7. 二人の一日

 旅行から帰って来ても夏休みはまだたっぷりと残っている。

 夏休みの宿題など当に終えている二人にやるべきことなど無い。


 ひたすら遊んでも良いし、趣味に打ち込んでも良いし、爛れた生活を繰り返しても誰にも怒られない。


 そんな二人はどのような生活を送っているのだろうか。


――――――――


「おはよう」

「おはよう」


 二人が起きる時間は学校に行っている時とほぼ同じであり寝坊するのは朝方まで起きていた時だけだ。


「ん……」


 目覚めの軽いキスも毎日恒例で、この時から徐々に意識が覚醒して来る。


「(柔らかい……)」


 ベッドの中は常に肌色であり、それをどちらかが強く意識してしまうかどうかでその日の予定が分岐する。


「先にお風呂入って来るね」

「ああ」


 どうやらこの日は爛れていない普通の一日を過ごすことになったようだ。


 先に彼方がお風呂に入り、入れ替わりで優斗がお風呂に入っている間に彼方は洗濯や朝食の準備を始める。

 優斗がお風呂から出るとゴミを出して乱れたシーツを回収。

 それが終わると洗濯一便目が終わるまで彼方が朝食を作る姿を優斗はぼぉっと眺めている。

 この時、優斗がエプロン姿の彼方に良からぬことを考えるとまた酷い一日に分岐してしまうがそれは今までに一度しかない。


「洗濯物持って来たぞ」

「うん、ありがと」


 洗濯が終わると彼方はそれをベランダに干すのだが、今は優斗もそれを手伝っている。

 下着の類も含めて一緒に洗うようになり隠す必要が無くなったのが大きな理由である。


 彼方の家事の好きな部分を邪魔しないように上手く役割分担して干し終えると朝食タイムだ。


 ここまで起きてからサクサクと家事を進めていたが朝食はゆっくりと時間をかけて食べる。


「はい、優斗君」

「あ~ん」


 最早食べさせ合うのは自然な光景になっていた。

 お互いに何をどの順番で食べるのが好みなのかも分かってきており、恥ずかしがることも躊躇うことも無くゆっくりと相手の口に放り込む。


「あれ、サラダのドレッシング変えたんだ」

「うん、最近暑いから酸味が強いのにしたんだけどどうかな」

「味は前の方が好きだけれど、こっちの方がさっぱりしてて食べやすいな」

「そっかぁ。なら味は前のままで酸味を強く……でもそれだと味のバランスが……」

「彼方は本当に料理が好きなんだな」

「うん!」


 料理の感想、その日の予定、最近のニュースの話題。

 特に何かを準備する必要もなく話題はスラスラと出て来て会話は途切れない。


 そんな穏やかな朝の一時を堪能した後、優斗が洗い物をしている間に彼方はぐしゃぐしゃになったシーツを洗濯する。


 彼方が優斗の力を借りてシーツを干したら部屋の掃除を始める一方で、優斗は勉強を開始する。

 この勉強は彼方との学力差を少しでも縮めるためのものであるのだが、この勉強タイムが上手い具合に優斗の狼さんを大人しくするのに役立っていた。


 掃除を終えた彼方はお昼まで優斗に勉強を教えるか、あるいはデートプランを考えるなど優斗とやりたいことを考える。


「優斗君、駅前に新しいカフェが出来たんだって」

「へぇそうなのか」

「そこのパスタが美味しいらしいんだけど行ってみない?」

「行こう行こう」


 この日の昼食は外食に決まったが、家で彼方が作り朝食のような雰囲気で美味しく頂くことの方が多い。


「行ってきまーす」

「行ってきまーす」


 夏でかなり暑いけれども彼方は優斗の右腕をしっかりと掴んで離さない。

 メンタル的な問題と言うよりも、まだ付き合いたてのなるべく傍に居たいという初々しい感覚によるものだ。


「(考えるな考えるな考えるな考えるな)」


 優斗は彼方の柔らかな感触を受けてアレなことを想像してしまいまだ慣れないのだが、果たして慣れる日が来るのだろうか。


「彼方の作るパスタの方が好きかな」

「もう、優斗君ったら。お店の中でそんなこと言うの失礼だよ」

「あ、そうだった。ごめんごめん」

「でも嬉しい」


 彼方の料理の腕はかなりのもので、しかも優斗の好みに合うように考えて作られているのだからお店の料理と比較して優斗がこう言ってしまうのも仕方ないだろう。

