仮裏. 死は祝いなんだよな? ※残酷な描写に注意

 これはありえるかもしれない報いの一片。


 非道な者達の終わりの可能性。


――――――――


 葬式で焼香の時に水をかけようとし、彼方の家から人一倍多くの物を奪ったある男は身の危険を察し一早く海外へ逃亡していた。


 金はほとんど持っていないが元々日本でも似たようなものであり、言葉が通じなかろうと滞在を続けるしぶとさがあった。


 東南アジアの某国にて男は身を隠して小金を稼ぎながらほとぼりが冷めるのを待っていた。


 そんなある日、格安タクシーで移動していたら日本人の運転手から金儲けの情報を教えてもらった。


「そういやお客さん、この先の街にカジノがあるって知ってますか?」

「カジノ? しらねぇな」

「非合法なんですがね、小金稼ぎするにはもってこいですぜ」

「興味はあるが金がねぇからな」

「金なんて一食分くらいあれば十分ですよ。そこなら確実に・・・増やせますから」 

「うさんくせぇ」


 確実に増やせる賭け事などあるわけがない。

 男は馬鹿であったが、これまでギャンブルで何度も痛い目を見て来たからそのことは知っている。


「いえいえ、本当ですって。実はそこはちょっとしたイカサマなら見逃してくれるんですよ」

「なんだと?」


 知っているが、馬鹿だからこそどれほど怪しくても美味しい話を無視できなかった。


「もちろんイカサマで稼ぎすぎたらアウトですが、お遊び程度なら問題無いんですよ」

「そんなことしてカジノ側に何のメリットがあるんだよ」

「そこで気を良くして常連になってくれればむしれますからね」

「はは、なるほどな」


 男は運転手から公認となっているらしきイカサマを教えてもらった。

 丁度手持ちの金が心許なくなってきたタイミングだ。

 これは天啓だとでも言わんばかりに男は何も疑わずに運転手に教えてもらった裏カジノへと足を踏み入れた。


「何でだよ! 話が違うだろう! 止めろ! 悪かった! 助けてくれええええ!」


 堂々と拙いイカサマをして即座にバレたその男は、店の裏に連れていかれた。

 裏カジノを経営している者がまともであるわけがない。

 男はそこでこの世の地獄を味わうのであった。


「一丁あがり、っと」


 その騒ぎを裏カジノの部屋の隅で見ていた運転手の男は、こっそりとその場を後にした。


――――――――


 彼方の父を侮辱する話を延々と続け、母の衣服センスを貶した上に奪い取って金にし、満面の笑みで死を祝福した女がアメリカに逃亡していた。


 日本でも体を売って稼いでいた女だ。

 アメリカでも体を使って上手いこと金を稼ぎ、隠れることなく堂々と海外生活をエンジョイしていた。


 そんなある日のこと、酒場で出会った同業者らしき日本人の女からセンスのある服をオーダーメイドで格安で作ってくれる店を教えてもらった。


「これがそのサンプルよ」

「確かにイケてるわね。しかもこれが二百ドルですって? 安すぎない?」

「こっちでは差別の問題とかあるからね。良いものを作れても評価されない事なんて多々あるのよ」

「ふ~ん」


 それが本当の事なのかを女は判断することが出来なかった。

 これまでほとんど勉強をしてこなかったのだ。

 真面目なことを考える力もなく、相手の言葉を表面通りに受け取る事しか出来なかった。


「お店の場所はここよ。裏通りにあるけれど心配しなくて良いわ。だって危険だったらこのお店も営業出来ていないでしょう?」

「確かに危ない所だったら金なんてすぐに奪われそうだものね」


 翌日、女は教えてもらったイケてる店に向かうべくスラム街へと入った。

 素人目にも危険な雰囲気が漂っているが、馬鹿正直にここは平気だと信じており堂々と歩いている。


『よぅ、おばさん』


 当然、か弱い日本人女性などカモでしかない。


「え、なに、いや、きゃああああああああ! 嫌ああああああああ! 助けてええええええええ!」


