4. お祭りデート

「どう……かな」

「超可愛い」

「えへへ、ありがと。優斗君も超格好良いよ」

「サンキュ」


 レンタル浴衣を借りて家で着替えた二人はお互いを褒め合ってから一緒に家を出た。

 待ち合わせた方がデートっぽいのだが、この二人は基本的に離れたがらないので最初から一緒なのである。


「うう、お腹減ったよぅ」

「お昼減らしすぎたな」

「でも焼きそばタコ焼きりんご飴その他諸々が待ってるんだもん」

「彼方って屋台料理好きだったんだな」

「うん!」


 普段は栄養や見た目に気を使った料理ばかり作っているので、たまにはジャンク感あふれる料理も食べたいのだろう。


「高校生の間に恋人が出来て一緒にお祭りに行くなんて思わなかったよ」

「俺だってそうだよ」

「ふふ、リア充だね」

「爆発させられたらお祭り楽しめないから早く行こうぜ」


 お淑やかに歩く彼方だが、その口調は弾んでいて今にも駆け出しそうだ。

 だがその手は優斗としっかり結ばれているため飛び出すことは無いだろう。


「(浴衣って不思議だよな。露出が少ないのにすげぇ色っぽい)」

「(優斗君の胸元が凄いセクシー)」


 お互いの普段とは違う姿にドキドキしながらも、祭囃子の響く会場へと到着した。


「はい、優斗君あ~ん」

「いやいやいや、それはヤバい奴だろ」

「私のタコ焼きが食べられないのかな?」

「ほう、なら俺もお返しするぞ」

「…………ふーっ!ふーっ!ふーっ!ふーっ!」

「可愛いけど、中は簡単には冷めないだろ」


 最初に購入したのはタコ焼き。

 それで小腹を満たしてから見てまわるつもりだったのだが、さっそく人目を憚らずイチャイチャしていることに本人達は気付いていない。


「ねぇねぇ優斗君。輪投げやろうよ」

「ああ」

「ねぇねぇ優斗君。りんご飴食べようよ」

「ああ」

「ねぇねぇ優斗君。スーパーボールすくいやろうよ」

「ああ……って欲しいのか?」


 彼方のテンションが高く優斗は振り回されっぱなしだ。


「(彼方……楽しそうで良かった)」


 もしかしたら半分は虚勢なのかもしれない。

 優斗とのお祭りを楽しむことで辛い現実を今だけでも忘れようとしているのかもしれない。


 そう思える程に彼方のテンションの高さは不自然だった。

 だがそれで彼方の心が安らぐのならと、優斗は傍で温かく見守っている。


 何しろ今日は年に一度のお祭りなのだ。

 楽しまなきゃ損だろう。

 小難しい事は考えず、優斗もまた彼方とのデートを楽しんでいた。




 ある程度見て周ると、二人はどっしりとした料理でお腹を満たすことにした。


「オム焼きそばにしようよ」

「いいな、俺ここのお祭りのオム焼きそば好きなんだよ」

「私も!」


 二人はベンチに座って買って来たオム焼きそばを突き合う。

 料理的にあ~んがやりにくいのでそれは無しだ。


「うん、うん、やっぱりここのうめぇな」

「この濃いソースが美味しいんだよね」


 だがソースたっぷりの料理を食べると、自然と口周りが汚れてしまう。


「優斗君、お口が凄いことになってるよ」

「彼方はほとんど汚れてないな。食べ方上手いんだな」

「女の子は気をつかうんですよ」

「俺もちゃんとしないとな」

「う~ん……でも汚れてくれないとコレが出来ないよ」

「彼方!?」


 彼方は人差し指で優斗の口周りをきゅっと拭った。


 前にも似たようなことがあった。


 そして彼方はあの時その指を……


「頂きだ」

「ああっ!?」


 優斗は先手を取って彼方の指を口で咥え、わざとらしく音を立てて舐めとった。


「ちゅぱっちゅぱっ」

「優斗君、くすぐったいよ」

「ちゅぱっちゅぱっ」

「ま、待って。ちょっとホントにダメだって」

「ちゅぱっちゅぱっ」

「ゆ……優斗……君……」


 彼方がしおらしくなったところで優斗はようやく口を離す。


「前の仕返しだよ」


 ここでの仕返しとは口を拭かれた時の事では無く、傷ついた指を舐められた時のことだ。

 あの時のくすぐったくて恥ずかしい気持ちを彼方にも味あわせたかったのだ。


「もう、優斗君ったら。恥ずかしいなぁ」

「そう言う割には嬉しそうだぞ」

「嬉しいというか困っちゃうよ。だってこれ」

「だろ? 困るだろ? あの時の気持ちを分かってくれたか」


 何が困るって、残された指をどうするかだ。

 拭く物は持ってきているが、拭いたところで感触がまだ残っていて今後の指の扱いに困ることになる。


 指の処理をどうすべきか。

