裏. 全てを奪って壊し尽くしてやる

 妹夫婦とその娘に何故酷い仕打ちをするのか。

 そんなのムカつくからに決まっている。


 うちの一族はクズで落ちこぼれの集まりだったわ。


 小さい頃から学校にまともに通う人の方が少なくて基本中卒。

 たとえ高校に進学してもほぼ確実に中退。

 万引き恐喝は当然で中学生で酒やタバコに手を出し、時代遅れの暴走族に入っている人もいる。

 女の半分以上が体を売りお金を稼ぎ、男は反社とは名ばかりのイキった組織に入りケンカに明け暮れる。

 ギャンブル漬けで金が常に無いものの、猿のように避妊せずに腰ばかり振るものだから子供ばかり増えて行き貧乏家庭だらけ。


 そんな終わっている一族の中で、私もまた終わっている人間としてある意味まともに育ったわ。

 自分で言うのもなんだけれど小学生の頃からすでに染まっていてクズであることの方が正しいとすら思っていたわね。


 でも妹は違ったわ。

 妹はクズ一族の中に突如出現した突然変異だった。


 普通で、真面目で、一般常識がある。

 こんなクソみたいな家庭で育っているにも関わらずクズにならなかった。


 父も母もそんな妹の事を気味悪がってたわ。

 どうせクソみたいな人生を歩むことが決まっているのに何で真面目に生きようとしているのか私には分からなかった。


 腹立たしいことにそうはならなかったけどね。

 妹はただ頭が良いだけではなく、要領も良かったから。


『お父さんとお母さんの娘だからだよ』


 これが妹の口癖だった。

 しかもこれをテストの点数が良かった、成績が良かった、学校で表彰されたとか、成果を出した時に言うものだから父も母も気分が良くなってしまった。

 気味悪がっていたはずなのに、いつしか『俺達が優秀だから娘も優秀なんだ』と親族達に自慢してマウントを取ろうとしていた。


 妹は幼いころからこの最底辺の環境でまともに生き抜こうと必死で策を巡らしていた。


 それがあまりにもムカついたから隠れて手を出そうにも、両親が妹の味方だからバレたら殺されるかもしれないと思うと出来なかった。


『お姉ちゃん、お父さんとお母さんの機嫌をどうにかとって大きくなったらこの家から逃げよう』


 しかも妹はこんな風に私に同情するかのように手を差し伸べようとしてきた。

 あまりにもムカついたから思わず半殺しにしたら、逆に私が両親に殺されるところだったわ。


 妹は本気で私を助けたかったようね。

 半殺しにしてからは私への興味が完全に失われたようで、冷たいムカつく目で見られるようになった。

 それまでは姉として、家族として、人として扱ってくれていたことに後で気付いたわ。


 ほんとムカつくわよね。


 そしてそれ以降、私は家に居場所はなく強制的にウリをやらされた。

 稼いだ金のほとんどを両親にぶんどられ、家にもほとんど帰してもらえず客のところに監禁のような形で嬲られ続けていた。


 とられたその金がどうなったと思う?