 どれだけ叫ぼうが泣こうが助けは来ない。

 そういう場所に自分から踏み入ってしまったのだから自業自得だ。


 海外に逃げた彼方の親族達はこうして自ら・・死地へと足を踏み入れて消息を絶った。


 若い女は飽きるまで体を道具のように使い潰され、薬漬けにしてスラムの路上に放置される。

 男や年老いた女は金目のものを盗まれて殺されるか、あるいは臓器すらも金にされる。


 ただし誰もが無残に殺されたという訳ではない。


 例えば彼方の両親については何ら興味が無かったが彼方の体だけを執拗に狙おうとしていた男は、これまた謎の日本人に騙されてお尻のバージンを奪われて地獄を味わった。


「アッーーーーーーーー!」


 だが(元)彼はそのまま生きて日本に帰り裁判で伯母や親族の行動について証言させられた。

 ただしその後、(元)彼がどうなったのか知る者はいない。


――――――――


 中には海外に逃げなかった者もいる。


 単純にお金が足りなかった者や、捕まるわけが無いと本気で思っていた者など様々だ。


 彼らの元にも漏れなく悪魔が忍び寄った。


『このままじゃあんたは一生堀の中だ。絶対に海外に逃げた方が良い』

『あんたは何も悪くないのに捕まるなんてあんまりだ。お金を支援するから是非海外に逃げなさい』


 そんな囁きに乗せられて、彼らは一人、また一人と海外へと逃亡する。

 そしてその先でまた自滅するのであった。


 マスコミは彼方の事件を徹底的に調べ、容疑者達が海外で悲惨な目に遭っている事実を突き止めた。

 だがそれらはあくまでも自分の判断でやってしまったことであり、その裏に何らかの思惑があったとは思えなかった。

 それゆえ『天罰』だのと報道し、彼方の関係者が復讐したのだという憶測すら生まれなかった。


 彼らを知る者は口を揃えてこう言った。


『あいつならあり得ます』


 あんなことをするような人には見えなかった。

 優しくて大人しい人に見えた。


 そんなテンプレ的な言葉は一切出て来ず、彼らならば非道な犯罪も自滅もありえるのだと証言するのだ。

 それは全て彼らがそのような姿しか見せてこなかったからであり、まともに生きようとしなかった自業自得でもあった。


 彼方への強い同情心もあり、復讐ではなく報いや天罰であるという表現になったのも当然の流れだった。


 だがそれでも裏の人物達が直接手を下さなかったわけではない。

 容疑者の中には海外にすら行かずに突如消息を絶ち遺体で見つかった人物も居た。


 その一人が、彼方の家の壁にスプレーで非道な落書きをした男だった。


「ひええええ! お助けをおおおお!」


 秋梨の祖父の組織に拉致されたその男は、恐怖で糞尿をまき散らし涙を流しながら許しを請うた。


 間接的にとはいえ、伯母の企みで大切な孫娘が誘拐されたのだ。

 祖父としては完全に裏に徹するだけでは到底満足できず、一人だけでも自らの手で罰したかった。


 肝心の伯母は別組織の暴力団が報いを与えることになり手を出せない。

 伯母の協力者の男は死亡した。

 それゆえ、それ以外で胸糞悪い度が高い人物を拉致したのだった。


「はっはっは、何を怯える必要がある。ワシらは貴様に感謝されこそすれ怯えられる謂れなど無いぞ」

「…………ふぇ?」


 男がやっても気持ち悪いだけの反応だ。

 秋梨の祖父は今すぐにでも撃ち殺してやりたかったが、その男の瞳に希望が見えたことでその気持ちを必死に抑えた。


 せめて希望を打ち砕いてから始末しなければこの苛立ちは治まりそうにない。


「ワシらが貴様に与えるのは祝福じゃ」

「しゅく……ふく……?」

「そうだ」


 祖父は手にした銃で男の肩を撃ち抜いた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 あまりの痛みに男は苦しみのたうち回った。


