第七章 ハッピーエンド編
彼方. あの時何が起こったのか ※胸糞注意
「お父さん! お母さん! いや、いやああああああああ!」
事故当時の記憶はまだ曖昧なの。
辛うじて覚えているのは、警察に呼び出されて病院に向かったことと、病院に着いたけれどお父さんとお母さんの最後の姿を見せて貰えなかったこと。
見せられる状態じゃなかったんだって今なら分かるけれど、あの時の私はそんなことも分からず泣き叫ぶばかりだった。
泣いて、泣いて、ひたすら泣いて、悲しむ以外に出来る事なんか無かった。
そして病院でひたすら泣き続ける私の元にあの人がやってきた。
「あなたが彼方ね。私はあなたの伯母よ」
そんなことを言われても良く分からなかった。
悲しいだけで頭が一杯だったというのもあるけれど、お父さんとお母さんから親族と仲が悪いから紹介出来ないって言われていて見たことも聞いたことも誰がいるのかすら知らなかったから。
でも警察とか病院の人が信じていたから本物の伯母さんだったんだと思う。
伯母さんはその後のことを全部やってくれた。
警察や病院への対応やお葬式のセッティングとか、他に何があったのか分からないけれど、私はただ泣いていれば良いだけだった。
お父さんとお母さんを想って悲しんでいれば良いだけのはずだった。
でも気付いたら地獄に足を踏み入れてたの。
お葬式には見たことも無い親族の人達が多く来た。
でも…………あの人達は…………
喪服どころか派手な衣装で着飾っている女の人。
結婚式に来ているかのような明るいスーツを着ている男の人。
Tシャツ姿でサンダルを履いたおじさん。
露出だらけで男の人と同伴している女の人。
あまりの光景に目を疑ったよ。
お父さんとお母さんの葬式が行われるはずなのに、この人達は何をしに来たのだろうかって。
しかも誰もが笑……って……楽しそう……に……
「あひゃひゃひゃひゃ! 死にやがった!」
「娘残して事故死とか、こりゃあ傑作だ!」
「残念だねぇ。あたしが殺してやりたかったのに」
「ねぇ今どんな気持ち?どんな気持ち?」
お父さんとお母さんがどうして私に親族を紹介してくれなかったのかが良く分かった。
彼らは人では無かったから。
お父さんとお母さんが死んだことを喜んで侮辱するために葬式に来るような人でなしだったから!
…………
お葬式は酷いものだった。
ううん、あれはお葬式なんかじゃなかった!
「何だよ中身見れねぇのかよ。ぐちゃぐちゃになったとこ見たかったのに」
「お焼香ってくせぇよな。水ぶっかけてやるよ」
「なーんみょーうぇーい! おーめーでとー!」
「坊さんもっとペースあげて行こうぜ!」
「誰だよ果物なんて供えたの。こいつらにはこの落として食えなくなった寿司で十分だろ」
「あらやだ、落ちた寿司でも勿体ないわよ」
「ちげぇねぇ。んじゃ食い終わったミカンの皮でも置いとこうか」
「あっはっはっはっ!」
「なぁなぁ、奴らの目の前で娘を犯してやろうぜ」
ごめんなさい。
これ以上思い出すのは……もう無理……
あまりにも酷い葬式もどきはどうにか最後まで終わり、私はお父さんとお母さんの遺灰を持って家に戻って来た。
彼らの暴虐な振る舞いから解放されて安心したのも束の間、一人になると強烈な悲しみが蘇って来て泣き崩れてしまった。
でも泣いている余裕なんか無かった。
地獄はまだ終わってなかったから。
彼らが家まで押しかけて来たの。
「へぇ、良いとこ住んでんじゃん」
「アタシん家より広い。超ムカツク」
「いえーい、彼方ちゃん遊びに来たよー」
意味が分からなかった。
もう全て終わったはずなのに、なんで一人にしてくれないの。
なんで悲しむ時間をくれないの。
「なん……で……?」
「何で来たのかって? そりゃあ彼方ちゃんが心配だったからに決まってるじゃーん」
「そうそう。ご両親が突然亡くなったんだもの。大変よねぇ」
「これから一人で暮らすんでしょう。だから私達が要らない物を処分しに来たのよ」
「…………へ?」
そう言うと彼らは部屋の中を突然荒らし始めた。
「金目のものは無いかな~っと」
「やつらの寝室にあるんじゃね?」
「アタシ服が見たいんだけど」
「めんどいから全部その辺にぶちまけて選ぼうぜ」
「センス無いのばかりじゃない。あたしいらな~い」
「あたしもいらない。フリマで売っちゃお。顔だけは良かったから写真付きで売れば高値になるんじゃない?」
「お宝発見! これ婚約指輪じゃね?」
「あ~先越された! 狙ってたのに」
「やったぜ、これが一番金になりそうだもんな」
服をぶちまけて高そうなものだけ選び、棚を乱暴に漁り高く売れそうなものを探し、部屋中をひっくり返すかのように虱潰しに荒らしてお父さんとお母さんの物を奪い去ったの!
