第12話 アリアの気持ちが分かりました。やっぱり成長にはミルクは必要です

 アリアが全員に感謝して回り終わった後、脱衣所の暖簾を潜り数人の女性達が入ってきた。そして、皆がアリアを見ると一様に俯いて、視線を足元に向けた。

 シオンがその女性達を見た瞬間に、纏う空気が冷たく鋭いものに変わった。そして、スイは、その中の娘2人を認めるとアリアに深く頭を下げた。また、先ほどまで和やかにアリアと触れ合っていた女性の使用人達もシオンと同じ冷たい空気を纏って、出入り口付近で縮こまっている女性達を睨みつけていた。

 その女性達の最後尾にいた女性の使用人がシオンの下まで、駆け寄ると怖々と口を開いた。


 「メイド長、アリア様を脱衣所まで案内した者達を連れて参りました」


 シオンは冷めた視線で、出入り口付近で縮こまっている使用人達の顔を一人一人見つめていった。


 「貴女達の行為で、お嬢様の心にどれほどの傷を負わせたか分かっているのですか?」


 ゆっくり落ち着いた口調で聞き逃しが絶対無いように、シオンは問いかけていった。

 その圧力に身体を震わせて、頭を深く下げて謝罪を“シオン”に口にした。


 「メイド長、申し訳ございません」


 シオンは、最初にアリアでなく自分に謝罪をしたことに怒りを覚えた。


 「私ではなく最初にお嬢様に謝罪をすることが筋というものではありませんか。貴女達が誰を傷つけてしまったのか、まだ分からないのですか!私達が仕えるべきアリアお嬢様ですよ!貴女達の軽率な行為でお嬢様の心に深く傷つけてしまったのですよ!お嬢様がその傷でどれほど苦しんでいたことか貴女達は分かりますか!」


 シオンの口調がどんどんと激しいものになっていく。


 「お嬢様に疑心暗鬼を抱かせてしまい、誰も信じられなくなる状態にまで追い詰めてしまったのですよ!更には在りもしない幻影に怯え、私達をならず者と思い込み、痛々しいお姿になるまで追い詰めてしまったのですよ!私達の敬愛するお嬢様を心が壊れる寸前まで追い詰めた貴女達を私は決して許しません!!」


 射殺せるような鋭い視線で睨みつけた。


 「メイド長、申し訳ございません。アリアお嬢様、申し訳ございません。どうかお許しください。お願いいたします」


 自分達がしたことでアリアをそこまで追い詰めたと知った彼女達は、床に擦り付けるほど深く頭を下げ謝罪の言葉を述べた。

 しかし、それを一考することもなく、即座に否定の言葉をシオンが述べた。


「いいえ、許しません。もう貴女達はこのお屋敷でお仕えするに値しません。今すぐ荷物を纏め、このお屋敷から出ていきなさい」


 残酷な言葉に愕然として、シオンの足元に縋るように這いつくばった。


 「お願いです。どうかお許しください。ここを追い出されてしまったら、私達は生きていけません。お願いです、メイド長。お許しください。お願いします」


 しかし、シオンは歯牙にもかけずアリアの方に向き直る。


 「お嬢様、お身体が冷えてしまします。さぁ、お風呂へと向かいましょうか」


 シオンは打って変わってアリアに優しく微笑んで声を掛けた。それから、シオンと同じように、冷たい視線でアリアを追い詰めた使用人達を見つめていたスイ達にも声を掛けた。


 「貴女達も行きますよ。お嬢様がお冷えになる前に支度を済ませなさい」

 「はい、メイド長」


 シオンに返事をした後に、アリアを敬愛する使用人達はニコリとアリアに笑みを浮かべて、嬉しそうに言葉を掛けた。


 「お嬢様とご一緒にお湯に浸かるのは久しぶりです。よろしくお願いします、アリアお嬢様」

 「アリアお嬢様、よろしくお願いします」


 などとアリアに笑顔で嬉しそうに言葉を掛けている彼女達の中でスイは、1人浮かない顔をしていた。そして、娘2人を見つめた後、シオンに恐る恐る口を開いた。


 「メイド長、お願いがあります。どうか、私の娘たちを許しては貰えませんか。お願い致します」


 腰を直角近くに折り、シオンに許しを請う。

 シオンはスイの娘2人を見た後、アリアに視線を向けてからスイを見据えて口を開いた。


 「分かりました。今回は不問といたします。アリアお嬢様には年の近い話し相手も必要ですし、お嬢様が入学をなさる学園に2人には先に入学してもらい学園内の情報収集をお願いしたいと考えています。今回の事は特別に不問とします」


