1. よし、殺ろう
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「うっ……ううっ……」
優斗の胸に顔を埋めた彼方の嗚咽だけが部屋の中に静かに響く。
彼方の家には優斗達に加え閃達もいるのだが、誰も言葉を発しようとしない。
優斗が優しく彼方の背中をさすり、落ち着くのを待っている。
優斗と彼方が親族の男と遭遇した後、彼方は両親が亡くなった時の話を優斗に説明した。
その時は今とは違い錯乱しかけていたのだが、優斗の愛(意味深)で耐えきった。
そして次に閃達にも同じ話をして協力をお願いしようという話になり、彼方に辛い事を再度思い出させなくなかったから優斗が説明するつもりだったのだが、彼方は自分が話すのが筋だと断固として譲らなかった。
二人が閃達を呼ぶと突然の呼び出しにも関わらず一時間足らずで全員が彼方の家に集合し、どうにか彼方が事情を説明した。
その結果、錯乱はしなかったけれど嗚咽を漏らして優斗に寄りかかっているのが今の状況である。
話の内容から彼方がソレを思い出すことが想像を絶するほどに苦痛であることは明らかだ。
誰もが彼方の心が今この時だけでも癒えるのを一秒たりとも邪魔したくなく、無言で待ち続ける。
そうしてどれだけ経ったのか、彼方はふぅと長く大きく息を吐き、優斗から体を離した。
そのまま洗面所に向かって顔を洗い流し、みんなの元に戻って来る。
「お待たせ。心配かけてごめんね」
彼方は心底申し訳なさそうな顔を浮かべて、気まずそうにしている。
これほどまでに酷い体験をしたというのに嫌な話を聞かせてしまったねと気遣いをしている。
何故優斗が彼方の事を好きになったのか、閃達は分かった気がした。
そして同時に優斗が愛する彼方だからではなく、そんな優しい彼方だからこそどうにかしてあげたいと強く思うようになった。
最初に声を挙げたのは閃だった。
「よし、殺ろう」
「え!?」
驚いているのは彼方だけ。
他の人は閃に続いて物騒なことを言い出した。
「当然ね、徹底的に潰しましょう」
「捕まえるとか生温いッス。アキちゃんの出番ッスね」
「相応しい拷問を急いで考えるね。お祖父ちゃんにもお願いしないと」
「ちょっとみんな!?」
もちろん驚いているのは彼方だけ。
優斗は苦笑してみんながヒートアップしている様子を見ているだけだ。
こうなることが分かっていたのだろう。
「彼方さんが驚く方が不思議だわ。この話を聞いたら当事者でなくても憤慨するのは当然の事でしょう」
「そうですよ。だから今から殺りに行きましょう」
「都成センパイがそこまで言うの初めて聞いたッス。もちろん同じ気持ちッスけど」
「私も初めて聞きました。親近感が湧きました」
「都成君ってそんなバイオレンスな人だったの!?」
「そうよ、みんな知らなかったのかしら」
「え、なんで智里さんが知ってるんですか?」
「……」
「……」
「それはそれとして、いくつか確認したいことがあるのだけれど」
彼方が何かを察しそうだったところを強引に誤魔化そうとする智里だが、確認したいことがあったのは本当だ。
「もしかして智里さんと都成さんって」
「それは今は良いじゃない」
しかし彼方の女子センサーは逃がそうとしない。
先程まで悲しんでいたのは何だったのかと思える程に楽しそうに智里に詰め寄った。
「せっかく彼方が楽しそうにしてるんだから先にその話をしようぜ、委員長」
「ぐっ……篠ヶ瀬君まで」
暗に彼方のメンタルケアにもなると言われたら断ることは出来ない。
智里は逃げ道を封じられてしまった。
「やった! それじゃあまずは……」
だがそれは彼らにとっても良い時間だったのかもしれない。
軽口を叩き合っているようにも見えるが、内心は怒りと憎悪が渦巻いていて冷静に会話を続けることが難しい心理状態だったのだ。
暴走してまともな話し合いにならない可能性もあり、一旦時間を置くのは重要な事だった。
智里と閃はそのための犠牲となったのだ。
「改めて彼方さんに確認したいことがあるわ」
彼方から閃との関係について根掘り葉掘り聞かれ怒る気力を失った智里だが、気持ちを切り替えて今度こそ本題に入った。
「まず伯母なんだけれど、お父さんとお母さんのどちらの方の伯母なのか分かるかしら」
「ええと……………………そうだ、お母さんの方だよ。うん、間違いない」
伯母から直接聞いたわけではないが、会話の中で父の名前がほとんど出ず逆に母の名前が何回か出て来たので間違いないだろう。
「そう。だったら人でなし共はお母さん側の親族だけだったのかしら」
「ううん、半分はお父さんの方だったよ。家に来たのも……」
「はぁ……分かったわ」
そりゃあ溜息も出るだろう。
お互いの親族が結託して彼方を絶望に追いやろうとしているのだ。
あまりの救いの無さに智里はクラクラと眩暈がして思わず頭を抱えてしまった。
「ねぇ彼方さん」
「なにかな」
「これから彼方さんにとって辛い事を聞かなければならないし、言わなければならないのだけれど……」
「大丈夫だよ。だって優斗君がいるもん」
そう言って彼方は優斗の腕をぎゅっと掴んだ。
