第13話 異世界版ドライヤーです。いくら使っても電気代がタダ!!

 アリアは、決心を胸に本日の夕食に臨もうと考えた。

 しかし、その前に裸のままでは行けないので着替えをすることにした。


 「シオン、わたくしの着替えはどこですか?」

 「これですよ、お嬢様!」


 シオンは蔦で編んだ籠にあるアリアの着替えを見せた。


 「ありがとう、シオン」


 シオンを見上げてお礼を言ったアリアは、さっそく着替えるためにその服に手を伸ばした。


 「あのお嬢様?」

 「何ですか、シオン?」


 小首をかしげてシオンを見た。

 シオンは、躊躇いながらアリアに問いかけた。


 「もし宜しければ、アリアお嬢様のお着替えをまた手伝わせて頂けないでしょうか?」


 何かバレたかとドキッとしたアリアだったが、シオンの真剣な表情とお願いの差に少し笑みが零れた。


 「もちろんいいですよ。シオンに手伝って貰えれば楽ができ・・、綺麗に仕上げてくれますからね!」


 一瞬、素が出そうになったアリアは慌てて取り繕うように言葉を強めに発した。

 そして、更に誤魔化す様にチョロいシオンを上目気味で見つめて口を開いた。


 「今回だけでなくこれからもお願いしますね、シオン」


 アリアは、微笑みも付け加えた。


 「ぐは、アリアお嬢様!!シオンは、こんなに素直なお嬢様に出会えてもう何も思い残すことはありません!」


 シオンがアリアに抱き着いてきた。


 「あの、シオン!・・・これでは、着替えが出来ませんよ。それにそのセリフだと死んでいくみたいですよ」


 アリアは、準備も無しにシオン抱きしめられたので、タオル一枚を隔てて柔らかなものが当たり狼狽えて声を零していた。

 はっとしたシオンは、アリアから離れると何事もなかったように着替えを取り出した。


 「お嬢様、こちらが着替えになります」


 アリアは、シオンが掲げるワンピースを見る。

 先ほどまでよりも厚いような感じで、色はすみれ色をしていた。そして、飾りは特にないシンプルな作りであった。


 「分かりました。それでは、お願いねシオン」

 「畏まりました」


 シオンは、アリアの肌着を付け終わるとすみれ色のワンピースを着させていった。


 「終わりました。それでは、あちらの鏡でお姿をご覧ください」


 アリアは、シオンに伴われて脱衣所に備え付けの姿見の前に案内された。

 姿見の前で、正面を見たり背後を見たりした後、裾を持って回ってみたりしてみた。


 (さすが、俺だな。何を着ても絶世の美少女だぜ!)


 自分の姿に悦に入って楽しそうにはしゃぐアリアに、脱衣所にいた全使用人達が微笑ましい視線を向けて、一様に和んでいた。

 シオンもアリアを姿に和やかな気持ちで笑顔を向けていた。


 「さぁ、次は御髪を乾かしましょうか」


 そして、シオンがアリアの髪を乾かそうとした時、アリアが声を掛けた。


 「シオン、私の髪は後で構いませんから、先ずは自身の着替えを済ませてください。そのままでは、シオンが風邪を引いてしまいますよ」


 目の前でタオル一枚を身体に巻いたままのシオンが気になり、アリアは心配して声をかけたのだった。


 「ありがとうございます、お嬢様。すぐに着替えて参ります」


 そういうと、すぐに自分の着替えを取り出して着替え始めた。

 アリアは、シオンの着替えをじっと見つめながらうんうんと頷いていた。


 (ありがとう、悪役令嬢転生!)