 シオンは2人の顔を厳しい視線で見据えた。


 「「ありがとございます。シオン様」」


 心の底から反省している2人を見た後、シオンを口元を綻ばせると2人の頭をそっと撫でた。


 「今回は、許して差し上げます。ですから、今のお嬢様の話し相手になってくださいね」

 「「はい、分かりました」」


 そしてシオンはうんうんと頷いて、ニッコリ笑顔で2人の顔を見ると言葉を掛けていった。


 「次は、ありませんからね」


 2人にそっと囁くと、シオンはアリアに向き直っていった。


 「申し訳ございません。すぐに私も準備いたします」


 そして、シオンは服に手を掛け脱いでいこうとした。






 アリアは、今もシオンの足元で泣きながら許しを請う元使用人達を見ていた。

 彼女達は必死の形相で、シオンに何度も許しを請う言葉を掛けていた。しかし、シオンは、それが聞こえていないかのように、メイド服の裾を軽く持ち上げガータベルトを外した後、ストッキングを片足ずつ脱いでいた。

 アリアは、身体が冷えないように掛けてもらったバスタオルを腕で押さえながら、ストッキングを脱ぎ終えたシオンを見上げた。


 「あの、シオン?」

 「はい、いかがなさいましたか?」


 躊躇いながらも口を開いた。


 「彼女達を許すことは、出来ませんか?」


 その言葉を聞き縋る様な目でアリアを見つめてくる彼女達を見てシオンの顔を窺った。

 しかし、先ほどまでのシオンであったならアリアの頼みなら直ぐに何でも聞いてくれたのだか、今回は申し訳なさそうな表情でアリアを見つめて口を開いた。


 「申し訳ございません。いくらお嬢様の頼みでも彼女達を許すことは出来ません」


 アリアを正面から見据えきっぱりと答えた。

 最後の望みが今潰えた彼女達は絶望して崩れ落ち、床に顔を伏せ鳴き声を上げていった。

 アリアは、会社で失敗を犯した後輩が上司に縋りついている光景を思い出していた。そして、その時は自分には後輩を助ける力はなく、ただ見ていることしかできなかった苦い思いも蘇ってきた。

 あの時とは違い、今はお嬢様という立場があるアリアは、あの時の後輩の絶望した顔、その後の職場の重い空気を漂わせたくないとシオンにお嬢様という力を使って頼み込んでいった。


「お願いシオン。彼女達を許してはくれませんか!彼女達がわたくしを避けてしまったのは、愚かであったわたくしの非道な行いが原因です。彼女達は、わたくしが傍にいるだけで何かをされるのではと怯えて、一刻も早く逃げたいと思ってしまったのでしょう。彼女達は悪くはありません。全ては、わたくしに原因があるのです。お願いですシオン、どうか彼女達を許してくださいませんか?」


 瞳を涙で潤まして、シオンを見上げて懇願した。


 (どうだ、俺の新しい力!アリアの涙目の威力は!これで、これで落ちないシオンはいないはず!)


 シオンは何も言わずに固まっていた。


 (お願いシオン!彼女達をクビにしないでくれ!脱衣所に来るたびに、彼女達を思い出して気持ちが沈んじまう!俺は、さっぱりした気持ちで風呂には浸かりたいんだよ!!)


