9. 伯母の言い分
「いらっしゃい彼方さん」
伯母は拍子抜けするほど素直に彼方達を自宅に招き入れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
彼方、優斗、智里、閃、秋梨、春臣、そして数人の警察官。
小さなマンションの一室に大人数が押し掛ける形となっており、来訪者達の顔は揃って険しい。
「ごめんなさいね。こんなに来ると思ってなかったから何も用意してないのよ」
だが伯母はこんな異様な状況でも全く狼狽えることが無い。
今の姿だけ見ればどこにでもいる普通の年配の女性にしか見えないが、狼狽しないところが逆に不気味さを感じさせる。
智里が彼方達に調査結果を伝えた後、全員で伯母の家に乗り込むと話が決まった。
彼方を襲おうとした男から危機的状況を知らされていたはずの伯母はとっくに逃げ出しているかと思ったら、なんと普通に生活していたのだ。
しかも彼方が皆を引き連れて行くと連絡したら逃げも隠れもせず待っていた。
「(観念したってわけじゃないよな)」
優斗は普通を装っている伯母への警戒心をより高めた。
「初めまして。彼方さんの友人の城北智里と申します」
「ご丁寧にどうも。私は彼方さんの伯母の
代表して話をするのが大人の警察官では無く智里なのは、智里が春臣を通してお願いしたからだ。
いくら警察官の息子の頼みとは言え普通ならばありえないことなのだが、春臣の父親もまた息子を助けてくれた優斗に大きな恩を感じており、このくらいの無茶ならば平気で通す人だった。
春臣父がそれなりの役職の人物であるから出来ることで、しかもその本人がここにいるから一緒に連れてこられた部下は文句も言えないのである。
「今日私達が伺った理由は分かりますか?」
「もちろんよ。準備は出来ているわ。警察の皆様、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願致します」
伯母はそう言って両手を前に出して手錠をかけるポーズをとった。
自分が捕まるのが当然とでも言わんばかりの行動だ。
「待ってください」
だがそれに智里はストップをかけた。
警察に逮捕してもらうだけならばこうして皆で来てなどいない。
今日の目的は主に逮捕の前に彼方と伯母が話をする機会を設ける事なのだ。
その肝心の彼方は、優斗に手を握られたまま落ち着いた様子で伯母を見つめていた。
「あなたは逮捕される理由が何だと思っているのでしょうか」
「何って、代理人なのに彼方さんを放っておいて死なせるところだったからでしょう?」
「…………」
どうやら伯母はこの期に及んで自分がこれまでやってきたことについて白を切るつもりらしい。
だがこの展開を智里は想定済みだった。
『伯母は自分は何もやってないとか小さな罪で言い逃れするかもしれないけれど、動揺しないで頂戴』
事前に皆にその可能性を説明してあったが故、動揺する者は一人も居なかった。
「(よく平気でそんなことが言えるッスね)」
もちろん内心では腸が煮えくり返る程にイラついている人が何人かは居たが。
「それだけでは無いと思いますけれど」
「どういうことかしら」
彼方は伯母から『何故こんなことをしたのか』を聞きたかった。
だがまずはその『こんなこと』の部分を伯母に認めさせなければならない。
それが智里の役目である。
「あなたがお葬式に親族を呼んだそうですね」
「葬式に親族を呼ぶのは普通の事ですから」
「ですがそのせいで酷いお葬式になったのでは?」
「私もまさか彼らがあそこまで愚かだとは思わなかったのです。葬式の時くらいは普通にやってくれると思っていた私の失敗です」
「葬儀場の方やお寺の方に葬儀の惨状を口止めしたと聞いてますが」
「あれは大きな恥ですから隠したくなるのは当然のことではないでしょうか」
「葬式の後、親族の方と一緒に彼方さんの家に向かって略奪したそうですね」
「彼方さんには本当に申し訳ない事をしました。私では彼らを止められませんでした」
「止めるために同行したということですか?」
「はい。彼方さんを守りたかったので。ですが人数が多く、下手に止めたら私まで何をされるかと思うと怖くて……」
「あなたが略奪する物を指示していたという話を聞きましたが」
「苦肉の策だったのです。彼方さん本人に手を出したらバレた時に罪が格段に大きくなると伝えれば少しは被害が減るかと思って」
「どうして警察に連絡しなかったのですか?」
「止められなかった私も彼らと同罪で間違いなく逮捕されるでしょう。そうしたら残された彼方さんを守る人がいなくなるのが心配だったのです」
「その割に彼方さんを精神的に追い詰めようとしたそうですね」
「何のことでしょうか?」
「彼方さんの母親が大事にしていたフルートをあなたが持ち去ったのでしょう」
