第11話 カメレオン

 ジイさんの緑の葉が朝のできたての雫で光る。ぽつりぽつりと落ちる水滴、コチが上を見上げると突然ガサガサと上から何かが降ってきて、コチの目の前を通過した。鈍い音が地面に響く。

 「え、なに?」

 コチは恐る恐る遠い地面を覗いた。

 「なに?」

 地面には得体の知らない生き物が頭をさすっていた。

 その変な生き物は辺りを見回し、そして、コチの視線に気づき、不思議な事に消えてしまった。尻尾だけを残して。

 「なに?」

 尻尾がジリジリとコチのいる老木を登り徐々に近づいて来る。消えたはずの自分を追いかけるコチの視線に違和感を覚えたのか、そいつはやっと自分の尻尾が消えていない事に気が付いた。そいつは急いで尻尾を消した。そして、今度は尻尾以外の体が浮かび上がった。

 「なんて、変なヤツだ。」

 コチは、そのへんてこな生き物からいつでも逃げられるように身を構えた。へんてこな生き物は見られている事に気が付いて再び露わになった体を見て慌てた。

 「もう。なんなんだよ。私は!」

 突然へんてこな生き物は嘆いた。そして、逃げようとするコチを呼び止める。

 「ちょっと待て。ちょっと待てくれ。逃げるな。逃げるな。」 

 「なに?僕に言ってるの?」

 コチはそのへんてこな生き物に言った。

 「君しかいないだろ。君も自分が消えているとでも思っているのかい?私は君に用があるんだ。まあ、こんな形で会うとは思っていなかったんだけどな。なんかこう、もっとこう、あれだ。スマートにやるはずだったんだ。まあいい。」

 「じゃん。」というとそのへんてこな生き物は全貌を現した。まあ、尻尾以外が見えていたんだからコチは何も驚きはなかった。コチは微動打にしなかった。

 「なんだよ。もっと驚いてくれよ。君にはサービス精神ってものがないのかい?」

 コチは黙ったままそのヘンテコな生き物に冷たい視線を送っていた。

 「はい。じゃあ。仕切り直しです。さあ、私は一体誰でしょう?わかるかい?」

 コチは疑わしそうな目をして静かに首を振る。

 「そう。私は、カメレオンだ。でもこれは本当の姿ではない。騙された?まあ、焦るなって。ここからが本番さ。私の本当の姿は、一体何でしょう?」

 コチは静かに首を振る。

 「難しいかな?じゃサービスヒントだよ。『お待たせしました。』もう分かっちゃったかな?」

 コチは黙ったままカメレオンに冷たい視線を送っていた。

 「おいおい。嘘だろ。どれだけ勘が鈍いんだよ。ヒント2だ。『それは君だけが知っている事だ。』はい、もう一回聞くよ。私の本当の姿は、一体何でしょう?」

 コチは静かに首を振る。

 「また、また。ご冗談を。」

 「だから、知らないよ。しつこいなお前。早くどこかに行けよ。」

 「失敬だな、君は。君が呼んだんだぞ。」

 「だから知らないって、何かの間違いだろ。」

 「おい。嘘だろ。じゃあ私はどうなってしまうんだ。このままじゃ、本当に消えていなくなってしまうのかい。おい。君。ちゃんと真剣に考えてくれているのか?」

 コチは、まじまじとそのカメレオンを見つめて、ゆっくり首を傾げた。

 「だから嫌だったんだ。私は反対したんだよ。なんでこんなちっぽけな虫のために・・」

 カメレオンはイライラした表情で、ちっぽけな虫を見ていた。

 「もうお前いいから、どっかに行けよ。」

 イライラしているのは、コチも同じだった。カメレオンは、観念した様子でちっぽけな虫に言った。

 「じゃあ、鈍い君に最大のヒントをあげる。こんな事滅多にないからね。スペシャルサービスだ。『君の願い』は、なんだい?」

 願い?コチは、改めてカメレオンに不審な眼差しを送っていた。まるで、怪しい蜘蛛の巣に誘導されているような気分だ。空ではチカチカと太陽がほくそ笑んでいる気がする。甘い言葉の裏にある危険は知っているつもりだ。

