第22話 アリアお嬢様が口を利いてくれなくなった件

 アリアはタスキのお願いを聞くと顔を赤く染めた。

 今聞いたことが自分の間違いではないか、念のためにともう一度タスキに問いかけた。


 「あの、えっと、タスキ・・・さん?もう一度わたくしに、お聞かせくださいませんか?」


 タスキはアリアの顔を見据え、真剣な面持ちで答えた。


 「はい、お嬢様。どうかお嬢様のおみ足で僕の頭を踏んでください」


 タスキの答えを聞きアリアが一瞬だけ唖然となったが、すぐに気持ちを切り替えタスキをしっかりと見据えた。そして、引き締めた表情でタスキに答えた。


 「分かりました。タスキさんの為に、わたくし頑張ってみせます!」


 よしっとアリアが小さく呟くと、意気込みを入れるように両手でガッツポーズを取った。

 アリアがゆっくりと屈むと、自身の靴に手を掛けた。

 タスキは何時踏んでもらっても良い様に、正座をしてアリアを見上げていた。そして、いつでも準備は出来ているとアリアをガン見して目で訴えた。

 それにアリアは恥じらう様に顔を朱に染めると、タスキに控えめに口を開いた。


 「あの、そのように見られていると、わたくし少し恥ずかしいです」


 朱に染まったアリアの顔を見て、無遠慮にアリアを見ていた自分に気付かされタスキが謝罪した。


 「申し訳ありませんでした」


 それから、すぐに後ろを向いた。

 タスキが後ろを向いてくれたことを確認すると、アリアは小さくほっと息を吐いた。

 そして、止まっていた動きを再開した。

 片方だけ靴を脱ぐと、続いて靴下を脱ぎ裸足になった。

 アリアはタスキの背中に声を掛けた。


 「準備が出来ました。タスキさん、こちらを向いてもらっても宜しいですか?」


 アリアの澄んだ声音を聞き、タスキはアリアに向き直った。

 そして、そこで天使を見た。

 控えめに微笑んだ天使が、片方だけ素足を晒して佇んでいた。

 タスキはその美しさに言葉を失った。

 その時、どこからか風が吹いてきて、アリアの銀色の髪をふわりと持ち上げた。

 アリアの背に銀色の美しい髪が広がった。それはまるで天使の翼のようであった。

 タスキは、その尊い姿に思わず平伏していた。そして、口からアリアを讃美する言葉が零れていた。


 「美しい」


 突然の感想にアリアは戸惑いを浮かべた。


 「あの、どうかなされたの」


 アリアの言葉を途中で遮り、更に讃美する言葉を並べた。


 「天上より舞い降りた天使のようです」


 思いもよらぬタスキからの誉め言葉にアリアが驚き、目を丸くした。

 見惚れていたタスキは自然な感じで、アリアに求婚まがいの言葉を口にした。


 「僕だけの天使になってくれませんか?」

 「え!?」


 アリアの顔が朱ではなく真っ赤に染まった。

 その様子にタスキは、自分がとんでもないことを口にしたことに気付いた。

 身分違いの愚かな言葉を語ってしまったと、すぐに謝罪を述べた。


 「申し訳ございませんでした、アリアお嬢様。今の事は忘れてください。お嬢様のあまりの美しさに口が滑ってしまいました。どうか、お許しください」


 床に頭を付けてタスキが謝罪した。

 初めての男性から言葉に、ぼんやりとタスキを見つめていたアリアであったが、タスキの謝罪の言葉と姿勢で我に返った。


 「タスキさん、頭を上げてください。わたくしは、このようなことで怒る狭量な者ではありません」


 アリアは、タスキに駆け寄ると目の前に屈み、肩を掴んで顔を上げさせた。

 顔を上げたタスキは、目前で一生懸命に赤い顔で微笑んでいるアリアが見えた。

 また、タスキはアリアに見惚れてしまった。


 (アリアお嬢様)


 心で呟き、アリアの顔を眺めた。

 アリアは嬉し恥ずかしそうに微笑むとタスキを見据えて、懸命に声を出した。


 「お言葉は嬉しいのですが、その・・・、あの・・・、わたくしはまだ殿方とお付き合いしたことがなく、どの様に接すれば良いのかが分からないのです」


 タスキを悩んだ顔で見据えた。


 「それに初めて殿方に褒められて、嬉しいはずなのにわたくしの中にモヤモヤとした気持ちが生まれてしまいました。嫌でもないですし、・・・好きっというわけでもないのですよ」


 少しだけ躊躇った後、最後まで自分の思いを述べ、困惑した顔でタスキを見つめた。


 「タスキさんを見ていると胸が知らずに高鳴り、顔が熱くなり、目線を逸らしたくなります。何なのでしょう?」


 縋るようにタスキを見る。


 「今もこうしてタスキさんを見て話していますが、本当はすぐにでも顔を逸らしたい気持ちなんですよ。一生懸命に見ているのです」


 一生懸命さをアピールするように、赤く染まった顔でタスキに微笑みかけた。

 タスキは、鼓動が速まるのを感じた。


 (お嬢様、それは反則です)


