第一章 退魔士になれない男

 俺ァよ。試験ってやつは大っ嫌いだ。


 社会評価という切れ味の悪い鉈で、人の一面を強引にはぎとるようなものだからな。しかしながら人権が叫ばれる令和の世になっても、この悪習は続いているのである。人間にはそれぞれ得手不得手があるんだから、もっと総合的に評価してほしいものだ。

 まぁ、どだい無理な願いだが。


「双方前へ!」

 戦技教官の怒号を受けて、中庭の中央へと歩み出る。お相手として対面から進み出たのは、特待生を意味する赤いマントを羽織ったイケメンだ。

 神堂怜。齢十七にしていくつかの邪教案件に携わり、すでに退魔士の花形である探索部からお声かけ頂いているエリートである。本来なら俺のような、術を使えない劣等生がする相手じゃない。

 だってそうだろ? これから行う模擬戦は、攻めが『術』を使った一連の攻撃を行い、受けが『術』を使ってそれを防ぐって内容だ。術を使えない俺は、一方的に嬲られることになる。

 何故だ。腑に落ちん。何故、模擬戦となると、俺は決まって神堂の相手をさせられるんだ。


「まず居守から! 構え!」

 教官の号令が走り、ハッと我に返る。答えの出ない疑問で悩むのはやめだ。

 毎度毎度、模擬戦のたびに人様をダミー人形よろしく好き勝手やりやがって。今日という今日は我慢ならない。多少違反してでも一矢報いてやる。


 陰陽寮から配布された輪胴拳銃を、神堂に向けて構える。装填しているのは九ミリ落憑弾。弾体に『基底現実』という特殊な呪印を彫りこんだ、術を無効化する基本装備である。こいつの素晴らしい所は、俺のような術を使えない一般人——いや、劣等生にも扱える点である。

 弾頭は模擬戦用の紙だが、塗料入りのカプセルを内包している。当たれば今日一日は、不名誉な汚れと共に過ごすことになるわけだ。

 まぁ……相手は当然のこと、当たらないように術で防ぐのだが……。


 ぱぁんと間の抜けた銃声と共に、神堂の胸に弾丸がめり込んだ。本来ならカプセルが割れて、胸元がトロピカルなオレンジで塗装されるはずだ。しかしさすがはエリート。着弾点からぺらりと紙切れがめくれあがったかと思うと、銃弾を包み込んで地面へと落ちていった。

 式神使いお得意の、護符を衣装にまとう防御術だ。観戦する同級生から感嘆の声が上がるが、これが模擬戦ということを忘れちゃいないか? こんなもの邪教徒と殺し合う時に使うものだ。


「教官! 神堂は過剰装備をしております!」

「黙れ。立派な術だ。最後まで攻撃を続けろ!」

 俺に何の恨みがあるっていうんだ。装填されている六発を打ち切るも、全てが護符によって防がれてしまう。本来ならこの時点で、相手がペイントまみれになっていないと駄目なんだが……神堂のいで立ちは、このまま高級レストランのドレスコードもパスできそうな具合だ。そして攻撃に失敗しているのに、教官殿は中断するそぶりも見せない。


 しょうがない。天御門の攻撃スタイルを最後まで実行するか。輪胴拳銃を、信号弾を改造した単発式ショットガンに持ち替える。

 装填されているのは五ノード封神弾。対象を拘束する魔法陣を射出する。ノードは文字通り結び目を意味し、数字が大きいほど拘束力が強くなる。五ノードの紋様は五芒星で、術士の動きを鈍らせるために使うものだ。

 模擬戦ではこれを当てれば勝ちなんだが……こいつは妖力を込めないと発動しない。つまり誰でも使える落憑弾とは違い、封神弾は術士専用の弾丸なのだ。


 落ち着け。落ち着け。やればできる。全身の気を拳銃に集中させて、展開する魔法陣を頭でイメージする。術を使える奴が言うには、この時点で銃器に力を吸われる感覚がするらしい。元気いっぱいだぜクソが。

「急急如律令ッ!」

 呪詛を唱えて引き金を絞ると、バァンとひときわ大きな銃声がした。

 やはり——術式は作動しなかった。散弾は妖力で光を帯びなければ、五芒星の形に並ぶこともない。俺と神堂の中間地点で、豆鉄砲のように地面に落ちた。

 中庭が爆笑の渦に叩きこまれる。初めの頃は恥ずかしさのあまり死にたかったが、ここ最近は何とも思わなくなってきた。これって僕の羞恥心が自殺したんじゃないでしょうか。ぜひ全国紙で取り上げて欲しい。いや、やっぱり安らかに眠らせといてくれ。恥の上塗りだ。

