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「なんだ今の?」

 不思議な動きだった。

 鹿沢は、ずっとカルアを目で追っていた。本当にキックだけなのか。「もし自分が監督ならば」どう使えばいいのか。そんなことを考えながら。

 林は特にマークされているわけではなかったし、カルアのキックに対応する余裕は誰にもなかった。カルアが蹴ろうとして思いとどまったのか? だが、どうしてもそういう動きには見えなかった。

 そうだとしたら。

 強豪校を見据えての、練習?

 スマホで調べてみたが、「犬伏カルア」の名前は数件しかヒットしなかった。彼の中学時代の所属チーム名すらわからなかった。はっきりと本人として出てきたのは小学生の県総合運動会100メートル走で2位だったことと、中学校の習字コンクールで入賞しことだけだった。

 犬伏カルアとラグビーをはっきりとつなぐ情報は、存在していない。

 なんとなく。鹿沢は自分と同じかな、と思った。弱小校で、記録にも残らないプレー。フルネームなんて、どこにも記載されない。

 このチームには、二人の至宝がいる。荒山と宝田。中学生の時から、名を知られた存在だった。二人が入ったことで、東嶺は優勝を目指せるチームになった、と思われた。しかしトップツーの壁は厚かった。

 ラグビーファンの中には、こんなことを言う者もいた。二人が宮理くうり高校に入っていば、宮理高校は全国優勝すら狙えただろうに、と。

 鹿沢はかつて、そういう存在に出会わなかった。だからチームは勝てなかった。いつでも負けを受け入れられた。どれだけ自分がサボっても、そのせいでチームが負けるわけではなかった。

「犬伏、お前は違うんだな」

 無名の変態キッカー。強豪校に迷い込んでしまった彼は、今苦しんでいるのかもしれない。鹿沢は、そんな予感がした。勝ちも負けもあるチーム。シビアにレギュラーを選別されるチーム。自分より上手い同級生も下手な同級生もいるチーム。

 賀沢は左胸を抑えた。自分が犬伏だったら、と考えて。下手糞なフェイントに、拍手を送りたかった。

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