第10話 変態が現れました

 自分の勘違いのせいで迷惑をかけたその男性使用人に申し訳なさを感じ、いつまでも頭を下げたままでは可哀そうだと思い声を掛けてみることにした。

 アリアは、足をもじもじさせて、何かお詫びをしなければと考え始めた。

 そして、何も言い案がでなかったアリアは、タスキに何か自分にできることをしてあげようと声を掛けた。


 「えっと、・・・。お名前はなんというのでしたっけ?」


 名前を呼びかけようとしたが知らないことに気づき、アリアは男性使用人に名前を尋ねてみた。


 「はい、タスキと申します。どうぞ、よろしくお願いします」


 アリアは、教えてもらった名前を忘れないようにしっかりと心に刻んだ。


 「ありがとう、タスキね。それでは、先ほどからの迷惑をかけてしまったので、何かわたくしにしてほしいことでもありますか。あ、もちろんそういう大人なことは出来ませんので、それ以外でお願いしますね」


 アリアは、してほしいことの後に慌てて絶対に野郎とはしたくないことを付け加えた。

 タスキは、すぐアリアにしてほしいことが決まった。そして、先ほどから目の前で足の指を絡ませてもじもじしているアリアの素足を見つめながら言った。


 「踏んでください。お嬢様のおみ足で私の頭を踏んでいただくことが私の願いです」


 タスキは更に頭を床につけて真剣な声でアリアにお願いした。

 アリアはその願いに絶句した。そして、もしかしたら自分の聞き間違いかともう一度問いかけてみることにした。


 「えっと、タスキ。ごめんなさい。少しぼうっとしていて聞き逃してしまいました。もう一度言ってもらえますか」

 「はい、アリアお嬢様。どうかそのしみ一つ見えない穢れなき処女雪の如く美しいおみ足で私をお踏みください!!」


 精一杯腹に力を入れてアリアに聞こえるように声を出した。

 アリアは、唖然として蔑んだ視線で下の男を見つめた。

 そして、もう一度きいてみることにした。


 「あの、本当に宜しいのですか?わたくしは、まだお風呂に入っていないので、その汗とかで蒸れていて匂ってしまうかもしれませんよ。それに、こうして足を見てみると埃などが付いていて汚いですし、なによりも本日は・・・、本当にこのような汚い足でタスキの大事な頭を踏んでいいのですか?」


 アリアは、率直に自分の感想をタスキに尋ねた?


「いえ、お嬢様にお気遣い頂き、痛み入ります。ですが心配はありません。どうぞ、私の頭を雑巾とでも思って、その汚れを落とす思いでおみ足でお踏みください」


 その言葉に数秒間唖然としていたアリアだったが、迷惑を掛けたのは事実だったこともあり、十分の熟考の後苦渋の決断を下し、アリアは腹を括った。


 (もう、どうなってもいいや。このキモ・・、ヘンタ・・、タスキの願いをしっかり成就してやろうじゃねえか!!いくぞ、俺!!そして、わたくし!!)


 アリアは、ぎこちなく微笑んで、ゆっくりと目の前に這いつくばる頭に足を乗せていった。


 「こ、これでよろしいでしょうか?」


 恐る恐る少しだけ力を入れて、優しく踏みつけた。その時感じた足裏の感触に背筋がぞわぞわとして、全身に鳥肌が立った。

 タスキは、頭の後ろに確かに踏みつけられた感触を感じた。


 (ああ、お嬢様のご配慮が足裏から確かに感じられる。こう優しく踏まれるのもいいが、もっと強く踏んでもらいたい)


 タスキは、自分の欲望に忠実に口を開いた。


 「アリアお嬢様、これでは足りません。もっと力強く、蔑んだ視線も添えてお踏みください」


 アリアはもう蔑みを通り越して汚物を見るような嫌悪感を覚えた視線で冷たく見下ろした。


 「分かりました、タスキ。では、いきますよ」


 今度は、力を抜かずに踏みつけた。

 しかし、それでも刺激が足りないタスキが更にアリアにお願いした。


 「アリアお嬢様、まだ足りません」

 「こうですか?」


 アリアは、力を入れてぐっと踏みつけた。


 「いえ、まだ足りません。もっと力強くお踏みください」


 アリアは、更に力を入れて踏みつけた。


 「あ、その調子です。そうそうもう少し、あ、今ぐらいの力でお願いします」


 タスキはアリアに踏まれることに悦楽を覚え、アリアは踏みつけながら恍惚とした笑みを浮かべていった。


 (あはは、楽しいわ!!)