 神堂も俺の不甲斐なさに頭に来ているのだろう。露骨に顔を歪めた。

「訓練とはいえ……まじめにやれやカス……」

 仰る通りです。申し訳ない。


 教官は笑い続ける生徒を一括して黙らせると、右手を挙げた。

「攻守交替! 次、神堂構え!」

 号令を受けて、神堂は懐から一丁の銃を取り出した。艶消しの黒で塗られた、シリンダーが嫌に長いリボルバーである。それのデカいことゴツイこと。俺の輪胴拳銃が童貞の粗チンとするならば、神堂のそれは黒人のデカマラだ。

 タウラス・ジャッジ。銃弾並びに散弾実包を装填できる、五連装リボルバーだ。おそらく落憑弾を四発込め、最後の一発に封神弾を装填しているに違いない。一丁の銃で落憑から封神までを行えるわけだ。


 他の学徒も輪胴拳銃だというのに、明らかなレギュレーション違反である。

「先生ー……これって明らかな——」

 俺の非難を遮るように、神堂が銃口を俺に構えた。

 ふざけんな。こんなぶっといのブチ込まれたら、一発で気持ちよくなっちまう。素早くステップを踏むと、先ほどまで俺がいた空間を弾丸が射抜いていった。


 いつまでも俺がやられていると思うなよ。罰点喰らおうが、叩き伏せてやる。

 前転して二発目の弾丸を躱し、立ち駆けしつつ腰に吊った電磁警棒を抜き放つ。

 教官から罵声が飛ぶ。

「居守! 避けるな! 術で防げ! 妖術でも幻術でも魔術でもどれでもいい! 術を使え!」

 だ か ら! その術が使えねぇんだよ! あなたわたくしの通信簿、ちゃんと見てらっしゃいます!? あまり買いかぶらないでいただきたいものですわ!


 教官を無視して、神堂めがけて突っ込んでいく。タウラス・ジャッジは俺に向けられたまま。弾もあと三発残っている。いつでもサイドステップを挟める余力を残し、攻撃手段を頭に思い浮かべていく。

 ここで神堂の奴、何を思ったのか——この上ない喜悦の表情を浮かべると、銃を投げ捨てて腰の電磁警棒を抜き放った。

 ありがたい。同じ土俵で相手をしてくれるのか。だがその自信が、慢心にならないといいがな。


 兎歩と呼ばれる独特のジクザグ歩行で、狙いを定められないよう神堂へと詰めていく。一方で神堂は腰を深く落とし、警棒を中段に構えて脇に引いた。どうやら居合で迎え撃つつもりらしい。俺を誘っているのか、タイミングを合わせているのか——警棒の先端は、兎歩のリズムに合わせて上下に揺れていた。

 ノってやるよ。それが条件を対等にしてくれた、お前への礼儀ってやつだ。兎歩を愚直な突進に変えて、神堂に飛びかかった。


 刹那——横っ腹に衝撃が走ったかと思うと、四肢が凍り付いたように硬直した。

 金縛りだ。走る勢いのまま地面に倒れ、顔面を強打して土を喰う。身体に光を放つ網が喰い付いていることを知ったのは、苦悩の悶絶が一通り終わってからだった。

 二十ノード封神弾。道紋をベースにした、天御門で最も拘束力が強い封神弾だ。これを食らうと妖魔でも自力の脱出は難しく、術が解けるまで身動き一つできなくなる。

 俺は陰陽師殺しの邪教徒じゃねーんだぞ。こんな強烈な弾使いやがって。

 心の中で悪態をついていると、教官のブーツが鼻先の土を踏んだ。


「勝手な真似をするな。減点五十。始末書と反省文の提出を命ずる」

 その点数マイナスにカンストしたら、オーバーフローして満点になるとかないですかね? それにタイマンにノった神堂はお咎めなしですか。奴の方を見ると唇を尖らせて、くだらないと言いたげにプッと空気を吐いていた。教官の前じゃなかったら、唾を吐いてそうな勢いだ。

「クソッタレが……」

 追い打ちの暴言やめて。そして俺はいつまでこのままなんでしょうか? まさか晒し者にしたまま授業続行とかはないでしょうね。


「いいか皆。この世界を支配しているのは物理法則だ。宗教を問わず万人に同じ答えを返す、最も平等な法則である。故に術を使うためには、望む法則が働く空間を展開しなければならない。それが結界だ」

