第三章 忘れ去られし神々 その2
脳裏をよぎったのは、血に濡れた御館様の最後でした。
仄暗い洞穴にて、わたくしは御館様の影に正座をしておりました。揺らめくろうそくの炎に合わせて、わたくしを囲む影の触手が蠢きます。その一つ一つが獲物を前にした猟犬がごとく、わたくしの肌を撫でつけるのでした。
『東昇西沈吾座不転……東昇西沈吾座不転……』
御館様が呪詛を唱えると、触手がわたくしの肌を刺し貫きました。鋭い痛みに耐えること数分、影は刺青となって身体に刻まれたのでした。
ああ。わたくしはこれで、万能生贄とあいなれたのです。衛境衆を、妖怪様を、ひいては世界を救う、最後の切り札になれたのです。
御館様の苦しそうな吐息が、ゼイゼイと耳を撫ぜました。
『贄姫よ。衛境衆のマヨヒガをお前に預ける。我々が祀る忘れられし神と、行き場をなくした妖魔がおわす聖域だ。お前はその人柱として、長き眠りにつくことになるであろう』
「はい。承知いたしました」
『衛境衆の技は御神祖にお返しする。この第七沈鎮丸を除いては……な。この杖が世に衛境が復活する、鍵となろうぞ』
わたくしの膝の上に、背柱を肋骨で組んだ大錫杖が置かれました。
現世の存在を幽世へと送り込む、この世に二つとない呪杖。第七沈鎮丸。
触れた者の妖気を供物として、幽世の峠守居様に捧げる代物です。
つまりこの杖を持つ者は、我らが衛境衆の神祖と交信ができるのです。
『いずれマヨヒガの奥より、お前を連れ出す術士が現れるであろう。そ奴は衛境衆を継ぐ『素質』がある。しかしながら衛境衆を継ぐに相応しい『素養』があるとは限らぬのだ。どこぞの馬の骨ともわからぬ不心得者が、衛境を継ぐことはあってはならぬの』
御館様は語りながら、ついに限界を迎えました。目の前で膝から崩れ落ち、ずるずると御身の影へと沈んでいきます。衛境衆の技を、術を、秘宝を守るために、身を幽世におわす神祖、峠守居様の元に捧げたのです。
ろうそくの灯が音もなく消え、わたくしは暗闇に引きずり込まれました。
御館様の声が、四方から囁きかけてきます。
『お前は元々生贄の素質がある。それを高める刻印を施した。さすれば古今東西いかなる宗教の者でも、峠守居様のお目通りが叶うであろう。あのお方のお眼鏡にかなえば、必ずや衛境衆を興せる益荒男であろう』
御館様が影に沈み切ると、いつのまにやわたくしは和室の中央に座していました。
『贄姫や。衛境のために、身を捧げる覚悟はあるか?』
「もちろんにございます。わたくしは衛境衆に仕えるため、この世に生を受けたのですから」
そうです。わたくしは衛境衆を復興させなければならないのです。
それがわたくしの生きる意味、命の価値、そして定めなのです。
使命を再確認したところで、追憶から我に返り、止まりかけていた足に力を込めました。光に包まれた夜の町を、行く宛てもなく逃げ惑います。
わたくしを連れ出したあの殿方は、衛境衆を継がないと仰いました。わたくしを再び閉じ込めると仰いました。そしてなんという運命の悪戯か、御館様を討った天御門の一人だというではありませんか。
衛境衆を復興できず、座敷牢にて一生を終える。そのようなことごめんこうむりとうございます。わたくしは人としての幸せを捨て、教師の夢を諦め、贄姫となったのですから。
新たな御館様を探さねばなりません。
しかし……これは一体どうしたことでしょう?