「止めて! お願い止めて! 止めてええええええええ!」
「はいはい、彼方ちゃんは黙っててね」
「止めて! 止めて! 止めてええええええええ!」
「テレビ欲しいけどでかいから持ち出せないんだよなぁ」
「ソファーもそこそこ金になりそうなのにな。なんかムカツクからぶっ壊そう」
「はは、お前ひでぇな」
「お前こそさっき意味もなくテーブルに勢いよく乗って壊そうとしてただろ」
「ちげぇよ、天井の電気取れねぇか試したかったんだよ」
「キャハハ、ばっかみたい。椅子とか使えば良いのに」
荒らして、盗んで、壊す。
私がどれだけ泣き叫んで抗議しようとも、彼らは手を止めてはくれなかった。
むしろ私が泣いているのを喜んでいるようにすら見えた。
「はーいみんなちゅうもーく!」
そのうちにある男の人がみんなをリビングに集めた。
「何よ、今忙しいのに」
「そうだそうだ」
「まぁまぁ、見てなって」
「嫌ああああああああ!」
男の人は手に持ったスプレーで壁に大きな落書きを……
「うわ、ひっで」
「でもお似合いじゃない。うん、良い仕事してるわ」
「だろ? 昔取った杵なんとかってやつだよ」
「そういやお前若い頃よく書いてまわってたもんな」
「にしても『祝死』なんて単語あったっけ?」
「知らね」
「まぁ良いじゃん。な、彼方ちゃん。最高のデザインだろ」
「あ……ああ……」
お父さんとお母さんの想い出が詰まった家の壁に……ううっ……
「あ~あ、また泣かしちゃった」
「あっれ~おかしいな。最高のプレゼントだと思ったのに」
「あれじゃない? お祝いの気持ちが足りなかったとか」
「なるほど。それか。んじゃおめでとー!」
「キャハハ、何その雑なやつ。でもアタシもやっちゃう。おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとー」
こんな悪夢があって良いのだろうか。
私は彼らの悪意の詰まった盛大な拍手と呪いの言葉に壊されようとしていた。
「なぁ彼方ちゃんの部屋に入っちゃダメなのか?」
「ダメって言ったでしょ」
「お宝たっぷりあるんだけどなぁ。JKの下着とか高く売れるぜ」
「だからダメって言ったでしょう。彼方の物には手を付けないこと」
「ちぇっ」
彼らの中には伯母さんも居た。
伯母さんだけはこれまで酷い言葉を投げることも酷い態度を取ることも無かったから思わず助けて欲しいと縋ってしまった。
「お願い! 伯母さん! 止めさせて!」
「ふん」
でも伯母さんは彼らを止めてくれなかった。
何故か私の部屋にだけは入らせなかったけれど、お父さんとお母さんの物の略奪は止めてくれなかった。
「やっぱり彼方ちゃん抱かせてよ。我慢出来ねぇよ」
「だから
「女の嫉妬はみっともないぜ」
「あ゛ぁ!?」
「ひいっ、めんごめんごーっと」
「ったく、くれぐれも勝手なことをしないでよね」
「はいはい」
私を守ってくれるのにお父さんとお母さんを全く守ってくれない。
この時はまだ伯母さんが敵なのか味方なのか良く分からなかった。
でも…………!
「彼方、聞きなさい。私があんたの後見人になってあげる。面倒な手続きは全部やってあげるし、このままここで一人で住んでも構わないわ。もちろんこれまで通り高校に通っても良いし、この馬鹿共があんたを襲わないように見ていてあげる」
「…………」
「でも一つだけ約束しなさい」
「…………」
「私に迷惑をかけないこと」
「…………」
「警察沙汰になったり、入院することになったり、私に余計な手間をかけさせないで。それを守っている限りはあんたは好きに生きて良いわ。でも、もし約束を破ったら」
「…………!」
伯母さんは……いつの間にか……お母さんが大切にしていた……フルートを……
「これを、こうよ」
「いや! やめて! それはお母さんの!」
「それが嫌なら大人しくしている事ね。これは預かっておくわ」
「ダメ! 持って行かないで!」
「聞こえなかったかしら、大人しくしてなさいって言ったでしょ」
伯母さんは……私から遺灰を奪って……
「いや! 止めて! 止めて! 止めてええええええええ!」
「こうならないように大人しくしてなさい」
「嫌ああああああああああああああああ!」
生ゴミ……一緒……捨て……
うっ……ううっ……ううっ……
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