 そう思いながらシオンを見つめていると、身体を拭き終わったシオンが自分の上下の肌着を取り出した。

 シオンのブラは、その実ったものに相応しい大きさで貫録の威容を伝えるものであった。

 それを付けているシオンを見ていると、アリアはなぜだか寂寥感を感じて自分の胸元を無言で見てしまった。そこには、絶壁があるだけであった。

 ひっそりと寂しく胸元を見つめているアリアに、シオンが声を掛けた。


 「それでは、先ほどの続きで御髪を乾かしましょうか」


 そう笑顔で言うシオンを見ていると、なぜか言いたくなる一言が頭に浮かんだ。


 「ずるいです」


 アリアはすねた様子でシオンに髪を委ねた。

 シオンはそんなすねたアリアもいじらしいと思わず抱きしめたくなった。






 シオンは、アリアの髪を乾かすために何やら見覚えがある懐かしいものを取り出した。

 アリアは思わずそれについて問いかけていた。


 「シオン、それは何ですか?」

 「え、お嬢様!まさか今まで使ってなかったのですか!?それでは、風呂上りはいつもタオルで拭いただけだったのですか!」


 シオンが驚愕の顔を浮かべてアリアにちょっと怖い感じで問いかけた。


 「え、いや。その・・ね。ああ。うーーん」


 要領を得ない答えをシオンに返した。


 「お嬢様、何てことですか!?このシオン一生の不覚です!お嬢様の大切な御髪がお痛みになることに気づけぬなど、お嬢様付失格です!!」


 シオンはそう叫びアリアの髪をそっと手に取りじっと観察した。


 「ああ、この御髪に、どれほどのダメージが蓄積されているのでしょう。枝毛は・・・大丈夫ですね。変な癖も・・ついてないですね。あと、質感、つやもまだ大丈夫そうですね。でも、もしもの可能性もありますから、明日は美容師を呼びましょう!!」


 それを聞いていた周りの使用人達がすぐにシオンに声を掛けた。


 「メイド長、私達がすぐに明日お越しになれるように連絡を付けてきます!」


 シオンがそれに頷くと着替えが終わっていたその使用人達が、脱衣所の入り口から疾風の如く飛び出していった。

 アリアは、その一連の流れを呆然と見ていることしかできなかった。

 それを見送ったシオンが、アリアを見据えて諫言を呈した。


 「いいですか、アリアお嬢様。髪は女の命!!ご自身の命と同じ大切なものですよ。決してこのようにぞんざいな扱いはいけませんからね!」

 「・・・はい」

 「分かって下されれば結構です。これからは、このシオンがお嬢様の御髪の手入れをさせていただきますからね」

 「分かりました。ごめんなさい、シオン」


 小さな声で、瞳を濡らしながらシオンに答えた。

 その姿に胸を痛めたシオンがアリアを胸にギュッと抱きしめた。


 「お嬢様、申し訳ございません。これもお嬢様の為なのです。許してください」


 アリアが落ち着くまでシオンは頭を撫で続けた。

 そして、アリアは心に思った。


 (何でドライヤーを聞くだけで本気で怒られるんだよ)






 アリアが落ち着いてきたことを確認したシオンは、目線を合わせてゆっくり優しく語り始めた。


 「いいですか、アリアお嬢様。これは、髪を乾かす道具です」


 L字型の半分が筒状の道具をアリアの前で掲げて見せた。


 「このように持ち手部分を持って、魔力を流し込めば温風が流れる仕組みです」


 シオンが実際に魔力を流し込み風を出して見せた。


 「!?」


 興味を惹かれ、じっとシオンの手元を見てしまう。

 アリアは、目の前の異世界の技術に夢中になっていた。


 「そして、込める魔力の量で風の強弱を調整することが出来ます」

 「わぁ、すごいです!!電気代、タダ!?これが元の男の・・」


 アリアは夢中になり過ぎて、危うく転生前の男の事をポロっと零しそうになった。

 そして、アリアが零した電気代という単語は耳を素通りしていったが、次の男という単語にシオンが素早く反応した。


 「アリアお嬢様!!今、男と仰いましたか!しかも元の男と!」

 「いや、わたくしはそのようなことを言いましたかしら」


 ははは、作り笑いを浮かべるとシオンから目を逸らす。


 「お嬢様!?まさか元男」

 「ななな、何を言っているの、シオン!」


 慌てて発言を遮る。


 「元男もしかして!?」

 アリアはもうだめか、バレると目を瞑ろうとした時、続きが聞こえてきた。


 「タスキの事ですか!元カレという意味で!」


 シオンは、男湯の方を睨みつけた。


 「あの変態!やはり、私のアリアお嬢様に手を出していたか!それでさっきの足蹴ですか!」


 それから、小さな声でぶつぶつと消すか、や頼んで断頭台行きもなどと恐ろしい単語がアリアに届いた。


 「シオン、シオン、シオン、ちょっと待ってください。わたくしは、元の男のとは言っていませんよ!もっとーーこのーーこーーっと聞きたいなと話そうとしたのですよ、シオン!さぁ、早く続きを聞かせてください!!」


