10. 伯母の罪
『あ~、その、ども、おばさん久しぶり』
タブレットの画面に表示されたのは優斗と彼方が知る人物だった。
だが二人が会った時とは全く様子が違い、ボサボサの髪につなぎ姿というギャルギャルしさとは真逆の雰囲気を纏っている。
『クソド田舎に逃げてこんなダサい格好で仕事しながら生き延びてたよ。そしたらなんか突然弁護士が来ておばさんとの関係を証言してくれって言われた。これっておばさんもうアウトってことっしょ? アタシ無事に生き延びられるんだよね。はは、ざまぁ。まぁ高校に戻る気はもうないけど』
生き延びていたということは、命を失う危機にあったということなのだろう。
そしておばさんがアウトになると生き延びられるということは、彼女の命の危機はおばさんが関係しているということになる。
『ずっとコソコソしてるのなんてやだし、証言しまーす』
彼女は伯母がずっと探していた人物だった。
伯母の秘密を知るものであり、処理したかったのだが逃げられて見つからなかったのだ。
その伯母の弱点を智里は探し当てた。
『おばさんに金やるから三日月をクラスで孤立させろと依頼されました。玲緒奈が三日月のこと嫌ってたから唆したら勝手に動いてくれてアタシはほとんど何もせずにお金貰ってラッキー、なんて思ってたらおばさんに殺されそうになったから逃げました』
彼女の正体は玲緒奈の取り巻きの一人。
伯母はどうやってか彼方のクラスメイトである彼女にコンタクトをとり、彼方を孤立するように金で依頼したのだ。
しかしその目論見が優斗達によって潰されたと知ると、証拠隠滅のために彼女を殺すつもりだった。
だが彼女はそのことに気付き間一髪逃げ出したのだ。
両親に全てを話し、祖父が暮らす地方の田舎へ逃がしてもらい、そこでダサくてクサくてキツい工場の仕事を手伝う事で自らを罰していた。
もちろんそんな罰など自己満足でしか無いのだが、自分がやった事を悪いと本気で思い反省する意思があるだけ彼らとは雲泥の差がある。
『三日月マジごめんな。後でちゃんと謝らせて。顔も見たくないってなら行かないけど』
彼方は伯母の所に来る前にこの動画を見ていた。
故にこの雑な謝罪も確認済みだ。
彼方が彼女に対してどのような処罰を望むのかは分からない。
謝罪を受ける気があるのか、許す気があるのかもまだ分からない。
だが彼女が逃げようとするそぶりがない以上、それを考えるのは目の前の敵をどうにかしてからの話である。
「知らない! 私はこんなガキなんて知らない!」
伯母はそれまでの落ち着いた様子とは打って変わって狼狽している。
秋梨が想像していたように、予想外の事態には弱い人間のようだ。
「彼女からあなたといつ会ってどこで話をしたのかを確認しました。そして付近の防犯カメラを確認したところ、証言通りの日時にあなたが彼女と会っていたのを確認出来ました。それでも知らないとしらを切りますか?」
「知らない……知らないったら知らない!」
まるで子供が駄々をこねるかのように聞く耳を持たない伯母。
そんな伯母に対し、智里は次のカードを切った。
『ひいいい!助けてくれええええ!』
タブレットで別の動画を再生すると、そこには五十代くらいの小太りの年配の男性が写っていた。
この動画も彼方は事前に見ていたが、この男性のことは知らなかった。
『話す! 何でも話すから! 日本に帰してくれ! まだ死にたくない! 裁判で証言するから帰してくれええええ!』
その男性は顔が青褪めており、あまりの興奮で倒れてしまいそうな雰囲気だった。
『間違いない。私はその女に三日月をノイローゼに追い込んで死んだら娘を犯してくれと依頼された。死んでメンタルがぶっ壊れているから手を出しても訴えられることは無いって言われた。だから私は……! 謝る! 財産全部慰謝料で持って行っても良い! だからお願いだから帰してくれ! まだ死にたくないいいい!』
そう言うと男は土下座をして頭を床にこすりつけた。
この先は有益な証言は無く見るに堪えない光景しか映されていないため、智里は動画をここでオフにした。
「こちらの方のことはもちろんご存じよね」
「し、知らない!」
「そんなはずないでしょう。貴方のお店の常連さんでしょう。そして彼方さんのお父さんが勤めていた会社の役員でもある」
