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鷲川(PR 2)→近堂(PR 3)



「蹴るな!」

 荒山の声が響いた。能代がびくっとして一瞬動きを止めた。

 相手陣で戦うには、遠くに蹴らなければならない。それがフルバック能代の考えだった。しかしスクラムハーフで主将の荒山は、それでは得点できないと判断していた。それは、伝わっていると思っていたのだ。

 一度相手にボールが渡ると、なかなか取り返すことができない。よって、蹴りこむのは得策ではない。

 自陣深くだが、パスを回していくしかないのだ。

 宮理の寄せは早かった。プレッシャーをかけられた総合先端未来創世は、ほぼ前に出られないパス回しが続いた。それでも、荒山は相手にボールを取られないように丁寧に展開をコントロールした。我慢できずに蹴ってくるのを、相手は待っているに違いない。

 金田にボールが渡った。相手の守備ラインはしっかりしている。金田は無謀に突っ込むようなことはしなかった。少し下がりながら、ボールを後ろへこぼすように手放した。そこに、近堂が走り込んできた。

 決して足が速いわけではない。ただ、誰よりも近堂は大きかった。タックルを吹っ飛ばし、5メートルほど前進する。そこで近藤は倒れ込んだが、すぐに荒山が駆け付けた。守備の乱れた隙を、つく。



「すげえ突進だ」

 賀沢かざわはしばらく、巨漢選手に視線がくぎ付けになっていた。近堂誠太郎、初めて聞く名前である。スマホで調べてみると、ラグビーではなく相撲部員として出てきた。団体戦で負けていた。

 現在、総合先端未来創世に相撲部はない。相撲部が廃部になった後、ラグビー部に入ったということなのだろう。もともとラグビー部は、いろんな競技出身者が集まるところでもある。陸上部やサッカー部から転身して、一流選手になった例もある。だが、在学中の競技変更はあまり聞いたことがなかった。

「これが隠し玉か」

 総合先端未来創世は、徐々に前進し始めた。それでもまだ、敵陣は遠い。宮理は、早め強めの守備が徹底されていた。

 もう一押し。もう一つ何かがないと、トライまではつながらない。

 カルアにボールが渡った。走力もないし、ステップがうまいわけでもないし、当たりが強いわけでもない。キック力はすごいが、今はむやみに相手陣に蹴っても生きないだろう。局面を動かすのは彼ではない、と鹿沢は思った。

 だが、カルアは局面を打開した。彼の蹴り上げたボールは、高く高く舞い上がった。

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