 「わかった、わかった。僕を食べるつもりかい?残念ながら僕は不味いらしいよ。だからさ、他に行った方がいいよ。」

 そう言って、コチはカメレオンから距離をとって、老木の茂みの上へと飛んで行った。

 コチが下にいるカメレオンを覗くとカメレオンはまた尻尾だけになっていた。尻尾がまたコチの方に近づいてくる。変身がへたくそなカメレオンは、しつこかった。

 「おい、また、尻尾が消えていないぞ。」

 コチは、呆れた様子でカメレオンに言った。

「あっ」とカメレオンは、消えていない尻尾を確認した格好の全身が現れたかと思うとそのまま足を滑らせ地面に落ちていった。 

 ひゃっはー。コチは、落ちたカメレオンを見て腹を抱えて笑った。

 「見ろよ。ホリデイ。」

 太陽の下で笑う時にはいつもホリデイが隣にいたから、ついついコチは口を滑らせた。コチはすぐに訂正するようにジイさんに話しかける。

 「今の見た?ジイさん。間抜けな奴だな。あいつ一体何者なんだよ?」

 ジイさんは答えず黙ったままだった。小鳥がチュンチュンと緑に隠れて鳴いている。緑に移りゆく光が流れていた。

 気がつくと、頭をさするカメレオンの周りには一定の距離を置いて多くの鳥や虫たちがその周りを取り囲んでいた。なぜなら、カメレオンは人間の作る趣味の悪いネオン街のように頭をさする動作に合わせてチカチカと全身が色取り取り色を変え発光していたのだ。カメレオンは集まる視線を感じ「はっ!?」と再び姿を消した。尻尾だけを残して。

 カメレオンは尻尾にたくさんの視線を集めて再び老木をよじ登りながらどんどんコチに近づいてくる。コチは、近づくカメレオンの尻尾とそれを追いかける多くの視線を察知しぎょっとする。

 「待て。待て。待てよ!来るなって。」 

 コチは突進する勢いで近づいてくるカメレオンをなんとか必死に止めようとするがその術は思いつかない。ここにあんなにたくさんの生き物が集まっていたのかという程に、カメレオンの動向を多くの観衆が見守った。

 「分かった。願い。願いだろ?ホリデイだ。ホリデイを探してくれ!それが僕の願いだよ!」

 コチは叫びながらカメレオンに願いを伝えた。するとピタっとカメレオンの足が止まった。正確には尻尾が止まる。

 「ホリデイ?」

 宙に浮いた尻尾が聞き返す。

 「そう。ホリデイだよ。白い蝶だよ。そいつを探してくれ。」

 尻尾はくるくる巻いた尻尾を伸ばしたり巻いたりを繰り返していた。

 「そう。」

 きっと、ぽりぽりと頭を掻いているのであろうカメレオンは「はーい。承りました。」と言って今度は本当に消えた。

 「なんなんだよ。あいつ。」

 コチはそのままカメレオンの消えた跡を見つめていた。そして、視線を感じた。まだ多くの観衆がカメレオンがいたその跡を見つめていた。3羽の小鳥が我先にとカメレオンの尻尾が消えた場所に詰め寄り不思議そうに観察を始める。コチは見つからないように息を殺して小刻みに足を動かし薄暗い木陰に移動した。  

 「あいつ。本当にホリデイを見つけてくれるかな?」

 コチはジイさんに聞く。ジイさんは優しく緑を揺らした。

 「ジイさん。ホリデイはまだあの花に会いに行っていないみたいなんだ。おかしいよな?ホリデイは絶対に行くべきなんだよ。あの花の笑顔を近くで感じることができるんだから。世界がひっくり返るような笑顔なんだよ。」

 ジイさんは優しく頷く。木漏れ日が、やたらとコチを覗く。コチは、何度も影に体を移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る