「どうした喜ばんか。それともそれが貴様の喜びの表現方法か?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 叫びながらも男は秋梨の祖父に疑問の目線を向けた。


 何故祝福なのに撃ったのかと。


 その答えはとても簡単だ。


 この男にだけはその意味が分かるはずなのだ。


 秋梨祖父は深い笑みを浮かべて答えてやった。




「貴様にとって死は祝福なのだろう?」




 だったらその祝福を与えてやる。


「さぁ、これから貴様に祝福を授けよう」

「いあ゛、いあ゛、いあ゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 泣き叫ぶ男は組織の人間に囲まれていて逃げられない。

 だが組織の人間は男を逃がさないために囲っている訳では無かった。


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 男を拍手で祝うためにその場に居たのだ。


 男は名も知らない裏の男達に祝福されて、報いを受けたのだった。


 その遺体にはスプレーで上から『祝死』と書かれていた。


――――――――


「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 伯母の精神状態は異常をきたし、まさに心神喪失といった状況であった。

 だがそれはあくまでも暴力団に狙われている今だからこそであり、犯行当時は正常であったことが証明されている。


 すなわち、伯母は無罪にはならなかった。

 弁護士達の奮闘により刑が大分軽くなったが、それでもこれから長い刑期が待っている。


 今でこそ留置場で恐怖に怯えているが、刑務所に移送されてからは直に慣れてしまうだろう。


 だが伯母にとって不幸だったのは、それすらも許しがたい人物がいることと、世の中が決して綺麗なものでは無かったということだ。


 気が付いたら眠っていた。

 次に目を覚ます時は刑務所へと移送される時。


 そのはずだった。


「…………え?」


 目を覚ますと、見覚えの無い狭い部屋に閉じ込められていた。

 窓もなく、家具もなく、天井の薄い明かりが頼りなく室内を照らしている。


「ようやく……お目覚めか……」

「ひいっ!?」


 床にうつ伏せになっているナニカが力なく伯母に声をかけた。

 辛うじて人だと分かる程に原型を留めておらず、息をしているのが不思議な有様の無残なナニカ。


「へへ……やっと……死ねる……ぜ」


 その声に伯母は聞き覚えがあった。


「なん……で……死んだ……はず……」


 それは伯母の協力者であった男だった。


 男はフルートを持って姿を消した後、もう逃げきれないから自害すると伯母に連絡してきたのだ。

 警察からも死んだと聞かされていた。


 それなのに男はここで想像することすら躊躇われる程の拷問を受けて虫の息になっていた。


「逃げられ……わけ……なかった……だけさ」


 男は死を偽装して逃げ隠れようとしたのだが、逃げ切れなかったのだ。

 それも警察では無く暴力団の方に捕まってしまった。


 そして地獄を味わっていた。


 ここが警察や刑務所に関係する場所では無く、自分を狙っていた暴力団に関係する場所だと伯母は気付いてしまった。


「なんでえええええええ!?」


 世間的には伯母は留置場で自殺したことになっている。

 それなのにここにいるということはそういうことなのだろう。


 表裏一体とは良く言ったものだ。

 世の中は伯母が想像しているよりも遥かに悪辣な作りになっていた。


「先に……地獄で……まって……る……ぜ」


 男をこの部屋に入れておいたのは、伯母にこの先自分に降りかかることを想像させて恐怖させるため。


「あ……ああ…………」


 狙い通り、伯母はあまりの恐怖で失神した。

 次に目覚めた時が地獄の始まりである。


――――――――


 これらはあくまでも可能性の一例。


 本当はもっとおぞましく残酷な報いが与えられたのかもしれない。

 あるいは裏の世界の話など妄想でしか無く法に則った処罰だけが下されたのかもしれない。


 事実はどうだったのか。


 少なくとも彼方がそれを知ることは無かった。

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