 彼方は明後日の方向の答えを出した。


「はむ」

「彼方!?」


 優斗に丹念に舐められた指を更に咥えのだ。


「ちゅぱちゅぱ」


 以前は丁寧に優しく舐めていたのに、今日は優斗の真似をしてあえて音を立てて卑猥な感じで舐めている。

 ここ最近の彼方は自分から攻めるだけでなく、優斗に攻められてもカウンターを決めまくっていた。


「はぁ、おいし」


 なんて言われたら優斗も我慢なんて出来ない。


「はむ」

「ああああ!」


 その指を再度優斗が口に咥えた。


「ちゅぱちゅぱっ」

「むぅ、優斗君に上書きされちゃった」


 間接キスの連続である。

 それからしばらくの間一つの指をお互いに舐めあうと気分が高まったのか、彼方がより積極的な行動に出る。


「それなら私はこうだもん」

「!?」


 優斗に唇を合わせ、そのまま唇の周囲を舐めとったのだ。


「まだ少しだけソースの味がする」

「くっそ~やったな」

「私のは汚れてないからやる意味無いよね」

「ぐぬぬ」


 この二人は大事なことを忘れている。


 ここが外であるという事。

 そしてこのお祭りには近隣住民がやってくるという事。


 それが何を意味するのか。


「流石にドン引きだわ」

「僕には真似出来ないなぁ」


 知り合いに見られる可能性が非常に高いということを忘れていた。




「…………」

「…………」


 突然現れた智里と閃に二人は驚きを隠せない。

 しばらく放心した後、ここが外であることをようやく思い出したようだ。


「あ、その、これはね、ええと、あの」

「彼方、落ち着けって。これはもうどうしようもない」


 思わず真っ赤になって誤魔化そうとする彼方と、全てを諦めてしまった優斗。

 反応の違いが閃は少し面白かった。


「まさかもうそこまで仲が進展してるなんてね。もうやっちゃったのかしら」

「や……!?」

「委員長ってそんな露骨なこと言うキャラだったっけ!?」


 彼方は自分達の今の姿が外野からどう思われているのか分かり唖然としている。

 一方で優斗は委員長がらしからぬ下ネタをぶっこんで来たことに唖然としている。


 これまた同じ反応なのに理由が違うのが面白いなぁと閃は小さく笑っていた。


「子供が出来ないように気をつけなさいよ」

「ま、まだやってないから出来ないよ!」

「あらそうなの?」

「私が優斗君にちょっと待ってってお願いして。あ、お願いって言っても嫌だからじゃなくて、理想のシーンがあるというか、でもどうすればそうなれるかが分からなくて困ってるっていうか、だからそのやりたけれどまだやってないっていうか」

「彼方! ストップストーーーップ!」


 大暴走である。


 バカップル状態を知り合いに見られてしまった動揺と、智里に揶揄われて慌てたことが重なってパニックになり、言ってはならないことまで口にしてしまっていた。


「~~~~っ!」


 優斗の言葉で止まったわけではない。

 最早取り返しのつかない状況になっており、オーバーヒートしていた。


「なんか、その、ごめんなさいね」

「真面目に謝られたら逆効果だと思うぞ」

「篠ヶ瀬君は動揺してないのね」

「動揺はしてるが彼方が慌ててくれたから冷静になれたかな」


 少しだけ嘘である。

 優斗は彼方を守るために何があっても動揺しないようにと気合を入れていたのだ。

 もちろんそんなことを今言ったところで彼方を喜ばせてトドメをさすだけなのだが。


「優斗君! 例の奴!」


 優斗が智里と話をしている間に、彼方はオーバーヒートから復活した。

 そして二人の間でしか分からない謎の符号を伝えると、優斗は目を閉じて耳を塞ぎ時間を数えだす。


 彼方は近くの木の傍へ向かい、何処からか取り出した小さなクッションを木の幹に当てる。


「ああああああああ! 外で何やっちゃってるのおおおおおおおお!?」


 ボフッボフッと額を強くそこに打ち付けた。


 実は彼方、家でイチャイチャしている時にも時々冷静になって悶えることがあったのだ。

 そして今回の浴衣デートでもそうなる可能性を見越して準備していたのだった。


 結局この日はこれ以上イチャイチャなどする気にもなれず、智里達と合流して遊ぶことになった。


 なお、恥ずかしいところを見られてしまったショックが抜けなかったのか、彼方はとても重大な事実に気付いていなかった。


 智里と閃が二人っきりでお祭りに来ていたという事実に。

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