 タスキも顔が熱くなった。そして、アリアの正視に耐えられず、タスキが先に目を逸らした。

 クスクスとアリアの口から笑みが零れた。


 「わたくしの勝ちです!」


 アリアが嬉しそうにタスキに勝利宣言をした。

 それから、アリアがタスキの向いている方向に回り込んできた。

 そして、タスキの顔を見据えると、真剣な声音でタスキに問いかけた。


 「わたくしの勝ちですよね!では、タスキさんこの変な気持ちをお教えくださいませんか?」


 アリアの顔がタスキの顔のすぐ傍にまで迫って来た。アリアは、タスキに教えを請いたい思いともう一つ、今のアリアには気づけない思いで、無意識でタスキに迫っていた。

 綺麗に整った可愛らしいアリアの顔が眼前に迫り、タスキの胸が酷く鳴り響いた。

 タスキはまた顔を逸らしたかった。だが、アリアが勇気を出しているのに、自分が逃げるわけにはいかないと、タスキも負けずにアリアの顔を正面から見据えた。

 タスキは言いたかった、それは好きという先ほど否定されていた感情だと。だが、自分の分からない感情に困り果て悲しそうなアリアを見ると、それは言えなかった。

 タスキはアリアの肩を軽くつかむと優しく押した。そして、安心させようと明るく笑い掛けた。


 「お嬢様、それは大切な人を思う気持ちです。自分の大切な仲間や家族を思う気持ちでもあります。お嬢様はずっとお一人でした。だから僕の言葉にドキドキしたのでしょうね」


 諭すようにアリアに語った。

 アリアはタスキの言葉をゆっくりと噛みしめて理解すると、優しく微笑みを向けた。


 「ありがとう、タスキさん」


 そう言った後、アリアは申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「先程のタスキさんの問いの答えがまだでしたね。申し訳ありません。わたくしはまだ天使ではありませんので、そのお願いにはお答えできません」


 申し訳ありませんと最後にもう一度小さく謝罪し、アリアは目を伏せてしまった。

 タスキは、そこまで思い込まないでくださいと声を掛けようとした。

 しかし、それよりも早くアリアが気持ちを切り替えて、タスキを見据えた。そして、口を開いた。


 「でも、“タスキ”の言葉はとても嬉しいものでしたよ」


 その天使の笑みは、自分だけに向けられていた。

 タスキは言葉を失い、アリアを見つめてしまっていた。

 アリアがその視線に恥ずかしさを覚え、タスキに小さく声を掛けた。


 「あの、そのように見つめられるとわたくし、恥ずかしいです」


 アリアの言葉で、はっと我に返ったタスキが、アリアに謝罪した。


 「申し訳ありません」

 「良いです。許します」


 柔らかな笑みをタスキに向けた。

 そして、ずっと止まっていたタスキのお願いを叶えようと、アリアが訊いた。


 「わたくしがタスキを踏むお願いはどうしますか?」


 タスキは顔を上げてアリアの顔を見た後、アリアの綺麗な脚を見て真面目にお願いした。


 「お願いします、踏んでください。ぜひとも踏んで頂きたい所存でございます、お嬢様」

 「分かりました」


 タスキの姿に、クスっと笑いが零れた。

 アリアは、立ち上がると足に付いたゴミを手で払った。そのアリアのちょっとした配慮にタスキは、嬉しくなった。

 アリアは片足立ちでタスキに声を掛けた。


 「では、いきます!」


 躊躇い気味に白く美しい脚を伸ばすと、アリアがタスキの頭に乗せた。

 アリアが、不安そうにタスキを見た。


 「これで合っていますか?」


 タスキはアリアの不安を取り除く意味で明るく答えた。


 「ありがとうございます!!!合っております、アリアお嬢様!」

 「良かった」


 ちゃんと合っていたことにアリアが安堵した。

 それから、ここからどう動けばいいのか分からないアリアが、困った顔でタスキに訊いた。


 「ここから、どうすれば良いのですか。わたくし、初めてで分からないのです。タスキの教えの通りに動きますよ」


 アリアに踏まれて、愉悦に入った表情を浮かべたタスキが答えた。


 「それでは、もっと力を入れてください」

 「分かりました」


 真剣に頷くと、アリアが足に力を入れ、タスキの頭を踏んでいった。






 タスキは、アリアに踏んでもらう想像をして夜を過ごしていった。

 タスキにとって本当に久しぶりの楽しい夜となったのであった。だからこそ、アリアに今想像したことをしてくれないか、お願いしようとタスキは決めたのであった。


 (今日のお嬢様なら、喜んでしてくれるかも)


 そんな期待もあった。






 後日、本当にタスキは本物のアリアに今の想像のことを嬉々として語り、お願いしたのだった。

 結果は、しばらくアリアが一言も口を利いてくれなくなってしまった。また、会うたびに怯えた表情を浮かべて、脱兎の如く逃げだすようにもなってしまった。



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