 アリアは、ダメ押しでシオンの胸に飛び込み、そこから見上げてお願いした。


 「シオンお願い!」


 しかしそれでも、シオンはアリアを見つめたまま動かなかった。

 アリアは何かシオンの気に障ったのかと不安になり、呼びかけてみた。


 「シオンどうしたのですか?何か癇に障ることをわたくしはしてしまいましたか?」


 不安そうなアリアの問いかけに、はっと我に返ったシオンはアリアを見つめた。


 「いいえ、お嬢様そのようなことはございませんよ。ただ、お嬢様の可愛い・・・。抱きしめて愛でたい・・・。私もタスキの様にサディスティックな表情で踏んで貰いた・・・」


 アリアのドン引き顔が視線に入ると、真面目な表情に取り繕いアリアを見据えた。


 「何でもございませんよ、アリアお嬢様!」


 落ち着いた雰囲気でそう弁解した。そしてシオンは、足元に視線を落とした後にアリアを見据えて口を開いた。


 「いくらお嬢様の頼みでも彼女達を許すことは出来ません。もし、お嬢様のおっしゃる通りに精神的なものならば一考の余地はあります。しかし、彼女達は私の指示を無視して自分達が仕えるべきお嬢様を一人で放置してしまいました。安全にと指示をしたのにも関わらずにです。これは、職務放棄に他なりません。ですので、もう彼女達はこのお屋敷で仕える資格は一切ありませんし、同情の余地も露程もありません。申し訳ございません、お嬢様」


 そうきっぱりと言い切った。

 シオンの堅い意志を受け、アリアは諦めざるを得なかった。


 「そうよね。無理を言ってしまいごめんなさい」


 そうシオンに詫びてアリアは、寂しそうに彼女達は一瞥した。

 そして、シオンの胸元から静かに離れると、大浴場に向かって歩こうとした。


 「ですが」


 アリアの背に声がかかった。


 「お嬢様が新しく使用人を雇いたいと仰ってくだされば、私から執事長のジェームズに話を通しておくことも出来ますが、いかがいたしますか、アリアお嬢様?」


 アリアはパッと華やぐと、シオンに飛び込んだ。


 「ありがとうシオン。もちろん、雇いたいわ。丁度、欠員が出てしまったのですから!」


 弾んだ声で喜びを表しながら、シオンを思いっきり抱きしめた。


 「畏まりました、お嬢様!」


 抱き着いているアリアの頭を優しく撫でた後、シオンは嬉しさから身体を震わして平伏している彼女達に声を掛けた。


 「今日から貴女達は、このお屋敷で新しく使えることになります。見習いとして、精一杯誠意をもってチェイサー家に尽くしなさい」


 彼女達は、瞳から零した涙で濡れる瞳でアリアとシオン、それからスイ達を見渡した後、震える声で感謝の気持ちを込めて一言返事を返した。


 「畏まりました、メイド長!」


 そして、それを受けたシオンは新しい見習い達に指示を出す。


 「すでに本日の仕事はほとんど終わっております。ですが、本日最も重要なアリアお嬢様とお風呂をお供する仕事があります。今度は最後までやり抜きなさい」


 その指示に見習い達は畏まり、しっかりと返事を返した。


 「はい、メイド長。謹んで従事させて頂きます」


 そして、アリアを見上げて口を開いていった。


 「本日から新しく仕えることになりました。これから精一杯お仕えさせて頂くことになります。アリアお嬢様どうぞよろしくお願いいたします」


 アリアに深く、深く頭を下げていった。






 なんだかんだあったが全てが丸く収まったことで、アリアは気分良く目の前の絶景を堪能していた。

 目の前で、使用人達が無警戒で着ているメイド服を脱いでいく。それに伴って衣擦れの音が脱衣所の至る所からアリアの耳に届いた。

 使用人達は先にメイド服を脱いでストッキングを脱ぐ者、ストッキングを脱いでからメイド服を脱ぐ者と各々の順序で着ていた物を脱いでいき、最終的には下着姿を経て生まれたままの姿へと変わっていった。

 アリアは、息をするのも忘れて目の前の光景を食い入るように見つめていた。


 (遠かった。本当にここまでの道程が遠かった)


 アリアの願いが遂に叶ったことに、感極まり瞳から涙が流れ出した。

 シオンは突然涙を流し始めたアリアに驚き、再び恐怖を思い起こしてしまったかと心配して声を掛けた。


 「アリアお嬢様、どうかなさったのですか?」


 アリアの目線に合わせて屈んだ。


 「何でないです、シオン。ただ、もう見られないと諦めていた光景が広がっていることに感極まってしまい、独りでに涙が零れてしまっただけです」


 涙で濡れた顔に微笑みを浮かべてシオンを見返した。


 「お嬢様!!」


 シオンもアリアの言葉に感化され、胸に熱いものが込み上げてきた。そして、アリアを下着だけになった胸に抱きしめた。


 (お嬢様、何と尊いのでしょう!私はアリアお嬢様にお仕えできることを心底誇らしく感じます!)