自らを取り巻く異様な世界に、委縮するほかありません。
木造の平屋はどこにも見当たらず、コンクリートでできた背の高い建物がわたくしを取り囲んでおります。街を照らす——いえ。この規模では、飾り立てると申した方が正しいでしょう——その光は明らかに、ガス灯ではございません。目に眩い強烈な光が、夜に昼を生み出しているのです。
御館様亡きあと、邪教徒により世界改変がなされたのでしょうか? それほどの変わりようでございます。
そういえば先ほどから、馬車を探しているのですが見当たりません。代わりに車の数が多くないでしょうか? それも鉄製で幌付きの、とても高価そうなものばかりです。行きかう人々も小奇麗な洋裁を纏い、どことなく裕福そうに見えるのでした。
足元に視線を落とすと、土はどこにも。ええ。本当にどこにも見当たらないのです。震災後の帝都には、アスファルトなるものが敷かれると伺いました。ならばきっと、ここは帝都なのでしょう。わたくしが封印された辺地が、かように発展するなどありえませんもの。
「帝都と言えば……師範学校はどちらでしょうか……?」
一条さん、二ノ宮さん、三原さんはどうしておいででしょうか。かなりの時間が経ってしまったようですが、帝都を離れる前にお別れの言葉を伝えたいです。短い間にも関わらず、大変良くしてくださいました。
それにしても……駅はどこでしょう? 狭い敷地にみっちりと、背の高い建物が詰まっているのです。街の景観はおろか、自分の居場所すら掴めません。これは人に聞く他はないようです。
女性から男性に声をかけるのは、とてもはしたない行為だと存じます。しかしこの際はしようがありません。すれ違った洋裁の男性に恐る恐る声をかけました。
「あの……もし……」
男性は振り向きもせず、わたくしを無視して行ってしまいました。やはりふしだらな女性と思われたのでしょうか? 他にも人はいらっしゃるのですが……髪を染めていたり、洋裁でもない異様な衣装をしていたり、徒党を組んでいたりと、怖くてお声掛けできません。
もう一人、洋裁の男性がすれ違いました。慌てて声をかけます。
「あの……もし……失礼ですが、道に迷ってしまって……」
その男性は足を止めて、私に向き合ってくれました。
「はぁ。いきなりなんですかあなた」
「失礼ですが……近くの駅はどちらでしょうか」
変なことを窺ったつもりはありません。しかし男性は顔を真っ赤にすると、凄まじい敵意をもってわたくしを突き飛ばしました。
「ふざけるなっ、こっちは忙しいんだ!」
そのお方は尻もちをついたわたくしに背を向けて、人混みの中に消えていきました。
あ……そういえばこの街には、幻術結界が張られているのでした。アガルタなる術士がどれほどかは存じませんが、大勢の人間に複雑な術はかけられないはずです。おそらく幻術にかからない人間を、敵視する術を展開しているのでしょう。
「申し訳ありません……」
もうお姿すら見えなくなった男性に謝ると、わたくしは泥を払って立ち上がりました。
今思えば、運がようございました。アガルタに見つかってもおかしくなかったのです。わたくしは人目を避けて、逃げるべきでした。
もはや信じられるのは自分のみ……自分で何とかするしかないのです。
見晴らしのいい場所を求めて、建物の密度が低くなる方へと足を向けました。
ただ歩くだけなのに、様々な情報がわたくしの感覚を叩きのめします。鼻をつく化学薬品の香り、喉に引っかかる汚れた空気、コンクリート製の民家、動物の声が欠片も混じらぬ喧噪。
みんな。みんな。わたくしの記憶にないものばかり。
知らないという恐怖に追い立てられて、知っているという安堵を求めて、ゆく当てもなく彷徨いました。しかしどれだけ進もうと、街の景観が寂れていくだけです。
街灯の間隔が広がっていき、電飾はとんと見なくなりました。建物も商店などが減っていき、コンクリートの民家ばかりが目立つようになります。それでも駅はおろか線路すら、馬車も見当たりません。
無情に時が過ぎるだけで、わたくしは疲れ果て動けなくなってしまいました。
