13. 永遠に幸せを
「むふふー」
「彼方?」
「むふふふー」
「?」
伯母の家を出てから彼方の様子がおかしい。
口元をにまにまさせて優斗の腕を強く抱きずっと頬擦りしているのだ。
「あーえーと、僕らは先に帰ろうか」
「そうッスね」
「先輩方お幸せに」
「え、おい、お前らまだお礼を」
優斗が止める間もなく閃達は素早く解散してしまった。
この後に彼方と一緒にお礼をするつもりだったのだがそれは叶わなかった。
智里も居ないためお礼はまた今度やれば良いかと優斗はすぐに思い直し、彼方のことだけを考えることにした。
「むーふふー」
幸せそうなのは良い事だ。
閃達も邪魔をしないようにと気を使ってくれたのだろう。
だけれども、どうしてここまで嬉しそうなのか。
やるべきことが全て終わって解放されたからだろうか。
でも優斗の感覚では終わっただけでありスカっとするような気分には到底なれなかった。
彼方も伯母が狼狽する姿を見てざまぁと喜ぶような性格ではもちろんない。
「優斗君、だーいすき」
「お、おう。俺も好きだぞ」
往来のド真ん中だと言うのに好意を全く隠そうとしない。
キスしたり路地裏に引き摺り込んで襲って来るような気配は無いが、そういう性的な事をしたいのではなく純粋に好意が溢れて止められないといった感じだ。
「むふふー」
衣服越しに伝わる柔らかな感触に優斗は内心オロオロしている。
何度も直接触れたが慣れることなど無いのである。
だが男のプライドがそれを表に出すことを許さない。
下心が漏れないようにと平然を装いながら彼方を観察した。
「(いい……)」
熱に浮かされたように愛を求める彼方も、普段の穏やかで優しい彼方も、レインボー関係でちょっと怒る彼方も良いけれど、幸せオーラ全開のこの彼方もまた優斗の心を鷲掴みにした。
ここが外で無ければ思わず強く抱き寄せてしまったかもしれない。
「(でも本当にどうしちゃったんだ)」
伯母のことを忘れるために無理矢理気持ちを切り替えようとしているのではないか。
心が疲れ切ってしまい壊れてしまったのではないか。
先程までの話が話だっただけにネガティブなことを考えてしまう。
「優斗君は心配性だね。ありがとう。私は大丈夫だよ」
だがそんな考えも彼方にはバレバレだった。
しかも心配してもらったことが嬉しかったのか、頬擦りの力がさらに増した。
「優斗君、私は幸せだよ」
「ああ」
「優斗君も幸せなんだね」
「!!」
彼方が何故ここまで喜んでいるのか。
その理由に優斗は気がついた。
というよりも彼方が教えてくれたようなものだ。
優斗が伯母に向かって最後に告げた言葉。
それこそが彼方の異変の原因だった。
『彼方も俺も幸せだよ。今も、この先も、老いて死ぬまでずっとな』
受け取り方が色々とある言葉だが、『死ぬまで一緒に幸せであり続ける宣言』にも思える。
それが意味することは。
「(プロポーズ……)」
もちろん彼方は優斗がそれを意図して言ったわけでは無い事は分かっている。
だが意図せず自然に漏れてしまった言葉だからこそ、優斗の飾らない気持ちがこめられているように思えて嬉しかったのだ。
「むふふー」
彼方の喜びの意味を理解して羞恥により顔を真っ赤にしてしまう優斗の姿を見て、これまた彼方の上機嫌ぶりは留まることを知らない。
「な、なぁ彼方。軽く何か食べてかないか」
「うん」
気持ちを落ち着かせるための提案であったが、店に入っても彼方はベタベタし続けるのではという不安があった。
しかし彼方は喫茶店に入ると優斗の腕を解放して優斗の正面の席に座った。
どうやら冷静さは残っているようだ。
「むふふー」
尤も、正面から嬉しそうにずっと見つめられて気恥ずかしくなってしまうのだが。