こいつらまさか自分達の目の前でおっぱじめる気じゃないだろうなと智里は言いかけたが、それを言ったら先程弄られた意趣返しをしているみたいでみっともないと思い言えなかった。
「まぁ良いわ。それじゃあ篠ヶ瀬君頼んだわよ」
「任された」
「このバカップル共が」
彼方を正面から抱き締めてドヤ顔を浮かべる優斗を智里はぶん殴りたくなってきた。
「それじゃあまずは彼方さんの話を聞いて疑問に思ったことから話すわね」
彼方の話は胸糞以外に表現しようがない程に異常な出来事だったが、感情抜きで考えると不可解な点がいくつかある。
智里はまずはそこを明らかにしようと考えたのだ。
それは彼らの『罪』を全て明らかにするためだった。
「最初は彼方さんも疑問に思っていたことだけれど、どうして彼方さんに手を出さなかったのか」
「確かに俺もそれは気になってた」
話を聞く感じでは彼方自身すら奪われてもおかしくない危機的状況だったのに、伯母はそれだけは頑なに止めていた。
その理由は彼方の話だけでは分からなかった。
「これは私の予想だけれど、彼らが捕まらないようにするためじゃないかしら」
「あれだけのことをしておいてッスか!」
「そうよ。あれだけのことをしていたからこそ、間違いなく捕まると分かっていたのでしょうね。だから手を打った」
「でもそれと彼方に手を出さないのと何が関係しているんだ? それだけなら形見を奪って脅しただけで隠蔽出来るじゃないか」
彼らの悪事が明るみに出るには誰かがその悪事に気付かなければならない。
葬式関連の暴挙については葬儀場のスタッフやお坊さんなど多くの人が証言してくれそうだが、誰も何も言わないという事は伯母がそうならないように裏から手を回していたのかもしれない。
そして彼方の家での暴挙については彼方が何も言わなければ明らかにならない。
だから伯母は彼方を脅したのだ。
捕まらないようにするためならばそれだけで十分であり、彼方に手を出してもおかしくないのではないか。
優斗はそう感じていたのだ。
「篠ヶ瀬君はその理由を知っているはずよ」
「え?」
「あなたもお母さんを亡くしているじゃない。それから定期的に面会している人がいるんじゃないかしら」
「母さんが亡くなってから会っている人……? 裁判所の人か!」
「そう。彼方さんも裁判所の人と会ってまともに生活出来ているかを確認されているはずなのよ。もし彼らが彼方さんを壊し尽くしたのならその時に異常を隠せずバレてしまっていたでしょうね」
だから彼方が裁判所の人を相手に演技出来るギリギリの範囲で壊したのではないか。
それが智里の予想だった。
「でも彼方は…………」
あの日優斗に出会わなければ死んでいたのだ。
そうなれば警察に調べられて真実が明らかになり彼らは破滅するだろう。
「私もそこが分からないのよ。特に遺灰の件は明らかにやりすぎで、そんなことをしたら彼方さんが必要以上に壊れてしまうのは明らかだったのに。だからあくまでも予想なの」
だがもしその予想が正しいとなると、更に不思議なことがある。
「もしそうだとして、なんで今更彼方が狙われたんだ?」
彼方に手を出さないはずが、明らかに彼方を狙った男がやってきた。
何故方針転換をしたのだろうか。
「最終的に彼方さんを徹底体に壊すつもりだったんじゃないかしら。彼方さんの心の傷が癒えてしまったら、フルートを奪っていても自分達が告発されるかもしれない。だから裁判所をやり過ごした後に襲わせるつもりだったのでしょうね」
だからあの地獄の中で伯母は
「聞けば聞く程救えない奴らッスね……」
「本当にそう思うわ。それで彼方さん……」
「智里さん、言って」
「…………」
「お願い、言って」
「…………」
智里は何かを言おうかどうかかなり迷っている。
だが彼方がここまでの話を動揺することなく受け止めていることから信じることにした。
「彼方さんって最近似たような被害に何度も遭いそうになってたわよね」
「え?」
「クラスメイトの関係者に拉致されて、お父さんの会社の人に脅されそうになって、そして親族の男の人に狙われた」
「う、うん」
「いくらあなたが美少女だとしても、こんな短期間で三度も狙われることがあるのかしら?」
「……」
つまり智里はその三つには繋がりがあるのではないかと言いたいのだろう。
学校と会社という全く種類の違う事件が繋がっていることなど普通ならば考えられない。
だが『彼方を壊したい』という思惑が裏にある以上、どうしてもそれらに因果関係があるのではと疑わざるを得ないのだ。
「もしかしたら彼方さんの伯母は、彼方さんが気付いている以上の何かをしている可能性があるわ。それを言っておきたかったのよ」
「…………言ってくれてありがとう。本当にとんでもない人だったんだなぁ」
伯母の更なる悪事の可能性を聞いても彼方は苦笑いを浮かべるだけだった。
すでに受けた被害があまりにも大きすぎて、それ以上に何かあると言われても実感が湧かなかったのかもしれない。
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