これだけ歩き回っても、見知った人、安らげる空間、そして帰り道を見つけることができなかったのです。いかに馬鹿でも分かりました。
「もう……ないんですね。家も……お父様も……一条さんたちも……それほど……時が過ぎてしまったんですね……」
誰かが助けてくれることを祈って、自分を憐れみます。しかし夜の寒さが体温を奪うばかりで、奇跡は起こりませんでした。死んだように冷たい世界で、頬を流れる涙だけが異様に熱かったです。
「わたくし……わたくし……いったい……どうしたら……」
このままでは天御門か、アガルタに捕まってしまいます。涙を手の甲で拭いながら、震える足で立ち上がりました。
二歩も歩かぬうちに——
「おい」
肩を後ろから掴まれました。身体が恐怖で、凍り付いたように動かなくなります。抵抗する間もなく着物を引っ張られ、わたくしは強引に振り返らされました。
黒い洋裁に身を包んだ、屈強な男性が二人。わたくしを厳しい視線で睨んでいました。よくよく見れば衣装は神父服で、首には十字架を下げていらっしゃいます。何度か拝見したことがございます。『くろいつ』の悪魔祓いでしょう。
見知った存在を見つけることができましたが、悪い状況なのは間違いありません。わたくしを解放したあの天御門の話から察するに、くろいつはアガルタの手先に墜ちているからです。
頭の中が真っ白になり、何も考えることができません。考えたところで、わたくしにとれる行動は限られております。反射的に手を振り払い、夜闇に紛れて逃げようとしました。
「待てっ。逃げるな」
ひげ面の悪魔祓いが声を荒げ、わたくしの手首を掴んで塀に押し付けました。
「おい、あまり騒ぎにするなよ。警察が来たら面倒だからな」
のっぽの悪魔祓いが周囲に視線を配りながら、わたくしを囲って退路を断ちました。
「ここで何をしている? お前は何者だ?」
ひげ面がわたくしに凄んできます。
のっぽに視線で助けを求めましたが、彼は鉄の箱に口を寄せて、早口でまくし立てていました。
「こちら225パトロール。不審な人物を一人発見。十五~十六の女子、和装、杖を装備。手配中の人物と特徴は一致。魔力(東洋では術の根源たる気を妖気、西洋では魔力と仰るそうです)を感じないほどの落憑状態です」
あんな小さな箱で、誰に話しているのでしょうか? 呆然とその様子を窺っていると、捕まれた手首が強く握り締められました。
「こっちを見て答えろ。ここで何をしているんだ!?」
わたくし? 何をしていると窺われても……先代に使命を託さたものの、後継ぎに見放され、帰る場所はなく……。
「わたくしは……わたくしは……」
もうどうしていいかわからなくて……そんな自分を情けないと思う他なくて……。
黙りこくっていると、男性がしびれを切らしてわたくしの服に手をかけました。
「埒が明かん。面倒になったら、記憶を操作してしまえばいい」
「えっ? いやっ——」
わたくしの抵抗もむなしく、着物の前をはだけられました。恥部を腕で隠そうとしますが、ひげ面の屈強な力がそれを許しません。
わたくしとて人の女です。見ず知らずの、それも男性に裸体を見られるなんて、恥ずかしくて死んでしまいそうです。それも一日に、二回もなんて。きつく目を瞑って耐えますが、視線が肌を撫でる感覚はやむことがありませんでした。
やがて。
「こいつ……万能生贄だ……清澄の報告は本当だったのか。第一級隔離対象だぞ……」
「おい。ヘソの位置に組まれているのは、処女懐胎の術式じゃないか……? こんなもの……悪魔だ……悪魔だ!」
その言葉を耳にして、わたくしの脳に雷で撃たれたような衝撃が走りました。
どうしてでしょうか? 生贄となり、衛境衆に身を捧げる覚悟は決めたはずです。これしきの罵詈を浴びせられたところで、心に届くはずもないのです。わたくしには崇高な使命と、重大な責任があるのですから――あ……。
へらっと真実に思い当ってしまい、自嘲の笑いがこぼれました。
いったいこの世界で、誰がわたくしの使命に同調してくれるのでしょうか? 誰がわたくしの責任を理解してくれるのでしょうか? 誰がわたくしを必要としてくれるのでしょうか?
誰がわたくしの御館様になってくれるというのでしょうか!