 瞳を潤ませてシオンは、アリアに思いを述べていく。


 「アリアお嬢様!私はお嬢様にお仕えできたことを幸運に思います!!」


 更にアリアをその胸にぎゅっと抱しめた。

 そして、抱きしめられたアリアはいつもよりも柔らかく熱い体温を感じる感覚に目を白黒させた。


 (柔らかい!温かい!何これ何これ!!)


 アリアはその胸の感触に頭の中で混乱を起こしていた。しかし、元のアリアならばシオンの胸くらいで騒ぎ立てることはしないだろうと、混乱を表情におくびにも出さずに冷静にシオンに口を開いていった。


 「ありがとうシオン。わたくしもシオンに仕えてもらえてとても嬉しいですよ」


 恥じらい気味の控えめな笑みをほんのりと朱に染まった顔に浮かべてシオンを見上げた。

 シオンは、それを見た瞬間何かが頭の中で飛んだ。


 「お嬢様!!」


 それだけを叫ぶとアリアを全身で抱しめあげた。


 (可愛すぎる!!本当に可愛すぎる!!もう部屋に持ち帰りたいほど可愛すぎる!!いやいっそ、持ち帰ってお嬢様を堪能するか!!)


 ハアハアと荒い息を付きながらアリアを見下ろした。

 そのアリアは、顔だけでなく全身でシオンの柔らかさを感じていた。


 (うおーーー!!何という極上の質感!!こんなもの男の時には味わったことは無かったぞ!ありがとう、異世界転生!!)


 そう内心では興奮しているが、それが表のアリアに現れた瞬間にバッドエンドになりそうな予感がするアリアは、落ち着いた表情を浮かべるとシオンに言葉を掛けていった。


 「ふふ、シオンの気持ちは確かにわたくしに届きましたよ。もう少しこうしてシオンに抱かれていてもいいのですが、そろそろお風呂に入りたいと考えています。シオン、早くお風呂に行きましょう!」


 はっと我に返ったシオンは、抱きしめていたアリアを身体から離すと申し訳なさそうな表情で、口を開いた。


 「申し訳ございません。今すぐに私もお風呂の準備をいたします」


 そう言ってシオンは、残っていた下着を脱ぎ、髪留めを外し髪を降ろすとアリアと一緒に大浴場へと足を踏み入れていった。






 アリアは、その光景に歓喜した。そして、いったん止まっていた涙がとめどもなく瞳から溢れてきた。

 目の前には、先ほどの桃源郷を超える天上の女神たちが湯浴みを行う楽園が広がっていた。

 アリアは、無意識に一つ言葉を発した。


 「良かった!」


 今日一日の思いが全て詰まった言葉であった。

 悪役令嬢に転生してしまいそれによって起こる、殺されるバッドエンド。アリアとシオン達、使用人との最悪の関係。そして、アリアに対する冷酷な印象。会話以外の語学力が零。魔力が露程ばかりのミジンコ並みの数値。アリアを襲う悲観した絶望。最後に食堂のシェフ。

 それらに負けずに挫けずに諦めることなく、この天上の楽園を目指して、そして至った自分自身に対する言葉であった。

 しかし、この偉業はアリア独りで成したものではないと理解していた。

 元のアリアから見捨てずにここまで尽くしてくれた屋敷の皆。転生したばかりのアリアを助けてくれたシオン。そして、アリアを信じていてくれた皆の気持ちのおかげでこの光景を実現することができた。

 その感慨深さに口元が綻び、自然な笑みをアリアは浮かべていた。

 アリアは、ここまで頑張れたことはシオンの存在が大きいと感じ、その感謝を述べようと隣に立っているシオンを見上げていった。


 「シオン、今日一日本当に・・・!?」


 アリアは、シオンの裸体を下から見上げてしまった。その瞬間、鼻から血が勢いよく流れ出した。


 (何だこれは!!童貞には、まだ本物は早いという事か!!)


