5. とある人物からの連絡

「あ! ダメ、ダメダメダメ! そこダメ! もう無理! 無理だから!」

「まだまだこんなもんじゃないぞ」

「いやあ! これ以上はダメぇ!」

「ふっふっふっ。こんなのはどうかな」

「優斗君のイジワル!」


 なんてことはない。

 ゲームで優斗が彼方をボコっているだけの話だ。


「はい、俺の勝ち」

「むぅ、少しは手加減してよ」

「得意だから全力でかかってこいって言ったのは彼方だろ」

「そうだけど、優斗君がこんなに上手だなんて思わなかったもん」

「俺もこのゲームは結構やりこんでたからな。同じゲームが好きだなんて相性最高だな」

「も、もう、そんなので誤魔化されないんだから」


 などと言いながら彼方は優斗へと体を寄せる。

 そしてそのままゲームを止めて甘いムードになり顔を寄せて、なんてことにはもうならない。 


 夏祭りの日に自分達の痴態を智里達に見られたことで冷静さを取り戻したのだ。

 だがまだ付き合いたての恋人同士でしかも同棲中。

 冷静になったとしてもまたすぐに元通りになってしまうことは容易に想像出来た。


 ゆえに二人が考えたのはデートを重ねる事だった。


 外に出ることで他人から見られていることを意識し、智里達に見られたあの羞恥心を強制的に呼び起こすことで自重しようと考えたのだ。


 そうして毎日のようにデートをすることで、徐々に自分達らしい適切な距離感を掴んでいった。


 今ではもう家でも盛り続けることは無く、こうして普通にゲームをして楽しむようなライトな付き合い方もマスターした。


「じゃあ罰ゲームな。俺の膝の間に座って」

「それ罰ゲームにならないよ」

「でもこの体勢で普通にゲームするんだよ。辛いだろ」

「辛い! でも優斗君も大変じゃない?」

「何言ってるんだ。俺が彼方だけに辛い思いをさせるわけがないだろ」

「優斗君……」


 ライトな付き合い方……?