時の流れはわたくしを、狙われるだけの万能生贄に墜としてしまったのです。
乳房を隠そうとする腕から、力が抜けていきます。悪魔祓いはこれを好機と断じたのでしょう。わたくしから着物を剝いで、逃げられないようにしました。
「こいつを呼び覚ました居守了という術士がいるはずだ。情報ではランク4の撃破実績がある。それが本当なら、ランク0の俺たちでは不覚を取りかねん。すぐに増援を呼べ」
ひげ面が周囲を警戒すると、のっぽが追加で連絡を取りました。
「こちら225パトロール。万能生贄を確保。繰り返します。万能生贄を確保しました。至急付近を警戒中のエクソシストを、こちらに回してください……はい? あいつですか?」
のっぽは通信相手の返事に、緊張している様子です。ごくりと音を立てて、生唾を飲み込みました。小さな箱を手で押さえ、相棒のひげ面に視線を向けました。
「その……あいつはどうする?」
ひげ面は戸惑いに視線を彷徨わせましたが、やがて口角を軽蔑で釣りあげて吐き捨てるように言いました。
「……呼べ。何のために招集をかけたと思っているんだ」
「わかった。(箱を操作する奇妙な音がしました)『スカージ』……聞いているか? 手配中の万能生贄を確保した。至急現場に来てくれ。護衛に加わるん——」
急でした。本当に急でした。
のっぽが白目を剥いて崩れ落ちます。倒れ伏すその背中に現れたのは、紫電迸る警棒を構えた『天御門の少年』でした。
「なっ! なんだお前ェ!」
ひげ面が拳銃を抜きつつ叫びます。しかし銃口を向けるより早く、天御門の警棒が袈裟切りに振られました。目に眩い紫電が迸ったかと思うと、ひげ面は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちました。
「やっぱり俺強いじゃないか……なんで退魔士になれないのかね……」
天御門は警棒で空を切って呼吸を整えると、じろりとわたくしを睨みました。
わたくしは不埒にも、逃げおおせようとした身です。そのような真似をしたらどうなるか、衛境衆でも何度か目にしました。二度と同じ真似ができないよう、服を奪われ腕の一つは折られるでしょう。
天御門の手がすっと伸びてきて、わたくしは身をすくめました。予想に反して、彼はわたくしに触れることなく、足元の破けた着物を拾い上げたのでした。
「目を離して悪かったな」
わたくしの乳房を隠すように、胸元に着物を押し付けられます。
「怒ら……ないんですか……?」
おずおずと着物を受け取りながら、思わず聞いてしまいました。
「あのなぁ……おたくは捕獲対象で、俺が監視者だぞ? お前が逃げるのは当たり前だし、それを阻止して連行するのが俺の仕事だし……何言ってんだろ。こんなんだから退魔士になれねぇのか……さっさと着てくれ。すぐにここを離れるぞ」
そう仰られても、わたくしは再び封印されるのはお断りしたいです。使命と責任を身に宿したまま、何も為せぬまま悪戯に時を過ごす、狂おしい焦燥の監獄に閉じ込められるのは嫌なのです。
着物に袖も通さず固まっていますと、天御門は柔らかな笑みを浮かべて肩をすくめました。
「近代で妖魔の保護ってやつは、そりゃ酷いものだったって知っている。西洋では地下牢、東洋だと座敷牢に閉じ込めてほぼ放置だからな。だけど最近では人道的な扱いがされるようになった。悪いようにはしない」
「いえ……わたくしはそういう心配をしているのでは……わたくしには衛境衆を復興する使命が……」
天御門の少年が、不安を現すように唇を細めました。彼はしばしの沈黙を置いて、諸手を広げて見せました。
「御覧の通りだ……世界は変わっちまった。衛境衆はこの世界で求められるような宗教なのか?」
「衛境衆には……お祀りしている神格様が……お守りする妖怪様が……」
「マヨヒガを閉じて、幽世に還してしまえばいい。この世界では必要とされていない存在だからな。お前さんはカルトに洗脳されて、押し付けられた教義に固執しているだけなんだよ。この世界が必要としているのは、お前さんの方だよ。自分にあった幸せを、人生を使って探すべきだ」