 女性らしい柔らかで丸みを帯びたしなやかな体つき。そこからすらりと伸びた手足。そして、無駄な肉が無い引き締まった肉体。更に、たわわに実った胸。最後にアリアの身体とは比べようもない美しいくびれ。

 それらのシオンの身体を鼻血に負けずにアリアは見上げていた。


 (くそったれが!!ここまで来てたかが鼻血風情に負ける俺ではないぜ!!童貞をなめるな!!)


 鼻血を勢いよく拭い去り気合を入れ直して、アリアはシオンの裸体を射る矢の如き鋭き慧眼で見据え脳内に映像で保存していく。

 アリアから威圧を感じて、シオンはアリアへと視線を向けた。そして、そこで鼻血を流して、自分を見つめるアリアを見た。


 「お嬢様!!鼻血が!!」


 シオンの慌てた声で、ビクッと身体を震わせたアリアが急いでまた鼻血を拭うと、ぎこちない笑みを浮かべて口を開いた。


 「え、わたくしは鼻血など流していませんよ。シオンの見間違いではありませんか?」


 とぼけて、裸をじろじろ見ていたことをごまかそうとした。しかし、そう言っている間に鼻血が垂れてきた。

 あはは、とアリアは苦笑いを浮かべて何事もなかったかのように鼻血を拭った。

 シオンは、そんなアリアの顔をじっと見つめた。そしてしばらくすると、ふっと一つ息を吐いた後、口元を緩めて優しくアリアに語り掛けた。


 「仕方ありませんね」


 シオンは、持っていたタオルでアリアの鼻血を丁寧に拭っていった。


 (タスキを庇われているのでしょうね)


 男湯の脱衣所にシオン達が駆け込んできた時に、咄嗟に鼻血を拭っていたアリアを思い出した。

 そして、これ以上お嬢様に訊いたとしてもはぐらかされてしまうと考えて、シオンはアリアの顔を綺麗にした後、何も訊かずに手を引いて洗い場の椅子へと案内した。

 そして、アリアが椅子に座ったことを確認したシオンは、アリアに問いかける。


 「本日は、私がお嬢様のお身体を綺麗にさせてもらいますね?」

 「ええ、シオンお願いします」


 シオンはアリアの腰まで伸びる銀色の髪をそっと持ち上げ手で梳いた後、精巧なガラス細工を扱う様に慎重に手に取ると、ゆっくりとお湯を掛けて汚れを落としていった。


 「お嬢様、お湯の温度は熱くはないですか?」

 「ちょうどいい温度です」


 その答えを聞いたシオンは、手でシャンプーを泡立だせてからアリアの髪を洗っていった。


 「こうしてお嬢様の御髪を洗わせて頂くのは、いつ以来でしょうか」


 感慨深くシオンが呟く。


 「そ、そうだったかしら!?」


 若干、詰まりながらアリアが言葉を返す。


 「そうですね。いつからか自分で洗う様になってしまいましたから。もう、この御髪に触れることが出来ないと思っておりました」

 「そ、そうかしら!?」


 シオンの話を内心焦りながらアリアは聞いていく。


 (嘘だろ!?お嬢様ってメイドさんに髪を洗ってもらうものじゃないのかよ!!)