 異様にテンションが上がっていたアリアは、今まで避けていたことを遂に勢い余って言ってしまった。


 「いいわ、あなたのその悦楽に歪んだ顔をわたくしに見せなさい!」

 「はい、アリアお嬢様!」


 顔を上げたタスキは、必然的にアリアの全てを間近見る形になってしまった。


 「あ!」


 タスキが思わず声を出してしまった。

 それに気づいたアリアは、タスキがどこを見て声を上げたかを視線から感じて、悟ってしまった。

 その瞬間、今までの熱が一瞬で引き、代わりに顔が熱湯を浴びたぐらいに熱くなった。


 「きゃあああ!?」


 アリアの口から悲鳴が上がった。

 そして、恥ずかしさから瞳に涙が浮かび、顔もゆでだこの様に赤く染まりきってしまった。

 すぐにアリアの悲鳴を聞きつけたシオンが廊下から飛び込んできた。


 「アリアお嬢様!!」


 更に、女湯や近くにいた女性の使用人達もアリアの悲鳴を聞きつけ脱衣所になだれ込んできた。その中にはバスタオルで身体を隠しただけの者もいた。それを見たアリアは、咄嗟に腕で鼻を拭って汚れを落とした。

 シオン達はその光景を見た瞬間、唖然とした。

 しかし、アリアの涙にぬれた瞳と赤く染まった顔を見た瞬間に、抑えがたい憤りが上がってくるのを感じた。

 タスキは、女性達から漂う怒りの雰囲気を感じて、急いで自分を客観的に見つめた。そこには、涙目で全裸の少女の脚を頭に乗っけて、下から見上げる変態がいた。


 (僕死んだかも)


 シオンはすぐにアリアを変態から引き離し、安全な自分達の中に保護した。その後、すぐに身体を覆うためのバスタオルを持ってくるように指示を出した。

 そして、残った変態に女性達が詰め寄っていった時、アリアがタスキの身を案じて慌てて口を開いた。


 「待ってください、シオン、皆さん。悪いのはわたくしです。彼、タスキ・・・は悪くはありません」


 アリアは、名前を口にした瞬間先ほどのことが脳裏を過り、顔が熱くなり口籠ってしまった。それでも、何とかタスキは悪くないと最後まで言い終えたが、タスキの顔が視線に入ってしまうと、慌てて俯いた。

 そして、アリアは心の中で誰にともなく言い訳を述べていった。


 (いやいや、元男の俺だってさすがに全てを見られたら恥ずかしいよ。しかも間近で野郎にそこをみられたら、流石に恥ずかしくて顔だって赤く、熱くなっちゃうよ。でも、服を全部脱いで外でお散歩する性癖や「やらないか!」みたいなつなぎを着たうほっいい男みたいナイスガイでは、俺はないからね)


 シオン達女性陣は、そんなアリアの様子が恐怖感から口籠ったと考えて、怒髪冠を衝く怒りの形相で、タスキを睨みつけた。

 睨みつけられているタスキは、生きた心地もしない状態で唯々土下座をしているしかなかった。

 そしてシオンは、近くの者にしっかりと見張っておくように言いつけると、アリアの下に向かい、持ってきてもらったバスタオルでアリアの身体を覆った。

 アリアは、そのバスタオルを無意識の内に強く握った。

 それを見てシオンは、アリアをこの場から遠ざけるべく、アリアに年が近いスイの娘2人とバスタオルを巻いただけの恰好の女性の使用人を呼び、それらと一緒にアリアを安全な女湯まで案内しようとした。

 シオンは、アリアが自分では気づいていない恐怖を刺激しないように、軽い口調を心がけて声を掛けた。


 「それではお嬢様、ここにいますとお身体が冷えてしまいますので、少し場所を移りましょうか?」


 そして、アリアの背中を優しく支えながら脱衣所の出入り口から出ていこうとした。

 しかし、アリアは移動しようとはしなかった。

 アリアは、自分を囲ってくれている者達に一度頭を下げるとその場所から出て、タスキの前に立ちシオン達と正対した。


 「ごめんなさい、皆さん。折角わたくしを庇って頂いていたのに、このように勝手に抜け出してしまいました。ですが、こうしてしないとタスキに危害が加えられそうな気がしたのでお庇いしました」


 そう言うとアリアは、正対しているシオン達の顔を見渡した。

 それから、真剣な表情で口を開いた。


 「タスキは、間違えて男湯に入ってしまったわたくしを守ってくれたのです。廊下から他の男性使用人達が来た時、わたくしを物陰に隠してうまくその男性達を追い返してくださいました。もし、タスキが守ってくださらなければ、わたくしはどうなっていたか、想像することも憚られます」