 両親がギャンブルにつぎ込んだと普通は思うでしょ。

 私もそう思ってた。


 でも違った。

 そのお金は妹が高校に行く費用に使われてた。


 私の知らない間に妹は料理を学び、両親の胃袋を掴んでいた。

 詳しくは聞けなかったけれど、三食料理を用意するから高校に行かせて欲しいと頼んだらしいわ。

 両親としては妹が何か普通の成果を出す度に親族にマウントをとれて気分が良く、しかも美味しい料理を毎日食べられるということで許可を出したらしい。


 馬鹿みたいでしょ。

 一族に染まった私が染まらなかった異物を排除しようとしたら最底辺に堕ち、排除されるべき遺物は高校で青春を謳歌している。


 そこから先のことは良く分かってないわ。

 だって私は成人になってすぐにあの家から逃げ出して遠くに引っ越したのだから。


 逃げ出した先でキャバ嬢をやっていたある日の事、どうやって見つけたのか遠い親戚の女性から連絡が来て両親が死んだと聞かされたわ。

 その話を聞いてもざまぁとしか思わなかったけれど、死因だけは気になったから確認したの。

 だってもしかしたら妹が殺したかもしれないじゃない。

 それで捕まったとしたら最高だと思ったのに真実は違った。


 どうやら妹も成人するとすぐにあの家を逃げ出し、両親は酷い生活に逆戻りして体を壊してあっけなく死んでしまっただけとのこと。


 妹は大きくなったら逃げるとかって言っていたから有言実行しただけだった。


 それで話は終わり。


 両親は死に、妹は行方不明で、私は水商売の世界でそこそこ稼いで日陰で生き続ける。


 そう思っていたのに、出会ってしまった。

 どんな偶然なのか、妹は私と同じ街に逃げていたのだった。


 あれは春の夕暮れ時のことだった。

 コンビニに何かを買いに行こうと思った時だったかしら。


 道を歩いていると妹が前から歩いて来た。

 久しぶりだったけれど見間違えることは無かったわ。


 妹は若い男と小さな女の子と一緒に歩いていた。

 仲睦まじい姿を見てそれが家族であるのだとすぐに分かったわ。

 一目で幸せだと分かるような眩しい笑顔を浮かべていた。


 どうして。

 どうしてなの。


 私はこの腐った血を受け入れて最底辺で生き延びていたのに、どうして同じ親から生まれた妹だけが陽の光の下で幸せになっているの。


 意味が分からない。

 意味が分からない。

 意味が分からない。


 あなたは私と同じ腐った一族の一人なのだから、そんなところにいるのは間違っている。


 幸せ絶頂と思える笑顔が腹立たしかった。

 私と同じ場所に引き摺り下ろしたかった。

 絶望に叩き落してやりたかった。


 妹が大切にしている全てを奪って壊し尽くしてやりたかった。


 でも勘違いしないで頂戴。

 別に私は自分の境遇が酷かったから仕方なく狂ってしまったとか、そんな言い訳をするつもりは全く無いわ。

 何度も言ったけれど、結局私はあの一族と同じでクズだったというだけのこと。

 親族は両親のマウントのせいで両親と妹に対するヘイトが強く、私の恨みもそれとなんら大差ないものだったわ。


 陳腐な言葉で言ってしまえば単なる嫉妬だったのでしょう。

 それとも逆恨みとでも言った方が正しいのかしら。


 そんなありふれたものが妹夫妻とその娘を甚振いたぶりたかった動機。


 私だからこその特別な動機があるとしたら、どうせ絶望させるならば自分と同じ目に合わせたかった、ってことくらいかしら。

 妹の自慢の娘が望まぬ男に汚される。

 私の体が若い頃から加齢臭塗れの汚い中年男性に弄ばれたように、そのガキを同じ目に合わせたかった。


 みんなが体を狙ってきたのが不思議だったのではないかしら。

 それは私がそうなるように誘導したからよ。


 大人達に嬲られて、学校でも同級生や教師達に嬲られて、一日で服を着ている時間の方が短いくらいになるのが理想だったのだけれど、あの学校はあまり荒れてないから孤立させるので精一杯だったわね。

 もっとレベルが低い高校に進学してくれれば私と同じくらいに性に塗れた青春時代になったのに、妹と同じで成績が良いだなんて腹立たしいったらありゃしない。


 どっちにしろあっさりと企みが潰されてしまったから意味の無い想像だけれどね。


 そういえば一つだけ驚きだったことがあったわ。

 妹の旦那の親族もうちと全く同じような感じだったこと。

 まさかこの世の中にこんな腐った家系がもう一つあるなんてね。


 旦那もヘイトをもらいまくっていると知った時は笑いが止まらなかったわ。

 尤も、あっちは私に変わる人物は居なかったようだけれど。


 妹夫妻には頼れる味方が居ない。


 その事実が私の憎しみを後押ししてくれた。


 時間はかかったけれど準備に準備を重ねて、ようやくチャンスがやってきた。

 妹夫妻は死に、その娘は絶望し、やることなすこと全てが上手く行って最高の気分だったわ。


 そこのクソガキが出て来てから一気にひっくり返されてしまったけどね。

 ただの高校生だと思っていたのに何よあんた、反則じゃない。


 それで慌てて最後の賭けで脅そうとしたけれどこうして返り討ちに遭った。


 ただそれだけのことよ。

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