 アリアの内心の焦りに気づかずに、シオンは髪を洗う手を止めると少しの躊躇いの後、意を決するとアリアに口を開いていった。


 「アリアお嬢様、お願いがございます。これからも私、このシオンにお嬢様の御髪を洗わせて頂けませんか?」


 アリアは目を閉じているのでシオンの表情は分からないが、相当の決意をもって問いかけてきたことだけはシオンの不安そうな口調から理解できた。

 そのシオンのお願いを聞いたアリアは、先ほどまでの焦りが消えた。

 目を瞑ったままのアリアはシオンの場所に当たりを付けて、柔和な笑みを浮かべるとゆっくりと言葉を掛けていった。


 「シオン、そのように畏まらないでください。わたくしはもう怒ったりはしませんよ。それに、何度も言っているではありませんか。わたくしにできるお願いなら聞けますよ」

 「それでは、これからもお嬢様の御髪を洗うとこは出来るのでしょうか!」

 「もちろんです、シオン。自分独りで洗うよりもシオンに洗ってもらえた方が、きっと髪も喜んでくれますし、わたくしも気持ちがいいです。だからねシオン、今度からも洗ってくださいね」


 そう締めくくりアリアは穏やかに微笑みを浮かべた。

 「はい」とシオンは頷くと、晴れやかな気持ちで止まっていたアリアの洗髪を再開した。

 そして、シャンプーが終わり綺麗に流し終えた後、髪にコンディショナーを毛先から柔らかく塗りこんでいった。髪全体に馴染ませた後シオンは、またお湯でぬめりが残らないように綺麗に流していった。