 嫌な予感が当たった。封神弾の拘束から逃れようと芋虫のようにのたうち回るが、物理力ではなく妖気で縛られているんだ。力ではびくともしない。

「術士同士の戦いは、互いに結界を展開して行われる。つまり己に有利な空間を展開し、術の応酬をするわけだな。古の時代に術比べ、化かし合いなどと呼ばれたスタイルだ。しかしながらこのスタイルでは長期戦は必至となり、周辺に甚大な被害が及ぶ。そこで我が天御門が文明開化の大正に、新たなスタイルを生み出した」


 教官が右手の銃を空に向けて構え、左手で腰から警棒を抜いた。

「それが落憑弾と封神弾を用いた戦法だ。落憑弾の弾頭には『基底現実』という呪詛が彫られており、術による改変効果を打ち消すことができる。世界を支配する物理法則を押し付けて、結界内の一時的な特殊法則を破壊する原理だ。術士に撃ち込めば結界を破壊し、術に撃ち込めば改変作用を無効化する。そして今ではほとんど存在しない妖魔だが、術以外で加害する唯一の手段だ」

 教官の言葉を縫うようにして、ヒソヒソ話が聞こえる。

「居守あれ床オナしてねーか」「マジだ……馬鹿じゃねーのあいつ」

 拘束を解こうと必死に足掻いてるんだようるせぇなぁ。教官が大事な話をしているでしょうが! 黙ってそっちに集中しなさい!


「結界が解けたとしても、それは一時的なものだ。敵は結界を張りなおし、即座に術を使ってくるだろう。白兵や実弾では仕留め損ねる場合があるし、妖魔や神格が相手では殺害が極めて難しい。そこで封神弾を使用して封印するのだ。この居守のようにな」

 教官が下ネタを囁いていた二人の学生まで歩き、警棒でその頭を小突いた。さほど力は込めていなかったらしく、下世話な会話はやんだものの、顔に張り付いた笑みまでは消せていない。

「術士はそのまま牢獄へ移送。妖魔神格は封神を強化して、神社仏閣で安置することになる。このスタイルは短期決着が可能なほか、敵を圧倒するため大規模な結界を張る必要もない。つまるところ術士の戦いは結界の削りあいとなり、結界が張れんと話にならんのだ」


 視線を上げると、教官と目が合った。こんなもの入学した時に教えたはずだと言いたげだ。

「居守。お前の身体能力は素晴らしい。一人前の術士にも引けを取らないほどだ」

「それはどうも」

「しかし結界を張れなければ宝の持ち腐れだ。結界で身を守らなければ、近づく前に術を受けて終わりだからな。展開できる結界の範囲が、術士の等級基準に採用されていることから分かるだろう? それが探索部に入る最低条件だ」

 教官は輪胴拳銃を取り出すと、俺の背中に向けて数発撃ち込んだ。封神弾も術である。つまり落憑弾が効くのだ。

 背中に走った衝撃と引き換えに、金縛りが解けて身体に自由が戻ってきた。引き換えに背中にはべったりと、敗者の証をつけられてしまったわけだが。


「次の模擬戦で結界を張れるようになっていなければ、お前の居場所は探索部にないと思え」

 教官は吐き捨てると、俺に背中を向けて生徒たちに向き直った。

 俺も体についた土を払いながら立ち上がり、嘲笑を浮かべる級友たちの元へと鈍い足取りで向かった。


 酷ェ扱いだ。こういうのってイジメっていうんじゃないですかね?

 確かに教官の言葉にも一理ある。術を使えなきゃ肉薄する前に、一方的に嬲られるんだからな。だが俺にも探索部で活躍できる余地はあるんだ。じゃなきゃ劣等生の俺なんかを、実戦に狩りだしたりしないもんな。


「人の完全認識耐性アテにして、そこらじゅう連れまわす癖によく言うよ——」

 幻術で隠した出入り口の発見や、認識障害を引き起こす呪物の回収、果てには幻術迷宮の探索も手伝わされたことがあったけか? これだけ経験を積んでいるんだ。邪教徒との戦いも、試してみないと分からないだろ。

「口答えするな」

 人の目がなかったらこの場で絞め殺されかねんほどの教官の剣幕に、俺は口をへの字に曲げるだけで我慢した。


 だから俺ァよ。試験ってやつが大っ嫌いだ。


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