負傷

1

「行ける……のか?」

 宝田は、ボールを持って歩いていた。少しずつ、早歩きになる。そして、走った。

 医師の許可は出ている。骨は、もうつながっている。

 それでも、怖かった。

 土曜の練習は午後四時までとなっていた。現在は六時。部員たちは皆帰った後、と思っていた。しかし部室に戻ってくると、電気がついていた。

「あれ、森田」

「やっほー」

 テーブルに本を広げて、マネージャーの森田とカルア・杉畑が向かい合っていた。

「何してんの?」

「戦術の勉強」

「はー。すごい」

「宝田は?」

「ちょっと走ってた」

 その言葉に、森田だけが反応した。じっと宝田の顔を見つめる。

「大丈夫だった?」

「ああ」

「よかった」

「間に合ったよ」

 森田が差し出した拳に、宝田もこぶしで応じた。

「え、先輩試合出れるってことですか?」

 状況を把握した杉畑が、興奮気味に尋ねる。

「それはまだわからない。体と相談かな」

「見たいです」

「僕も」

 カルアも身を乗り出し気味に言った。県内トップクラスとされる宝田のプレーは、ぜひとも見てみたいものだった。

「まあ、待ってろって」

 宝田はにやりと笑ったが、森田だけは知っていた。それは、心からの笑顔ではない。宝田は、緊張しているのである。



 風が吹いていた。

 フィールド端からのコンバージョンキック。

 紅組のカルアは、ここまですでに3本のキックを決めている。しかも、すべて危なげがなかった。

 カルアがいる限り、能代がキックを担当することはなくなった。しかし、カルアは絶対的なレギュラーではない。鹿沢監督は、守備を考えて後半にカルアを下げることもあると分かった。

 見せないといけない。自分が試合に出る意味を。

 能代の蹴ったボールは、斜めから見るととても狭いポールの隙間を、まっすぐにくぐっていった。

 2点。貴重な2点。能代にとっても。

 能代はちらりとベンチを見た。そこには、宝田が一人で座っていた。監督とマネージャーはレフェリーをやっていた。

 宝田は、立ち上がって小さく足踏みをした。試合に出たくてうずうずしている様子が分かった。最近は基礎練習には一緒に参加するようになった。

 県内ナンバー1の足音が、聞こえてくる。

 能代は、絶対にキックを決めなければならなかったのである。


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