「それも仕方なかったのです。高価な物ですから彼らに奪われないように何とか確保したのです」
「そのフルートが見当たらないようですが」
「本当に申し訳ございません。しっかりと保管していたはずが盗まれてしまったのです」
「彼方さんに自分に迷惑をかけるなと命令したようですが」
「それは彼方さんに強引にでも日常を過ごしてもらうことで傷ついた心を癒してもらおうと考えたのです。ですが今思えばそれが間違いだったのでしょうね」
「あくまでも彼方さんを守るために行動したと仰るのですか」
「当然です。私の大切な妹の娘ですから」
次々と繰り出される智里の詰問に対し、伯母はスラスラと淀みなく回答する。
悲し気な表情を浮かべる演技はしているが、全てにおいて即答していることから準備していたことは明らかだ。
「それなら何故、あなたは彼方さんのご両親の遺灰を捨てたのですか」
「そんなことするわけないじゃないですか!」
伯母は智里のこの質問にわざとらしく激昂した。
「彼方さんがそう証言してますけれど」
「彼方さんどうして……いえ、あの時は酷い有様でしたから記憶が混乱しているのでしょう。それに私が遺灰に何もしていない証拠もございます」
「証拠ですか?」
「ええ、あちらにその遺灰がございますので中身を確認してください。手つかずであることが分かって頂けるはずです」
そう、実は遺灰もまた伯母が持ち帰っていたのだった。
伯母が指さしたクローゼットを警官が開けると、確かにそこにはそれらしき入れ物が入っていた。
「お父さん! お母さん!」
彼方は思わず駆け寄ろうとするが、ぐっと歯を食いしばりこらえた。
この場で彼方の心を乱すことが伯母の作戦かも知れないため、努めて冷静であろうと考えていたからだ。
「(あれが演技だったなんて)」
ここに来る前、彼方は智里から遺灰を捨てられた件が事実でない可能性を伝えられていた。
『彼方さんの伯母について調べたところ、用意周到で用心深い人物に思えたわ。そんな人物が遺灰を捨てるだなんて明らかな犯罪の証拠を残すとは思えない。もしかしたら彼方さんを苦しめるために事前に何か仕掛けを用意してあったのかもしれないわ』
その推測通りに伯母は何らかの方法で遺灰に似せた何かを捨てたのだろう。
思えばあの時、捨てる直前にゴミ袋をキッチンから取って来る時に彼方に背を向けていた。
そこで何かを仕掛けていたのかもしれない。
「なるほど、つまりお葬式とその後のことについては、あくまでもあなたは彼らを止めたかったと主張なさるのですね」
「はい。もちろんそれが出来なかった時点で私も彼らと同罪だと思ってますし、裁かれる覚悟は出来ております」
葬式関連の事件について、伯母が全てを主導したという証拠はあまりにも少なかった。
恐らく伯母は『自分が言い出した』と思われないように言葉巧みに彼らを誘導したのだろう。
その上で伯母本人が彼方を傷つけるようなこともほとんどしなかった。
実際、彼方は途中まで伯母だけは味方かも知れないと思いかけていたのだ。
この件について真実を明らかにするには、裏でこそこそ調査するのではなく捕まえて堂々と詳細に調査しなければならないだろう。
それゆえ智里はこの場でこの罪を明らかにする気は毛頭なかった。
智里が確認したかったのは伯母がどういうスタンスを取るかだ。
あくまでも彼方の味方であり恐ろしい親族たちに逆らえず仕方なく従いながらも必死に彼方を守ろうとした。
これが伯母の主張であり、罪の軽減と社会からの同情的な視線を少しでも引き出そうとしているのだろう。
「(これだけ囲まれて堂々と嘘を言える精神力だけは凄いね。まぁそれがこれから打ち砕かれるわけだけど)」
この手の事前に武装して防御を固めるタイプの人間は、それが崩れた時に脆い事を秋梨は知っていた。
そんなタイプの人間など裏社会には珍しくなく、伯母もまたその有象無象の一人にしか見えていなかった。
その伯母の防御を智里は正面から崩しにかかる。
「あなたは最初に『彼方さんを放っておいて死なせるところだったから逮捕されるのだろう』と仰ってましたよね」
「ええ、その通りです」
「それはあり得ません」
「え?」
「あなたは彼方さんを傷つけようとしていたのですから」
「何を仰っているのか意味が分かりませんが」
智里はタブレットを取り出し、ある動画を起動して伯母に見せた。
「そ、それは!?」
これまで徹底して冷静であり続けようとした伯母の表情がついに大きく崩れた。
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※伯母への報いはもちろん逮捕だけではないです
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