6. 幸せな涙

 今回の旅行は閃が宿泊場所を提供し、智里が計画を少しだけプロデュースした。

 プロデュースと言っても、基本的には計画を立てるところから楽しんでもらいたいため少しアドバイスをした程度である。


 だがそのアドバイスが絶妙だった。


 二人の行動を予測し、三日目に優先度の低い予定を入れるようにアドバイスをしたのだ。

 そして四日目は近くの観光地へと向かうようにアドバイスをした。


 これは三日目の性に塗れた性活を反省した二人が健全なデートをしようと考えると想像したからである。


 そして二人はその思惑通りに行動した。


 神社仏閣、植物園、パワースポット。


 周囲の目を枷として、二人は健全に観光スポット巡りをした。


「ねぇねぇ優斗君、智里さんへのお土産これなんかどうかな」

「眼鏡ケースか。良いんじゃないか?」


 現在二人はお土産売り場で親友達へのお土産を物色中。

 彼方が智里のために選んだのは可愛らしいお魚型の眼鏡ケースで、この辺りで取れる名産のお魚をデフォルメしたものだ。

 智里が眼鏡をかけているから選んだのだろうが、彼女はいつもは質素で目立たないものを使っている。

 そもそも眼鏡ケースだけでなく全体的に落ち着いた装飾品を好む智里がこんな可愛らしさ全開のお土産を受け取ったらどう反応するのか優斗はとても気になった。


「閃は化粧水かな。春臣はお菓子で良いだろ」

「化粧水は合う合わないがあるから良くないと思うよ?」

「ああ、閃の場合はそれでも良いんだ。あいつは美容に拘ってて色々な化粧品を試すのが趣味だからな」

「へぇそうなんだ」


 本当は趣味と言うよりもイケメンという武器を最大限生かすための努力を欠かしていないだけである。

 割と打算ありでイケメンを演じている点、策士タイプの智里と相性が良いのかもしれない。


「秋梨さんには何が良いかな」

「牧之原か。あいつは……何でも喜びそうで逆に難しいな」


 可愛いものも格好良いものも食べ物もアクセも好きな物だらけだ。


「このヘアピンとか可愛くて良いんじゃないか」

「ホントだ。可愛いのがいっぱいある、どれが良いかな~」


 二人は相談しながらお土産を考え、同時に自分達用のお土産も探した。


「秋梨さんに贈るつもりだったこのヘアピン、私がつけたら似合うかな」

「超可愛い」

「もう、優斗君ったらいつもそれしか言わないんだから」

「だって本当なんだから仕方ないだろ」

「えへへ」


 そしてお土産売り場は二人の周囲だけピンク色の空間になっており、他のお客さんから白い目で見られているのであった。

 周囲の視線という枷があっても、二人は性的なことを自重するだけでありイチャイチャを隠しきれないのであった。


――――――――


 観光とお土産購入を終えてコテージに戻って来た二人は、夕方に浜辺でバーベキューをする。


「バーベキューはみんなでやる方が楽しそうだな」

「うん、次は智里さん達も呼ぼうね」


 お肉、お魚、お野菜、焼きそば。

 定番メニューから彼方特製料理まで食べきれない程の量を焼いてひたすら食べた。


「はい、優斗君あ~ん」

「あ~……あふいあふい」

「もう、がっつくからだよ」


 外で水着で串に刺したお肉達をお互いに食べさせ合うなんてことはここでしか出来ない事だ。

 二人は味よりもこの独特の雰囲気を大いに楽しんでいる。


「あっ、タレが……」


 あまじょっぱいタレが彼方の胸にポトリと落ちた。

 今日は露出が少し多めの水着を着ており、タレが落ちた場所は布で覆われていない肌色の部分。


「…………優斗君、食べる?」

「今そういうのは止めてくれよ」

「あはは、昨日たくさん食べたもんね」

「まだまだ食べ足り無いけどな」

「えっちさんだね」

「食べられたいむっつりさんがそれを言うか」

「ふ~んそういうこと言うんだ。それじゃあそのむっつりさんからお願いです。コレ、拭き取って」

「ぐっ……なんという悪魔のささやき」


 周囲に誰もいないから多少えっちなイチャイチャをしても問題無いのである。

 流石にご飯を食べながら致すということはしなかったが。




 バーベキューが終わったら部屋に戻り、一緒にお風呂に入り深夜まで……とは今日はならなかった。

 今日は新月。

 二人は真っ暗な砂浜へと向かって星を見ることにしたのだった。


「わぁ……綺麗……」

「こりゃあすげぇな……」


 二人並んで砂浜に腰を下ろし、穏やかな波の音色をBGMに空を見上げる。

 そこには都会では見られない満点の星空があり、あまりの美しさに二人とも絶句してしばらくの間無言で魅入ってしまう。


「…………」

「…………」


 あまりにも異次元の美しさに感動だけではなく畏れまでも抱いてしまったのか、砂浜についた指を絡めた手に自然と力が入る。

 まるで夜空に吸い込まれてしまいそうな感覚に陥りそうになるが、つないだ手の温もりが現実に引き戻してくれる。

 愛しい人が傍に居ることで、自分もまたここに居るのだと相対的に生きていると実感する。


 ふと、二人は同時に相手を見た。


「彼方、泣いてるのか?」


 星の光があまりにも明るいからか、彼方の顔がしっかりと見えた。

 その瞳からはボロボロと大量の涙が零れ落ち、顔がくしゃりと歪んでいる。


「優斗くんこそ……」

「え?」


 しかしそれは優斗も同じだった。

 全く我慢することなく、顔を歪ませて滝のように涙を流して顎から滴り落ちていることに指摘されてはじめて気が付いた。


「あはは、どうしちゃったんだろうね」

「ホント、不思議だな」


 悲しい訳でも辛い事を思い出した訳でも無い。

 それなのに二人は涙が止まらなかった。

 止めようとすら思えなかった。


 大切な人を失い傷ついた優斗と彼方。

 その苦しみはあまりにも壮絶で、魂を大きく擦り減らしてしまっていた。


 二人が出会いお互いに救い合い平穏な生活が戻って来たかのように思えるが、二人はまだ戦い続けていたのだ。


 優斗は彼方と一緒に幸せになろうと必死で彼方の事を考え続けた。

 彼方もまた優斗と幸せになるためにトラウマを克服しようと努力していた。


 どちらも少しでも気を抜けば大切な人を失った辛さや悲しみに屈してしまいそうだった。


 愛する人と幸せになりたい。


 その想いが彼らをギリギリのところで繋ぎ止めていた。


 その摩耗した心がこの旅行でようやく回復しようとしていた。

 多くの『初めての幸せ』を経験した。

 もう二度と戻って来ないとすら思えた心からの幸せを味わえたと実感出来た。


 その満たされたことによる幸福感により感極まってしまったのだ。


「彼方、俺、幸せだ」

「うん、私も幸せだよ」


 二人は涙を流したまま軽く口づけを交わす。


 昨日まで濃密な接触を何回も繰り返したのに、この口づけの方がお互いの心が伝わった気がした。

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