このままでは彼方が愛おしすぎて我慢出来ないと思った優斗は、何か話をして気を紛らわせることにした。
「なぁ彼方、後見人の件どうする?」
「受けるつもりだよ」
「やっぱりか」
「優斗君は?」
「俺もそうしてもらおうかな」
未成年後見人。
彼方の場合は伯母が、優斗の場合は遠い親戚がそれにあたる。
伯母が逮捕されたことで未成年後見人を新たに決めなければならないのはもちろんのこと、優斗の場合も未成年後見人が正しく仕事をしているとは言い難い。
面倒な諸々の手続きはやってくれるが、優斗がしっかりと生活しているかを確認するそぶりすら見せないからだ。
そのことを心配した智里と閃が少し前に二人にある提案をしており、事件が一段落着くまでは待ってもらっていた。
「閃が弟になるのか」
「私の場合は智里お姉ちゃんかな」
「今度それ本人の前で言ってみろよ。すげぇ面白い顔するぜ」
「もちろん言うつもりだよ。どのタイミングが良いかなって狙ってるんだ」
「彼方も悪よのぅ」
「優斗君だって都成君に優斗おにいちゃんって揶揄われるかもよ」
「か、彼方もう一回!」
「もう一回って……優斗おにいちゃん?」
「ぐはっ」
別に二人が閃と智里の家の養子になるという話では無い。
優斗の未成年後見人を閃の両親が、彼方の未成年後見人を智里の両親が請け負うという話である。
兄弟姉妹の関係になるわけではないのだが、分かっていて冗談を言っているだけだ。
「あれ、でも彼方って誕生日早いんだよな。むしろ彼方おねえちゃん、じゃないのか?」
「ゆ、優斗君もう五回!」
「彼方おねえちゃん、彼方おねえちゃん、彼方おねえちゃん、彼方おねえちゃん、彼方おねえちゃんって欲張りだなおい」
「むふー」
お互いに一人っ子だったから兄弟姉妹に憧れがあったのである。
その後も存分におにいちゃんおねえちゃん呼びを堪能した二人だが、彼方がふとあることに気が付いた。
「あれ、そういえばそもそも優斗おにいちゃんで正しいんだっけ? 都成君より誕生日早いの?」
「ああ、俺が……って待って、あれ、もしかして俺達、お互いの誕生日知らない?」
「…………」
「…………」
「「ああーーーーーーーー!」」
思わず叫んでしまい、騒いでごめんなさいと店員や周囲の客に二人は謝った。
なんとこの二人、お互いの趣味嗜好や体の隅々まで知っているくせに誕生日を知らなかったのだ。
「彼方のことなら何でも知ってるって思ってたのになぁ」
「私も優斗君のことならぜーんぶ分かってるって思ってたのに」
「まだまだ知らないことが沢山あるってことか」
「そうだね、これから優斗君のことをもっと知ることが出来るなんて楽しみ」
普通でない出会いをして普通でない結ばれ方をして普通以上に想い合うようになった優斗と彼方。
だからこそ普通に知っているはずのことを知らなかったりする。
だがそれはこれから知れば良い事なのだ。
二人を取り巻く問題は解決に進み、時間が経てば経つ程に二人の周囲は静かになって行くだろう。
そうなれば心の傷をゆっくりと癒しながら愛を育む時間が得られるはずだ。
それを人は幸せと呼ぶのかもしれない。
「きっと
「~~~~っ!」
今度は無意識では無くはっきりとそういう意図をこめた。
この先、順風満帆な人生になるとは限らない。
新たな悲劇が待っているかもしれないし、両親の死がフラッシュバックされて猛烈な負の感情に苛まれることもあるだろう。
だがそれでも優斗は彼方を一生幸せにし続けると心に誓っていた。
それは母親の遺言によるものではない。
「むふふー」
この笑顔を見るとそう思ってしまうのは当然というだけの話である。
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