 アリアは、シオンの身体を強く揺すって考えを止め、元の男のに似た発音を強引に作りだして語った。


 「しかし、確かに男と聞こえたような」

 「シオン!」


 そう言うと、シオンに抱き着いて薄っすらと涙を浮かべて顔を見上げた。


 「わたくしのことが信じられないのですか!」

 「・・・っ!?勿論アリアお嬢様の仰ることはすべて信じます。もしも嘘だとしても強引に真実にして見せます!!!」


 アリアを胸に抱きしめてそう熱く語った。

 それから、しばらくシオンはアリアを堪能して説明の続きを語り始めた。


  「えーと確か、魔力の量で風量の調整ができる話でしたね。では続きから、この中には魔石が入っているのです。それに炎魔法と風魔法が込められているので、後は、自分の魔力を注ぎ込めば、魔石に封じ込められた炎と風魔法が発動して温風が出る仕組みです」


 そう語るとシオンは、分解して中身を見せてくれた。

 分解された異世界版ドライヤーの中には、朱色と黄緑色の小さな魔石が嵌め込まれていた。


 「なるほど、中身はこのようになっていたのですね。それで、この朱色が炎で黄緑色が風かしら?」


 気になった色の事をシオンに訊いてみた。


 「はい、その通りです。朱色が炎で、黄緑色が風の魔石ですね」


 シオンは、一度アリアを見て説明が伝わっているかを確認した。


 「ありがとう、シオン。良く分かったわ。それで、他にも聞きたいのだけど、魔石の種類は他にもあるのかしら?」

 「ええ、ありますよ。例えば、水の魔石は薄い水色の透明な魔石で、雷は黄色、土の魔石は茶色、植物の魔石は緑色ですね。込められる魔力の種類によって魔石の色は変わっていきます」

 「へぇ、そんなに種類があるのですね。なるほどです」


 アリアは頷きながらシオンの説明を頭に叩き込んだ。


 (なるほど、魔力によって色が変わるのか。ということは、俺の闇の魔力では黒で、光の魔力では白になるわけだ。でも、ミジンコ並みの魔力じゃ、作れないだろうな。はあ~~)


 そして、シオンが持っている朱色と黄緑色の魔石をじっと見つめた。


 (俺も漫画とかにある魔力を貯め込んだ魔石を使って大規模魔術をかっこよく発動したかったよ。ちくしょーー!なんでこんなに弱いんだよ、アリア!)


 アリアは、心の中で自分のしょぼい魔力量を嘆いていた。

 シオンは、そんな魔石を見つめているアリアを訝しげに見ていた。






 魔石の説明が終わったシオンは、ドライヤーを元に戻すとアリアに声を掛けた。


 「アリアお嬢様、御髪を乾かしてしまいましょう。こちらの椅子にお座りください」


 シオンに案内された鏡の前の椅子に座った。


 「では、お嬢様失礼します」


 シオンはドライヤーに魔力を注ぎ込むとアリアの髪に風を当てていった。アリアの髪が痛まないように、ドライヤーの位置や風の強さを調整して乾かしていった。そして、次に送風でアリアの髪から余計な熱を取っていった。

 アリアは、その間ただぼーっと鏡に映る自分の姿を見つめた。そして、シオンが髪を乾かし終わったことを確認すると、もういいだろうと暇を感じていたアリアは椅子から立ち上がった。


 「終わりましたよね。わたくしはもう部屋に戻りますね」


 長かった髪の乾燥が終わり、解放感で晴れやかな気分のアリアが部屋に帰ろうとした瞬間、シオンの呆れ声がアリアに届いた。


 「アリアお嬢様、何を仰っているのですか。まだ、終わっていませんよ。次はブラッシングです!」


 シオンは、アリアの肩をがしっと掴むと再び椅子に座らせた。

 そして、鼻歌交じりにアリアの髪をブラシで梳いていった。一方のアリアは、愕然とした表情を浮かべていた。


 (まだ続くの!もう、いいじゃん!乾いたんだからさ!)


 シオンは楽しそうに、アリアは退屈で死にそうな顔で入浴後のひと時を過ごしたのだった。

 そして、この退屈な苦痛を明日も美容師によって、アリアは味わうのであった。それは、男の時には経験のない物でもあった。

 アリアはその最中、ずっと困惑の表情を浮かべていたのであった。


 (そんなちょっとだけ毛先を切ってどうするするの?髪を洗って終わりじゃないの?何をそんな大層に塗ってるの?????)


 などなど、床屋しか経験のないアリアには分からない事ばかりが行われるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る