うと明言していた。準決勝以降、二宮とカルア、どちらが出るかを見極めるためである。改めて1対1の構図を提示されると、カルアは勝てる気がしなかった。
キック力以外、すべて負けている。それでもキック力が魅力的だからこそ、宝田はどこかで使ってくれようとした。しかし鹿沢監督は違う。後のことも見据えて、スタンドオフの犬伏カルアを見極めようとしているのだ。
「とにかく、活躍しようぜ」
「うん」
カルアは、ゆっくりとみそ汁を飲み込んだ。
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