その男は彼方に手を出そうとして海外の紛争地帯に飛ばされた役員の男性だった。
あまりの恐怖で逃げ出して消息不明になる前に撮られた動画である。
伯母はこの男も操っていたのだ。
それなりの規模の企業の役員を単なる一般女性である伯母が操れた理由は水商売。
「あなたのお店、それなりに人気だったようね。裏の繋がりも表の繋がりもそこで作られたものだった」
伯母は若い頃見た目だけはそれなりに良く、水商売の世界で多くの客を取れていた。
そして加齢と共に見た目の価値が激減すると、今度はスナックを経営し始め昔の客を呼んで話し相手になっていた。
この役員の男も若い頃から伯母との付き合いがあり、表も裏も知る仲であったのだ。
「それに裏の人間とも何人か仲の良い人がいたようね。特に元暴力団の若い男性と悪だくみをしていたらしいってあなたが以前勤めていたお店の従業員が証言してくれたわ」
その男の力を借りて、伯母は玲緒奈の取り巻きである彼女を始末しようとしていたのだった。
フルートを持って逃げたのもその男である。
伯母がこれまで作り上げて来た表と裏のコネクション。
それをフル活用して彼方を陥れようとしていた。
「なんで私がそんなことをしなくちゃならないのよ!」
「今日はそれを聞きたくて来たのだけれど、一つは想像がつくわ」
「…………」
「彼方さんがご両親から相続した遺産」
彼方の両親は普通のサラリーマンだったけれど、生命保険に入っていたためかなりの額の保険金が降りている。
だがそれはあくまでも彼方のものであり、伯母が勝手に使い込んでしまったら逮捕されてしまう。
「あなたは彼方さんの心を壊し、自分から財産をあなたに譲り渡すように誘導したかった」
「…………」
「でも彼方さんが未成年の間にそれをやってしまったら不自然な金の動きを調査されてバレてしまう。だからあなたは彼方さんが成人になるまで待たなければならなかった」
成人と未成年の扱いは天と地ほどの違いがある。
自分の意思で財産を譲りましたと言ったとしても未成年ならば監督者にその行為の是非が確実に問われるが、成人であれば詳細に確認されない可能性がある。
「そのため成人になるまで彼方さんの心を壊し続けなければならなかった。しかも未成年後見人としてしっかり仕事をしていると裁判所に思わせる必要があったから露骨に攻撃することも出来ずむしろ守るそぶりを見せなければならない」
「…………」
「そこであなたはまず葬式で彼方さんに大きなショックを受けさせてまともな思考が出来ないようにして、母親の形見を奪って彼方さんを傷つけたまま言いなりにさせた。あなたに迷惑をかけないようにと縛ることで強引に普通に生活させて裁判所のチェックをすり抜けようとした」
「…………」
「その上で裏から手を回して学校での居場所を亡くし性的に襲わせ彼方さんの心を壊そうとしていた。あなたの計画では成人になる頃には彼方さんは廃人同然の様子になっていて、財産をよこせば母親の形見を返してあげるとでも言うつもりだったのではないかしら」
たかが金のためにそこまでやるのか。
それとも金が絡むからそこまでやるのか。
一般的な感性としてどちらが正しいのだろうか。
どちらにしろ、智里のこの想像が正しいとするならば伯母の行為があまりにも胸糞悪いものであることは間違いない。
己の欲のために徹底して彼方を壊そうとするなど、ある意味殺すよりも残虐な行いとも受け取れる。
「…………」
伯母は途中こそ動揺していたが、今はまた最初の頃のように落ち着きを取り戻していた。
ここまで糾弾されて落ち着くところがまた不気味である。
「ふふ、ふふふふ、あはははは!」
その不気味な伯母が突然腹を抱えて大声で笑いだした。
その笑みはあまりにも醜く、いつの間にか瞳は酷く澱んでいる。
「金なんて理由の一部でしかないわよ」
伯母はそう吐き捨てるように言った。
「なんでそのガキがここに来たのかやっと分かったわ。自分が何でこんなひどい目にあったのか知りたかったのでしょう。良いわ、教えてあげる」
伯母は先程までとは打って変わって智里の言葉を否定するのを止め、それどころか彼方が知りたがっていたこの事件が引き起こされた原因を語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます