智里. ようやく私の出番ね
何が悪かったのかと問われれば、分からないと答えるしかない。
少なくとも私は女子の世界で上手く立ち回っていたつもりだったわ。
流行のものをしっかり抑え、特定の敵を作ることはせず、悪目立ちしないようにと気を使っていた。
親友と呼べる人はいなかったけれど友達は多かったし、女子の悪意とは無縁の学生生活を送れていた。
だけれども中学生になるとターゲットとなってしまった。
成績が良かったからだろうか。
でも私より成績が良い女の子は何人かいた。
顔立ちが整っていたからだろうか。
でも私よりも美人だったり可愛い女の子は何人かいた。
八方美人なところが気に障ったのだろうか。
でも私よりも露骨に立ち回っている女の子は何人かいた。
本当に理由が分からない。
でもなってしまったからには仕方のない事だ。
私は一方的にやられるような女では無いわ。
猫を被っていたから分からなかったのでしょう。
彼女達の仕掛けを徹底的に潰してやりこめた。
当時はまだ未熟だったから、やられたことに腹を立ち必要以上にやり返しすぎてしまったのかもしれない。
私が堪えないどころか反撃により彼女達が被害を受ける一方。
このまま諦めてくれれば良いのにと思ったのに、彼女達はとんでもない暴挙に出たの。
『先生! 私の財布が見つかりません!』
『あ! 城北さんの机の中にある!』
『まさか盗んだの!?』
『酷い!』
『そんなことする人だったなんて!』
彼女達は私を犯罪者に仕立て上げようと画策した。
きっと私が居ない間に私の机の中に財布をこっそり入れたのでしょう。
そうして盗まれたと騒ぎ立てた。
もちろん否定したわ。
こんなあからさまな嘘など簡単に暴かれると信じてた。
でも現実は無残なものだった。
『城北さん謝りなよ』
『そうだよ。お金を盗むなんてサイテー』
『私のも盗まれてないかな』
友達だと思っていた人達までも私を責め始めた。
それだけではない。
『城北、どうしてこんなことをやったんだ』
先生までもが私がやったと信じて疑わなかった。
どうして私がこんな目に合わなければならなかったのだろうか。
普通に真面目に生きていただけなのに。
何故悪意のゴミ捨て場のような扱いをされなければならないのか。
結末は見えている。
この話は間違いなく父と母に伝わり、母の力によって真実が明らかになり私に敵対した全ての人が徹底的に潰される。
だから不安では無かったけれど不満だった。
別に母の力を借りることが不満なわけじゃ無い。
自分の力で解決できなかったことが不満なわけでも無い。
自分が家族以外の誰にも受け入れて貰えていなかったことが不満で寂しくて悲しかったのだ。
でもそれは私の勘違いだった。
『城北さんがそんなことするわけないじゃん』
先生とクラスメイトから詰られ責められ、母に助けて貰うまで心を閉ざしてしまおうかとすら考えていた私の耳に、その温かな言葉が飛び込んで来た。
こんな状況で私を擁護なんてしたらその人が次のターゲットになってしまうかもしれないのに、そのことを分かっているのかしら。
嬉しさよりもそんなことが先に思い浮かんでしまった。
『篠ヶ瀬、クラスメイトを庇いたい気持ちは分かるが、悪い事をしたら謝るのが人として当然のことなんだよ』
『だから城北さんは何も悪い事なんてしてないですって』
『あのなぁ、実際に城北の机から財布が出て来たんだぞ』
『それでも城北さんは絶対に何もしてないですよ』
『何か見たのか?』
『見てないけどそのくらい分かりますよ。だって城北さんですよ。絶対にありえないでしょ』
驚いた。
てっきり彼女達の誰かが私の机に財布を入れるところを見たから庇ってくれているのかと思ったのに、何も知らないのに無条件で私を信じてくれていた。
しかも篠ヶ瀬君とは一学期ももう終わりという時期だけれど特に交流したことが無い男子。
それなのに何故そこまで頑なに私の事を信じられるのかが分からなかった。
『男子は黙ってて! どうせ見た目に騙されて良い所を見せたがっているだけでしょ!』
『そりゃあ城北さんは美人だけど、別にそれと犯人かどうかは関係ないでしょ。美人だって悪い事するわけだし』
…………
篠ヶ瀬君は女たらしの素質があるわね。
この状況で堂々と美人だなんて普通は言えないわよ。
ちょっとだけトゥンクときちゃったじゃない。
『篠ヶ瀬は何も見てないんだろ。だったらそこで黙って見てなさい』
あらら、先生が篠ヶ瀬君をスルーすると決めたようね。
何も見てないのだから当然ね。
でも不思議。
『おい、何を笑っている。まったく反省してないな』
篠ヶ瀬君が信じてくれたことがこんなにも嬉しいなんて。
冷たく凍り付いたような心がいつの間にかとても温かくなっている。
私が気付いていないだけで味方がいたのね。
改めて落ち着いて教室内を見たら、全員が私の敵じゃなかった。
先生に怒られるのが怖くて私を助けたくても助けられないって感じの人もそれなりにいた。
外から見たら私が犯人にしか見えない構図なのに、それでも信じてくれている人がいた。
こんなの笑うしかないじゃない。
この騒動がどうなったのか。
『これまでの会話は全て録音してあります。城北さんの言い分を聞かずに詰め寄る先生の態度は問題と言わざるを得ません。また、これは紛れもない窃盗事件ですからこれから警察に連絡します。ちなみに最初から見ていましたが城北さんはその財布に一切触れてないので本当に彼女が犯人で無いのなら指紋が検出されない筈です』
どこかのおせっかいな王子様が頑張ってくれたから私は無罪放免、先生は辞職、彼女達は転校になったわ。
どうも篠ヶ瀬君が関わったから本気を出したみたい。
最初から本気を出しなさいよね。
ちなみに篠ヶ瀬君に何故信じてくれたのかを聞いてみたら、本当に理由が無かったみたい。
『城北さんがそんなことする人には見えなかったからだよ』
なんて本気でそう言ってたのよ。
本当にありえない。
誰かを弁護するなら理由がなければダメなのに。
だから篠ヶ瀬君が疑われた時は私がちゃんと弁護してあげる。
それが私の感謝の気持ち。
闇に心が呑まれそうになった私を助けてくれたお礼よ。
それが恋だったのかどうかは分からない。
恋だったようにも思えるし、恩を感じていただけにも思えた。
…………
いえ、それは自分の心を誤魔化しているだけだわ。
私は篠ヶ瀬君のことが好きだった。
助けてくれた男の子の事を好きになるのは当然じゃない。
私だって女の子なんだから。
でもあの事件をきっかけに篠ヶ瀬君のことを知るようになって分かったの。
篠ヶ瀬君は心から他人に優しく出来る人間なんだと。
打算だらけで上手く立ち回ることを考えてばかりの私とは対極に位置する人間。
私なんかが隣に立つなんておこがましい。
そう思ってしまったら恋心がいつの間にか憧れや崇拝に変わっていた。
私は篠ヶ瀬君を支え、困っていたら助けてあげたい。
思えばこれが私と彼方さんとの差だったのでしょう。
彼女は篠ヶ瀬君を助けたいのではなく幸せにしたいと想っていた。
私達は恩を返すことに囚われていたのに、彼女の想いはそんな低レベルなものではなかった。
だから私達は篠ヶ瀬君の心を救えず、彼方さんが救えた。
それだけのことだった。
それでも構わない。
だって私達はそれを選んでしまったのだから、今更変えようがない。
それに篠ヶ瀬君の幸せな場所はもうあるのだから、私達は当初の予定通りに篠ヶ瀬君と、そして篠ヶ瀬君が求めるものを守り続ける。
想いを共にする仲間達と共に篠ヶ瀬君を一生支え続ける。
そのためには仲間達ともっと連携を深めなければならない。
だから私は都成君と共に歩くことを選んだ。
都成君も同じことを想ってくれていた。
そんな恋の無い付き合いなんて虚しいのではなんて言われそうだけれど、そんなことは無いわ。
都成君が素敵な男性であることに間違いはないのだから、愛情なんて後からでもついてくる。
心配なのは都成君が私を愛してくれるかだけれど、それも大丈夫だってもう分かっている。
詳しい事なんか言わないわよ、恥ずかしい。
まぁあの色バカ達はその恥ずかしい事を惜しげもなく披露しているのだけれど。
信じられないわ。
暴漢から守ってもらった後輩達は、それぞれ警察と裏の組織とつながりがあり本人達も規格外の武力を有する。
いじめから救ってもらった都成君は、お金と社会的権力をやがては引き継ぐでしょう。
そして濡れ衣を打ち払ってもらった私は……
『彼方が色々と克服したから手伝って欲しい』
ようやく私の出番ね。
『警察』や『病院』など、彼方さんは特定の言葉に酷い拒否反応を起こしていた。
そしてそれが私を縛っていた問題だった。
母に協力を願うことが出来ないでいた。
都成君と同じよ。
私の母も私を救ってくれた篠ヶ瀬君のためなら何でも支援してあげたいと思っている。
でもその母の力は彼方さんが拒否反応を起こすものではないかと思えて動けなかった。
これまで何も出来なかった鬱憤を晴らさせてもらうわ。
もちろん私も微力ながら協力するわよ。
仲間外れは嫌だもの。
「お母さんお待たせ。『弁護士』の出番よ」
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