第三章 忘れ去られし神々 その4
ほほー。衛境衆の封神は優秀だなぁ。妖魔の気を完全に封じているし、ちょっとやそっと乱暴にしたぐらいでは包帯も崩れそうにない。このまま神社仏閣に安置してもいいぐらいだ。
「そこで簀巻きになって反省しろ……」
あー、胸糞の悪い戦いだった。しかし退魔士になったら、こういう戦闘の連続なんだろうな。馴れないと……退魔士に……ならないと……。
「御館様……ッ!」
贄姫が駆け寄ってくるなり、俺の背中を撫でようとした。
気遣い無用。残念ながらちんたらしている暇はない。
「行くぞ。少なく見積もっても、近くにクロイツのエクソシストが二組いる。奴らもスカージの妖力が消えて、やられたのを知ったはずだ。応援を呼ばれる前に狩るのがセオリーだが、敵意を煽ってエスカレートしたらたまらん。クロイツは幻術にかかっているだけだからな……この混乱に乗じて街を出よう」
スカージの起こした現実改変で、街には異常気象が起こり、発砲と爆発騒ぎがあったんだ。現場ではエクソシストが気絶していることだし、事態の収拾と隠蔽、警察組織への弁解に手間取るはず。
包囲に隙が生まれるはずだ。
「あの……御館様! 背中が!」
俺の背中に触れるか触れまいかのところで、贄姫の手が彷徨っている。
「だから俺は御館様じゃねぇッ! クソカルトになんかならねぇッ! 黙ってついてこい!」
俺は何で贄姫に八つ当たりしているんだか。贄姫は何も悪くない。頭ではわかっているんだが、心のざわつきが感情をかき乱す。スカージを見て、嫌なことを思い出しちまったせいだな。
こんな有様でアガルタとはち合ったら、ろくに抵抗できないままやられちまう。贄姫の腕を掴んで、夜の町を疾走する。
倉敷の地図によるとだな……住宅街を抜ければ山の裾野に入り、県境へ出ることができる。クロイツは国道を封鎖しているだろうが、付近にある森林組合の林道まではチェックしていないだろう。山道から包囲を抜けて国道に合流すれば、迷うことなく隣町へ逃げ込める。
倉敷はこういったルートを添付してくれるのだから、いいバックアップになれるだろうな。
山に近づくにつれて住宅の数が減っていき、代わりに田畑と森林が目立つようになる。一気に視界が開けたが、広がる農地に人影は見当たらない。好機と山の麓まで走り、目的の林道へと地図を頼りに入った。
鬱蒼と生い茂る緑が切り開かれて、剥き出しになった土が細い道となって伸びている。積まれた丸太を横目に見ながら、安置された重機の脇をすり抜ける。そして作業場と思しき開けた空間へと出た。
瞬間——強烈な光が眼を焼き、反射的に贄姫をかばってその場に屈んだ。
なンだ!? クロイツの聖職者クラスが使う、秘術でも使われたのか!? だがあれが使えるのは、奇跡認定庁が抱える『聖人』だけだ。こんな辺鄙なところに来ているとは思えないし、何より神の火で身体を焼かれた様子もない。どうやら強烈な照明を浴びせられただけのようだ。
この林道も抑えられていたか。人の気配がしないから、油断してしまった。
「御館様……」
贄姫が不安そうに背中に張りついてくる。
「心配すんな……待ち伏せに気づけなかったということは、相手は少人数だということだ。応援呼ばれる前にシバいて逃げるぞ」
光に目が慣れていき、強烈なライトの向こうに佇む人影が確認できる。何だよ驚かせやがって。たった二人じゃないか。のっぽとチビの凸凹コンビだ。
リボルバーの再装填は済んでいることだし、周囲は山林で囲まれている。威嚇射撃をかまして、怯んでいる隙に森の中に逃げ込んでしまおう。
人影が揺らぎ、背の高い方がズイと前に進み出た。こいつ女だな。光を背中に負うことでシルエットがくっきりとして、巨大な銃を構えていることが分かる。スナイパーライフルにしては銃身がゴツイし、根元から弾帯らしき紐がチビに伸びている。多分……チビが弾薬箱を抱えているんだろう。
クロイツの装備は銃弾規制の関係で、ミニガンと機関銃が日本持ち込み禁止だったよな。つーことはあのシルエットに該当する武装は……マイクロガンしか残っていないんですが。それも教会防衛用で、敷地外持ち出し禁止のはずだろ! ここまでするかクロイツの奴ら!