 アリアは身体を掻き抱いた。それから、シオン達をもう一度見回して言葉を発した。


 「お願いです、タスキに酷いことをしないでください。そして、タスキを許してあげてください。お願いします」


 アリアは、深々と頭を下げてシオン達に願い求めた。

 シオンが慌てて口を開く。


 「分かりましたから頭をお上げください!!タスキの事は不問とします!お願いですから、頭をお上げください、アリアお嬢様!!」

 「分かりました。ありがとう、シオン!!」


 アリアは嬉しく言葉を掛け、微笑みを浮かべた。そして、アリアはシオン達との距離を目測すると、タスキにだけ聞こえる小さな声で呟いた。


 「借りは“一つ”返しましたよ」


 アリアは、後ろを振り返らずにシオン達の下に悠然と戻っていった。

 タスキは驚き、急いで顔を上げてアリアを見ようとしたが、また同じ間違いをしてはいけないと我慢した。






 アリアは、シオンの下に戻ると勝手に行動したことを申し訳なく感じて謝罪を口にした。


 「ごめんなさい」


 戻ってから怒っているかもと怖くて見られなかったシオンの顔を見た。そこには、予想と同じ怒った顔があったが、それともう1つアリアを本気で心配しているシオンの顔もあった。


 「お嬢様!!」

 「は、はい!?」


 いつもの優しいシオンの声ではなく、険を含んだ声で名前を呼ばれたアリアは姿勢を正して答えた。


 「分かっていらっしゃいますか、先ほどお嬢様がしたことがどれ程危険なことか!!もしもお嬢様があの変態に人質に取られてしまったらどうするおつもりだったのですか!それから、お嬢様は変態に背を向けていらっしゃいましたね。あの変態が背後からお嬢様を襲う可能性だってあったのですよ。そうなったら、私たちでも助けられませんからね!!」

 「はい、すいませんでした」


 俯いてシオンに謝罪した。


 「アリアお嬢様、今度からは絶対にこのような浅はかで危険な行動は慎んでくださいね!分かりましたか、アリアお嬢様!!」

 「はい、ごめんなさい。シオン」


 アリアは、しょんぼりして弱弱しい声でシオンに謝罪の言葉を返した。


 「まぁ、分かってくだされば良いのです」


 言い過ぎてしまったかと落ち込んでいるアリアを見つめてシオンは心が痛んだが、それでもここは甘やかすことができない大切なことだと自分に言い聞かせていた。


 「本当にごめんなさい」


 アリアに涙目で見上げられてしまったシオンは、もう我慢が出来なかった。


 「ああもう、お嬢様!!」


 アリアを思い切り胸に抱きしめていた。


 「これもお嬢様を思っての事なのです。決してお嬢様を嫌って責めたわけではありませんからね」


 それを見た女性の使用人達もアリアを慰めるための言葉を掛けていった。


 「そうですよ、お嬢様。誰もお嬢様を嫌ってなどいませんよ!」

 「お嬢様は、何も悪くは無いのですよ!」

 「悪いのは全部あの変態ですから、ご自身を責めないでくださいね」


 などなど、アリアを気遣う声を皆で掛けていった。

 それらの気遣いで心がじんわりと温かくなったアリアは、目尻に薄っすら涙を浮かべ控えめに微笑んだ。


 「ありがとう」


 アリアの小さな声だったが、そこにいた皆の耳にはしっかりと届いていた。






 シオンは、もう一度アリアを抱きしめた後、そっとアリアを胸から離した。そして、目線をアリアに合わせると、今までにないくらい真剣な表情を浮かべアリアの目を見ながら語り掛けていった。


 「お嬢様、これは説教ではありませんのでご安心ください。それと、もしも嫌ならば答えなくても結構ですからね」


 そう、前置きしてから本題を口にした。


 「お嬢様は、あの男に何か変なことをされたり、させられたりしませんでしたか?」


 そのように問いかけた後シオンは、未だに無意識にバスタオルを握りしめているアリアの手の上に自分の手を重ねた。

 手を重ねられたことに気づかないまま、アリアは今一番印象の強いタスキの純粋なお願いだけを思い出した。

 そして、それを嬉々として恍惚な表情を浮かべて行っていた自分をも思い出してしまった。


 (俺はそういう系の女王様じゃないんだぞ!!癖になったらどうするんだよ!今の純情可憐なお嬢様像からSMチックな女王様へクラスチェンジか!!ハッピーエンドへ行くではなく、イかせる存在になっちゃうじゃないか。あの野郎!!)