 アリアの髪を洗い終わったシオンは、今度は身体を洗い始めた。

 アリアの肌を傷つけないように丁寧に軽く泡で滑らかに洗っていった。

 アリアの全てを洗い終えたシオンは、急いで自分の髪と身体を洗い終えると、アリアに伴って湯船へと向かった。

 アリアは、長い髪が湯船に浸からないようにシオンにタオルで髪を纏めてもらっていた。

 シオンも髪を纏めてアリアと共に肩まで湯船に浸かった。


 「シオン、こうして皆とお湯に浸かることは楽しいですね」


 ゆったり湯に浸かって、シオンにそう言葉を掛けた。


 「そうですね、お嬢様」


 シオンからの返しを聞いたアリアは、ゆっくりと大浴場内を見回した。


 「シオン、今までごめんなさい。こうして、皆を見ているとそう謝りたい気持ちになりました」


 そして、アリアはシオンに視線を向けた。


 「今日一日わたくしは、シオンに大変お世話になりました。一日を無事に乗り切れたのはシオン・・・・・とスイのおかげです。ありがとう!」


 アリアは、語っているうちにシオンの隣にいつの間にかいたスイに気づき、最後にスイも付け足してお礼を述べた。


 「お嬢様にそう仰ってもらえて、シオンはとても感激しています」

 「ありがとうございます、アリアお嬢様。そう仰って頂くだけで仕事冥利に尽きます」


 アリアは、静かにはにかむと控えめに微笑んで口を開いた。


 「明日からもよろしくね、シオン!スイ!それから」


 周りを見回して、少し息を吸うと大浴場の隅まで届くように凛とした声で言葉を掛けていった。


 「それから皆さんも、明日からもわたくしをよろしくお願いしますね!」

 「もちろんです、お嬢様」


 シオンはアリアを抱きしめた。


 「はい、畏まりました」


 スイは、アリアとシオンを見つめながら答えた。


 「「はい、アリアお嬢様。私達はこれからもお嬢様にお仕えさせて頂きます」」


 最後に大浴場にいた全ての使用人達がそう答えてアリアの周りに集まってきた。

 アリアはにっこりと微笑んでシオンの柔らかな感触と皆の裸姿をじっくりと見回して暫く満喫していた。

 そして満喫しすぎて鼻血がまた出そうなことを察したアリアは、湯船から上がる前に最後にもう一度だけと見回したときにあることに気づいた。

 アリアは、自分に取り付くシオンに小さく尋ねた。


 「あの、シオン。皆の胸元に輝いている首飾りは何かしら?それと、そろそろ離れてもらってもいいかしら」

 「あ、申し訳ございません」


 シオンはアリアから離れると、不思議そうな表情でアリアを見つめて答えた。


 「お嬢様、お忘れですか!屋敷の全員にわたくしからのプレゼントよとお渡しになっていたではありませんか」

 「あれ、そうでしたっけ!?」


 あはは、と愛想笑いを浮かべてシオンに視線を向ける。


 「そうですよ。渡す際に、お風呂でも寝るときでも必ず肌身離さず身に着けていてくださいねと怖いくらいにっこりと笑って仰っていたではありませんか」

 「そうでしたわね!?少しぼおっとしてしまっていて忘れていました」


 そして、また愛想笑いを浮かべ、とぼけようとアリアが思った時、アリアの身体を急にシオンが両手で抱え上げた。


 「いけません、お嬢様!すぐに出ますよ!」


 シオンはアリアを抱え上げて湯船から出ると急いで脱衣所に向かった。

 アリアは、目の前でたゆんたゆんと揺れるシオンのものを見てしまい、慌てて自分の平坦な胸に視線を移した。抱きしめられたときは、目の前が全て覆われていたので感触だけで我慢できたが、目の前で弾まれてしまうと、鼻から出る血を我慢できそうになく、アリアは大平原が続く自分の胸で興奮を落ち着けようとした。

 しかし、視界の端で弾んでいるのでつい見てしまい、それから慌ててまな板の自分のものを見て、またシオンの豊かなものを見て自分の哀しいもの見ての繰り返しで、脱衣所までやってきた。