 ま、まぁようはどこでもちゅっちゅするような関係では無くなったということだ。




「はぁ、楽しかった」

「だな」


 ゲームを終えて夕飯の支度をしようと彼方は名残惜しそうに立ち上がった。


「ん、誰だろう?」


 その時、優斗のスマホがぶるりと震える。

 閃達からメッセージでも届いたのかと思い確認すると、それは優斗にとってあまり嬉しくない人物からのメールだった。


「…………」

「優斗君どうしたの?」


 内容は予想した通りのものであり、優斗は思わず眉をひそめる。

 そんな優斗の反応を心配したのか、彼方が覗き込んでくる。


「お、おい、彼方、その格好はダメだって」

「何がダメなのかな?」


 優斗が正面を向くと服の間から彼方の胸元がはっきりと見えてしまう体勢だった。

 だが彼方は敢えて下着を見せているのだよとでも言いたげに小悪魔的な笑みを浮かべてわざとらしく知らんぷりをする。


「彼方はもっと清楚な女の子だと思ってたんだけどなぁ」

「失礼ね。私は清楚ですよーだ」

「清楚は清楚でもむっつり清楚だろ」

「その方が優斗君も嬉しいでしょ」

「ああ」

「もう、えっち」


 見た目は確かに清楚なのに発言や行動が明らかにアレなのでむっつり清楚という表現は実は的を得ている。

 彼方も自覚があるのか特に怒ることも拗ねることも無く、楽しく笑い合っていた。


 だがそれでこの話がハイ終わりということにはならない。


「それで優斗君。何があったの?」

「逃がしてはくれないか」

「もちろんだよ」


 冗談を言ってうやむやに出来たかなと思ったが、彼方にはそんな作戦などバレバレだった。


「優斗君に嫌なことを抱えさせたくないから」

「ありがとう。でも……」


 もちろん恋人だからといって何もかも共有する必要など本来は無い。

 だがこの二人に関しては両親の死という心の傷を負い合っている。

 それゆえ辛い事や悲しい事を抱え込まないようにとお互い注意しあっているのだ。 


 優斗はもちろんそのことを分かっている。

 例え優斗が本当に大丈夫な事であっても、彼方に関係ない個人的な事情であっても、彼方を安心させるために何があったかを教えてあげたいと思う。


 それなのに優斗は言い淀んでしまった。


 彼方はその理由をすぐに察した。


「私に関係することなんだね」

「…………」


 おそらくは優斗に届いたメールの内容は、彼方の心の傷に関係する何かなのだろう。

 例えば親の死に関するなんらかの通知。

 それを説明することで彼方が両親の死を思い出して苦しんでしまう。


 そういうケースなのだろう。


「私頑張るから教えて欲しいな」

「でも彼方、これは俺がちょっと嫌だって思っただけで本当に大したこと無いんだぞ」

「自分の気持ちが分からなかった人がそんなこと言うんだ」

「ぐっ……」

「冗談だよ。ちゃんと分かってる。教えて欲しいのは、私が頑張りたいから」

「彼方……」


 心の傷を乗り越えて前に進むために、そのチャンスがあるなら積極的にチャレンジしたい。

 それが今の彼方の目標だった。


「…………」


 優斗は目を閉じて考える。

 果たしてこの話を彼方にして良いものかと。


「(彼方が頑張りたいって言うんだ。俺が信じてやらないでどうする。なんのために傍にいるんだよ)」


 これ以外の結論は考えられなかった。


「なぁ彼方、冷蔵庫に入っている食材で今日中に食べなきゃダメなものってあるか?」

「え? 無いよ?」


 突然全く違う話になり彼方は驚いたが、優斗からは誤魔化そうとしている雰囲気は感じられない。

 不思議に思いながらも彼方は冷蔵庫の中をしっかりと把握していたので即答した。


「じゃあ今日は出前を頼もう」

「…………そこまでする必要があるんだ」

「ああ」

「…………分かった。ちょっとお水飲んでくるね」


 優斗の口から告げられるのが、夕飯を作る精神的余裕が失われる程にクリティカルな内容かもしれないと察した彼方は気持ちを切り替えて気合を入れてから優斗の隣に座った。


「まず最初に言っておくことがある」

「うん」


 ここしばらくは隣に座るといつも甘い雰囲気になっていた。

 こんな風に真面目なのは久しぶりだ。


「俺は彼方が好きだ」

「ふぇっ!?」


 しかし優斗の口から出てきたのはまさかの甘い言葉だった。

 彼方が気合を入れ過ぎてガチガチになっていたから、リラックスさせるための一撃を放ったのだ。


「あ、あはは、流石優斗君」


 流石のこれには彼方もカウンターを出せなかったようだ。


「ネガティブな話をするんだって強く思っちゃうと必要以上にネガティブに受け取っちゃうかもしれないからさ」

「うん、そうだね」


 彼方は一度深呼吸してもう一度気持ちを切り替えた。

 そして目線で優斗に続きを促す。


「俺はさ、彼方が苦しんでいる理由に心当たりがあるんだ」

「!?」


 心当たり。

 その言葉で想像してしまったのだろう。

 彼方が一瞬で苦しそうな表情に変わった。


「あ」


 だが優斗が彼方の手に自らの手を重ねると、その衝動はすぐに治まった。


「ヒントは色々とあったからな。でもそれは今は置いておく。ただ、心当たりがあるから、今から話すことが彼方のソレに触れる可能性があると思ってる」

「…………うん」

「頑張るのは良いけれど、頼むから無理だけはしすぎないでくれよ。俺は今の彼方が好きだからさ」

「…………うん!」


 半死半生のような彼方。

 感情に乏しく優斗から離れたがらない彼方。

 思ったことを素直に口にしてしまう彼方。


 色々な彼方を見て来たけれど、やはり今の普通の彼方の姿が一番好きだった。

 もう二度と壊れて欲しくない。

 努力の結果心が耐えられないなど許されない。


 その想いを彼方に伝え、彼方もそれをしっかりと受け取ってくれた。


「…………」

「…………」


 優斗は今一度、これから起きるであろう事態に心を備える。


 そしてついに彼方の心をノックし得る最初の一言を告げた。


「さっき俺に来たメールの差出人がさ……」


 この次の言葉に果たして彼方がどう反応するか。







「裁判所の人なんだ」

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