いきなりそのようなことを仰られても……わたくしの幸せはもう届かない過去にあるのです……今のわたくしは衛境衆と共にあるのです……。
天御門としばらく、無言で見つめ合いました。お互いに追われる身で、応援が呼ばれたことは知っていることです。それでもこのお方は急かすことなく、じっと私に視線を注ぐのでした。
「確実に言えることは、今クロイツに捕まったらアガルタのところまで連行される。お前を生贄に、なんらかの神祖を喚ぶだろう。お前さんには馴染みのない世界かもしれないが、平和に暮らしている人間が何億といる。それを守るのに協力してくれ」
わたくしにはこの人の振る舞いがとても紳士的で、衛境衆に比肩しうるほどの使命を感じたのでした。
わたくしはこのお方をあまり好ましく思っておりません。何故なら衛境の後継者でありながら、継ぐことを拒否したからです。しかし思い返せば衛境のことなど、露ほども知らない様子でした。唐突に宗祖になることを強要されれば、拒否したとしても誰が責めることができますでしょうか。
わたくしは無言でうなずくと、着物に袖を通したのでした。
「じゃあ情報共有な。アガルタは幻術でクロイツを洗脳しているわけじゃない。認識に障害をきたすようフィルターをかけているんだ。現在クロイツの認識では、俺がお前を呼び覚まし、生贄に捧げて世界を変えようとしていると思われているはずだ」
わたくしとしては、そのようにして衛境継承の儀を行ってくれると嬉しいのですが。
「クロイツの指揮系統はそのままだし、統率にも乱れはない。取り囲まれたらおしまいだ……言っているそばからきたぞ……二人……四人……ははーん。クロイツの戦闘単位がツーマンセルってのは本当らしいな」
天御門の少年は暗闇を睨みつけ、リボルバーを構えたのでした。
場に緊張の糸が張られたのは、ほんの一瞬でした。すぐに天御門の少年は間の抜けた面持ちになり、肩から力を抜いたのでした。
「引いた……?」
仰る通り。わたくしたちを圧迫する、敵の気配が波のように引いていきます。入れ替わりに冷たい妖気の塊が、凄まじい速さで近づいてきました。
これは……妖魔の気配です! 天御門の少年も気づいたようにございます。
「一人……エクソシストじゃねぇ……なンだこの妖気……律を持ってないと、ここまでエグイ気配はしないぞ!? 西洋魔術……それも形式が古い……ケルト系だな……さっきエクソシストが呼んでいた、スカージとかいう奴かッ!」
いかに衛境の後継者と言えど、妖魔相手に落憑弾だけでは戦えるものではありません。
「御館様ッ!」
第七沈鎮丸を投げ渡すと、天御門の少年は振り返らないまま受け取りました。
「お前……アガルタの幻術にかからないのか!?」
「いえ。杖を離した今、幻術の影響は受けます。しかしできるだけあなた様の影に身を納めますので、気になさらず戦闘を」
妖気が近づくにつれて、辺りが冷え込んでいきます。吐く息が白く濁り、空気中の水分が凍るパキパキと乾いた音が響きました。やがて季節にそぐわぬ寒さに体が震えだす頃、一人の術士がアスファルトを滑って姿を現したのでした。
この方がスカージ……防寒具で身を包んだ、青い瞳の少女です。足には奇妙な長板をつけており、それで凍ったアスファルトを滑っているのでした。氷の結晶を引きつれ、通り過ぎた空間に霜を降らせつつ、まっすぐこちらに突き進んできます。
雪女に近しい、氷系の妖魔でしょう。
スカージが指をタクトにして、空気をかきまぜるよう振りました。宙につららが発生し、彼女はそれに飛び乗りました。
なんと素晴らしい。スカージは進行先につららを発生させ、点々と飛び移って移動しているのです。複数のつららを生んでいるので、何処に飛ぶか予想できません。滑る速度も物凄く速く、天御門の少年が一発も発砲できないまま懐に潜り込みました。
スカージは少年の前で飛び上がり、両手を天高く掲げました。その手の内で光がきらめいたかと思うと、次の瞬間には氷の刀が握られていました。
「アーメン」
スカージはそう呟くと、少年の脳天めがけて刀を振り下ろしました。
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