 シオンはアリアをゆっくりと椅子に座らせるとすぐにコップに水を汲んで戻ってきた。受け取ったアリアが水を飲む姿を心配そうに見つめながら声を掛けた。


 「お嬢様、お身体の具合はどうですか?まだお辛いですか?」


 シオンの不安そうに心配している声を聴いたアリアは、若干沈んだ気持ちで答えた。


 「ありがとうシオン。楽になってきたわ」


 そう答えたアリアの周りにはシオン以外にも大浴場にいた皆が取り囲んで、心配そうに見つめていた。

 アリアを取り囲んでいるシオンを含め全員は、急いでいたこともあり何も身に着けていなかった。

 アリアは、とぼけるためについた嘘でこんなにも心配をかけてしまったことに罪悪感を覚えた。そして、それが原因なのか気分も落ち込んでいた。

 自分を心配そうに見つめる皆をゆっくりと見回した後に口を開いた。


 「ごめんなさい。心配を掛けてしまいましたね」


 落ち込んだ様子で話すアリアを見て、その場の全員が慰めようと言葉を掛けていった。


 「そんなにご自身を責めないでください。お嬢様の体調の変化を察知できなかった私達のせいです」

 「そうですよ。久しぶりのお嬢様との入浴で浮かれてしまいお嬢様の体調不良を見逃してしまった私達がいけないのですから」

 「元気を出してください、アリアお嬢様」


 とアリアを励ます言葉が次々と掛けられていく。


 「ありがとうございます。皆さんの心の籠った温かい言葉のおかげで元気が出てきました」


 うっすらと微笑んでそう言葉を返した。

 それから、再び周りの使用人達を見回してから声を掛けた。


 「ごめんなさい。わたくしのせいで折角のお風呂の時間を邪魔してしまいました。もうわたくしは大丈夫ですから、気にせずにお風呂を楽しんでください」


 そして、使用人達に一礼するとシオンと一緒に着替えに向かった。

 着替えがある棚の前に着くと、シオンが濡れたままだったアリアをタオルで綺麗に拭いていった。

 そして、濡れたままのシオンが自分を後回しにアリアの着替えを手伝おうとしていることに気づいたアリアは、シオンに言葉を掛けた。


 「そのままでは風邪を引いてしまいますよ、シオン。わたくしの事は後で構いませんから、濡れた身体をタオルで拭いてください」

 「ありがとうございます、お嬢様」


 シオンは、タオルで自分の身体を拭き始めた。

 アリアは、隣で身体を拭いているシオンをじっと見つめていた。

 それから、使用人達がどうなったか気になり脱衣所を見渡した。

 使用人達はシオンと同じように濡れた身体をタオルで拭いていた。

 その光景を見たアリアは、思わず声を掛けてしまった。


 「どうしたのですか。もうお風呂はよろしいのですか?」

 「はい、お嬢様。私達もお嬢様と同じように上がらせてもらいました。やはりお嬢様がいないお風呂は寂しいので戻る気にはなれませんでした」


 それを聞いたアリアの胸に温かいものが湧いてきた。

 アリアは、隣のシオンを見上げると嬉しそうな表情で声を掛けた。


 「シオン、聞こえましたか!わたくしは、もう本当に独りではないのですね!」


 嬉しそうに弾んだ声で話しかけてくるアリアをシオンは優しく見つめた。

 シオンの温かい視線に気づいたアリアは、年甲斐もなくシオンに嬉しそうに語ってしまった己を恥ずかしく思い始めて、顔を背けて使用人達の着替えを見つめた。


 (ヤバいな!さっき孤独感を感じてから、何かちょっとしたことでもすぐに嬉しくなるようになってしまったな。ここは、目の前の至福の光景を眺めて自分を取り戻すとするか!)


 そして、自分を取り戻すべく使用人達の湯上り姿を見つめていった。

 使用人達の裸を十分に見つめた後、アリアはやはりシオンのものを一番見たいと思いシオンに顔を向けてじっと見つめた。

 シオンはアリアが自分をじっと見つめていることに気づき、そしてどこを見ているのかを察するとそういうことかと微笑ましい思いで声を掛けた。


 「大丈夫ですよ、アリアお嬢様。私もお嬢様の年齢の時はそこまで大きくなありませんでしたから、きっとお嬢様も大きくなりますからね」


 とんでもない間違いをされたアリアは、思わず俯いてしまった。

 そのシオンの言葉を聞きつけた周りの使用人達もアリアの下に集まってきた。


 「お嬢様、気にしないでください。私も小さかったですが、ここまで大きくなりましたから」

 「ファイトです、アリアお嬢様。ここから頑張っていきましょう」

 「お嬢様はまだ発育途中ですから、ここから大きくなりますよ」


 と今度はアリアの胸を気遣う声を掛けられた。

 アリアは、励まされているとなんだか悲しい気持ちになってきた。

 そんなアリアに最後にスイとその子供たちが声を掛けてきた。


 「アリアお嬢様、そこまで心配することはありませんよ。お母様は大層立派なものをお持ちで、同じ女性である私も羨んでしまうほどの美しさと大きさでした。実際に見た私だから断言できるものです。お嬢様もその血を受け継いでいるのですから、きっと大きくなりますよ。諦めるのは早いですよ、お嬢様」


 スイはアリアの頭を優しく撫でた。

 そして、スイの子供達もアリアに励ましの言葉を掛けた。


 「アリア様、私だって大きくなりましたから心配はいりませんよ」

 「お姉ちゃんの言う通り、私もお嬢様と同じぺったんこだったけど、ちゃんとここまで成長しましたよ。だから心配はいりませんよ、アリア様」


 その慰めの言葉が心にズキズキと響いてくる。

 アリアは、俯けていた顔を上げると彼女達の立派なものを見た。更に年齢の近いスイの子供達の順調に育っているもの見て自分の絶壁を見た瞬間、我慢しきれない悲しい気持ちが胸の底から湧き上がってきた。

 アリアの瞳に涙が浮かび、そして流れ出した。


 「そうですね。わたくしもきっと大きくなれるかしら」


 場の空気に流されたアリアは、悲しみを感じてそう呟いていた。

 それを見たその場の全員がアリアを慰めるために、言葉を掛けたり頭を撫でたりしてくれた。

 そして、シオンは誰よりも早くアリアを自分の胸に抱きしめた。それから、アリアに言葉を掛けた。


 「お嬢様、きっとこのシオンが必ずお嬢様の胸を大きくして差し上げますからね」


 それらの慰めを受けながら、心の中で強く決心した。


 (絶対に誰よりもでかくしてやるからな!!)


 そして、場の空気に流されているアリアは、胸を大きくする方法を頭の中でいろいろ考えて、ある一つの答えを出した。それは、奇しくも前のアリアのものと同じであった。


 (やっぱり、ミルクか!!成長には、ミルクが必要か!!)


 アリアは、これからは今以上にミルクを飲もうと固く固く決意した。

 そして、今夜の食事の時は前以上に飲もうと考えた。



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