「お~っほっほっほっほっほッ! 来ましたね汚らしい悪魔めェ! 私の過去を知るようなクソッタレが、ノコノコ検問にかかるとは思っていませんでしたが……これもクロイツの思し召しですねェ!」
癇に障る声で笑いやがって。それにこの声には聞き覚えがあるぞ。あの洞窟で封神されているはずだが、仲間のエクソシストに解放されたのか。
「清澄先輩……」
「汚らわしい! 悪魔の分際で私の名前を呼ばないでください! 毒島! BGM!」
清澄が背後を振えりかえって怒鳴る。しまった。今の隙をついて、何発かぶち込んで逃げればよかった。どうやらかなり疲れが溜まっているらしく、ろくに頭が回ってくれねぇ。
「私の通信端末かえせよ悪魔……司祭様にバレたら怒られちゃうだろ……」
つーことはお前ら、そのマイクロガン内緒で持ち出してきたのか。俺を倒して手柄を立てたところで、審問はまぬがれんぞ。良くて奉仕活動、悪けりゃ即破門だ。そこまでして俺を仕留めたいか。
『グローリグロリハーレルーヤ! グローリグローリハレルーヤ!』
作業所のスピーカーから、大音響の音楽が流れてくる。ただでさえ頭が馬鹿になっているのに、畳みかけてくるのはやめてくれ。俺を混乱させる作戦なら、効果は絶大だぞ。
「いいセンスしてるじゃないですか……リパブリック讃歌とか……」
皮肉を言ったはずだが、幻術のフィルターが言葉を捻じ曲げる。
「オホッ……夏合宿での乱痴気騒ぎまで知っているなんて。当事者には全員ヤキを入れて口封じをしたというのに……」
「あの~……あまりしゃべらないでいただけますか? コトが終わった後、めでたしめでたしで終わらずに、どうもあんた等に命狙われそうで怖いんですよ……」
「あの頃は大学受験に失敗し、予備校でストレスを溜め込んでいました。現実から逃れるために快楽に耽り、それはもうすさんだ性生活を送っていましたよ」
「じ……自分で性生活まで言っちゃうんですか……」
「しかし暑い夏の日。シャブでラリって酔いつぶれていた私に、救いの手を差し伸べてくれたのがクロイツでした。私は薬漬けにされマワされた哀れな女と偽り、そして神の許しを得て、シスター清澄として生まれ変わったのです!」
「うわぁ~……ちょっ……え? うわぁ~……」
「心身を積み、過去を清め、今では『清澄シスター』、『清澄シスター』と様々な人から慕われています。おわかりですか?」
「いや……おわかりですかってあなた……とりあえず銃口を――」
清澄がマイクロガンを腰だめに構えた。
「ですから……私がアバズレだったなんて、知られてはいけないのよぉぉぉッッッ!!!」
銃声が夜闇を切り裂き、殺意のつぶてが襲い掛かってきた。
「このメスブタがぁぁぁッッッ!」
贄姫に覆いかぶさって地面に伏せ、最初の銃撃を何とか躱す。その態勢のまま地面を這って、森林の中に逃げ込もうとした。
「オホーッ! 見てごらんなさい毒島! 悪魔が芋虫のようにのたくって無様に逃げていますよ! 私が拘束しますから、手榴弾でやっちゃいなさい!」
「マム。イエス、マム!」
銃撃音に隠れるように、手榴弾のピンが抜ける音がした。
まずい。仰向けになって、腹を支えにリボルバーを構える。幸い向こうがライトで照らしてくれているんだ。光の中で放射線を描く、手榴弾がはっきりと見えた。
この距離は俺の世界だ。
放った弾丸は手榴弾を空中で弾き、清澄たちの足元へと押し返した。
「ほわッ!?」「ぎえッ!?」
清澄コンビの間抜けな悲鳴が聞こえたのも束の間。作業場は爆音に包まれ、照明の電球が砕け散った。
手榴弾の中身は拘束用のゴム弾だったか。清澄たちがもんどりうって倒れるのが見えたし——俺も何発か脚に喰らった。痛みでどうにかなりそうだが、身体に力が入らなくて、もがくことすらできねぇ。
「くそ……思わぬ伏兵がいたな……アホが増える前に、早く林道を抜けよ……」
すぐに騒ぎを聞きつけて、県境を封鎖しているエクソシストが駆けつけてくる。その前にアガルタの幻術結界から出てしまいたい。もう少しだ。林道を抜けて、隣県の国道に出るだけだ。それだけで終わるんだ。
さっさと立って……アレ? 身体がピクリとも動かねぇ。
声も出ねぇ。呼吸がしにくい。息を吐けても、吸えやしねぇ。
身体が……萎んでいく。
「お……御館様……」
俺の身体の下で、贄姫が声を引きつらせている。
すまん。今どくからちょっと待ってくれ。
なんだ? 身体がめちゃくちゃ濡れている。スカージとの戦いで付いた氷が、今になって溶け出したのか?
あ~。天御門の制服が、血を吸ってどす黒く変色していやがる。それどころか身体から滴って、粘つく血が贄姫を汚していた。これ……全部俺の血かよ……? ひょっとして俺……もう駄目なんじゃないか?
そういえば背中がめちゃくちゃ痛い。はは。スカージを破片手榴弾からかばったからな。きっと背中に、鉄片がびっしり突き刺さっているに違いない。
ダメだ。急に眠たくなってきた。意識がかき消されそうだ。一度目を閉じたら、二度と醒めない予感がある。
倉敷。すまねぇ。パフェはあの世のカフェでおごることになりそうだ。
せめて贄姫だけでも逃がさないと。
彼女に単独で逃げろというのは無理な話だ。この世界のことを良く知らないし、身寄りもない、故郷もない。彼女自身自分がどうしていいかわからないんだから。
だが幻術結界の外に出てしまえば、彼女の味方は増えるはずだ。
幸い俺が持つ天御門の通信端末には、これまでの行動記録が入っている。記録自体はアガルタの幻術による、改変を受けていないはずだ。彼女を保護するのがクロイツか、警察か、天御門になるかはわからない。それでも正しい判断ができる材料になり、贄姫を導いてくれる可能性が上がるはずだ。
震える手で通信端末を取り出し、下敷きにしている贄姫の横に落した。
魂を絞り出す感覚で、最後の言葉を吐きだした。
「おい……贄姫……お前これもって先に逃げろ……」
「え? 御館様……?」
「その機械に乗ってる地図通りに……林道を進むんだ。大きな道に合流して……隣町に……行け」
贄姫は恐る恐るといった様子で、通信端末に手を伸ばした。
俺はそれを確認して——意識を失った。
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