 お店側としてはそのこと自体はあまり気にならないのだが、イチャイチャしすぎるのだけは止めてくれよと思っていたりする。


 ミニカフェデートをしたらいつもはそのままデートを続けるのだが、今日は午後の天気が不安定ということなので早めに帰って洗濯物を取り込むことになった。


 今日は食材などの買い出しの予定もなく、午後は家で二人きり。


「ゲームやろうぜゲーム」

「うん」


 ここでも例の分岐があるのだが、今日は普通に高校生らしくゲームをして遊ぶようだ。


「じゃあ私はいつもの場所ね」

「いやぁそれやるとゲームにならないんだが」

「そうしなきゃ勝負にならないんだもん」

「違う勝負が始まっちゃうぞ」


 ゲームをやる時、彼方はいつも優斗の足の間に座ろうとする。

 そんなことをされたら優斗は悶々としてしまいまともにゲームをすることが出来ない。

 それどころかお触りが解禁された今ではまた別の分岐に入ってしまう可能性が高い。


「よーし、今日こそは勝つぞー」

「例えハンデがあってもそう簡単には負けてやらないからな」


 午後は色々な形で堂々と恋人らしい時間を過ごすというのが二人のいつものパターンだった。


「そうだ、今日はちょっと時間かかる料理を作りたんだけど」

「マジか。そう聞くだけですでに旨そうに感じるんだが」


 この日はゲームを早めに終わらせて彼方が夕飯の仕込みを早々に始めた。

 優斗は料理を作る時にキッチンに入れて貰えないため、エプロン姿の彼方をただ眺める。


「(こんな可愛くて家庭的でえっちな女の子が恋人なんて漫画の世界だよなぁ)」


 男の欲望が詰まったかのような存在に現実感が無くなりそうになる時もあるが、何度も何度もお互いの存在を確かめ合ったのでこれが現実であることは分かっている。


「(俺は彼方を幸せにし続けられるだろうか。いや、絶対にするんだ)」


 彼方は今が幸せだと言ってくれた。

 だが優斗の最終目的はその先にあり、『生きてて良かった』と言ってもらう事なのだ。

 すでにそう思ってくれているかもしれないが、心の底からその気持ちが湧き上がるには最後の問題を解決しなければならない。

 といってもその問題は彼方自身が結論を出して立ち向かう必要があり、優斗は傍でフォローするだけなのだが。


「(どうすべきなんだろうな)」


 彼方は怒りや憎しみを優斗達に委ねた。

 

 彼方と彼方の両親を辱めた彼らは法で裁かれたとしても誰もが納得出来る報いには到底なりそうにない。

 だからといって優斗が直接手を汚すなどあり得ない。

 優斗に出来るのはこれまた彼方と同じく、然るべき対応が出来る閃達にどうして欲しいかを伝える事だけだ。


「優斗君、優斗君、ゆうとくーん」

「…………んあ?」


 どうやら考え込んでいる間に眠ってしまったようだ。

 彼方に肩を揺さぶられてそのことに気がついた。


「もう夕飯出来るよ。顔洗ってきゃっ!」

「…………」

「どうしたの? 悪い夢でも見たの?」


 少し寝ぼけているのか、優斗は彼方を少し強めに抱き締めた。

 その優斗の様子に何かを感じ取ったのか、彼方は優しく抱き締め返す。

 彼方の優しさに心震えた優斗は思わず彼方の唇を奪うように貪ってしまった。


「んっ……ちゅっ……くちゅっ……はぁっ……ゆふ……くんっ……」


 そうしてしばらくの間、少し強めの想いを彼方にぶつけさせてもらうと、その先には進まずに優斗は洗面所に向かった。


「さ、ご飯食べよ」

「ああ、サンキュ」


 それ以上に言葉はいらない。

 二人はまた朝と同じように温かで穏やかな団欒を味わったのであった。




 夕飯を食べ終えたら夜は大人の時間だ。

 先程とは違い愛を確かめ合うための激しいキスをし、一緒に風呂に入り、そこからはもう若さをぶつけ合うだけ。


「優斗君、大好き」

「俺も大好きだよ、彼方」


 そうしてくたくたになるまで愛を確認し終えた二人だが、その間にスマホに連絡が来ていたことに気付いていなかった。




『準備が出来たわ』

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