 思い出し行くと沸々と怒りが湧き出してきたアリアは、仕返しの意を込めて言葉を話していった。


 「いえ、特にされたことはありませんでした。ですので、心配はありませんよ。ただ・・・」


 一旦言葉を止めてシオン達を見回した後、少し恥じらう素振りで顔を赤く染めると口を開いていった。


 「ただ、タスキから頭をわたくしの足で踏んでくださいとお願いされました」


 そう口にすると、アリアは踏んでいた時の興奮が思い出され、更に顔を赤くしてしまった。


 「わたくしは、本当に良いのですかと何度も問いかけましたが、タスキがどうしてもしてほしいというので、仕方なくですからね、わたくしは踏んで差し上げました」


 その時の情景を思い出してどんどん興奮してきたアリアは、恍惚の表情を浮かべて続きを嬉々として語っていった。


 「床に首を垂れて這いつくばったタスキを足蹴にしていると、自分の中から今まで感じたことが無い感情が込み上げてきました。無様に首を垂れた者を足蹴にするのがこんなに楽しいとは、思いませんでした。タスキのおかげで気づくことが出来ました。新しい自分を気づかせてくれた彼には感謝しています。もう本当に楽しいのですよ、シオン。力加減によってタスキの上げる声が」


 晴れやかな笑顔で嬉々として語り続けるアリアをシオンが急いで止める。


 「もういいです、お嬢様」

 「え、もういいのですか。ここからが面白くなるところですよ?」


 興が乗ってきた所を急に止められてきょとんとした後、首を傾げてシオンに問いかけた。


 「いいえ、もう本当に大丈夫ですから。アリアお嬢様の気持ちはしっかりとこのシオンに伝わりましたから。ここで終わりにしましょう、アリアお嬢様」

 「そう、分かりましたわ。シオンはもういいのよね。ですが、まだ聞きたい方が周りにいるかもしれませんね。どうですか、もっと聞きたいですよね?」


 周りを見回して、怪しい笑みを浮かべてアリアが問いかける。

 その問いかけに、女性の使用人全員がブンブンと首を横に振って否定した。

 その他にも「いいえ、メイド長と同じで満足しました」、「お嬢様、結構です。私にはまだ早い話です」などと否定の言葉も入れて全力でアリアを止めにいった。

 まだまだ語りたい事があったアリアだが、全員から遠慮されてしまったので少しがっかりしたが、また後で語ってあげようと思いながら口を開いていった。


 「分かりました。皆が遠慮するなら今日はここまでにしますね。そのうち続きを語って差し上げますからね」


 アリアは完璧にそちらの世界に片足を突っ込んだ形になってしまっていた。

 そして、笑顔でそう語るアリアを見て、全員がまた全力で止めなくてはといけないと考えていた。

 それから、シオン達は未だに土下座姿でいるタスキを睨みつけた。


 ((お嬢様に、余計なことをさせやがって。どうすんだこれ!!))


 瞳を細めうっとりとしているアリアを見て全員がそう思った。






 正気に戻ったアリアは思いの外饒舌に語ってしまった自分に、ショックを受けていた。


 (俺は一体何を言っていたんだ!?)


 先ほどの自身の痴態を思い出し、ぶるりと身震いをした。しかし、抗いがたい甘美な快感がまたも鎌首をもたげ、アリアに襲い掛かってきそうになった。


 (あの野郎!?この身体の新しい扉が開きそうじゃないか!?どうすんだこの野郎!?)


 アリアも変態を睨みつけた。それからアリアはシオン達に引かれていないか恐る恐る顔を窺い、弁明のために口を開いていった。


 「違うのですよ。あれは、本当のわたくしでは無いのです。普段からあのような事を考えているわけでは無いのですよ。おねがいですから信じてください」


 その必死に弁明しているアリアにシオン達は愛おしさを感じていた。


 ((健気で愛くるしいお嬢様、最高!!))


 そして、シオン達が何も返事を返してくれない事に不安になったアリアが今にも泣きそうな悲しげな表情を浮かべたことで我に返ったシオンが慌てて返事を返した。


 「もちろん今のお嬢様があのような事を考えているとは思っていませんよ。悪いのはあそこの変態です。私は、今のお嬢様を信じていますからご安心ください」


 シオンは、アリアの目を真剣に見て返事を返した。


 「ありがとう」


 シオンの言葉もだが、“今の”と言われたことに先ほどシオンとスイ伝えたことを信じている気持ちが感じられ、感激して瞳を潤ませながら感謝の気持ちを口にした。



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