2. 新しい関係

 優斗の心の問題が解決してから二人がすぐに恋人としての生活を送るという事は無かった。


 その最大の理由は、優斗が自分の気持ちを見つめ直す時間が必要だったからだ。


 いくら自分の本当の気持ちが分かったとはいえ、母親を亡くしてからの感情の変化に即座に折り合いをつけられるわけが無いのだ。


 しばらくの間、優斗は呆けている時間が多かったがそれも二、三日経過すれば元通りになってくる。


 そしてそれが落ち着いたら今度は親友達への報告だ。


 大事な話があると彼方が智里に連絡したら速攻で全員を集めて報告会が開催された。


 そこで二人が弄られながら祝福され、ようやく一段落となった。


 その日の晩の事。


「…………」

「…………」


 二人は無言で夕飯を食べていた。

 まるで彼方が正気を取り戻した直後のような雰囲気だ。


 その原因は、告白から落ち着くまでの間に時間が空きすぎてしまったことによるものだ。


「(俺達って恋人ってことで良いんだよな?)」

「(私達って恋人なんだよね?)」


 あの時、確かにお互いが好きだと告白し合った。

 だが本題は優斗の心の問題であって、じゃあ恋人になりましょうか、的な雰囲気にはなっていなかった。


 その上で時間が空いてしまったことで、今の自分達の関係の切り替えが上手く出来ていなかったのである。


 このまま再度じれじれした関係が続くのではないか。


 そう思ってしまいそうな状況だけれど、優斗は別の道を選んだ。


「今日の味噌汁、今までで一番好きかも」

「ほんと? 良かった」


 無言タイムを早々と捨て去り、普通に話しかけたのだ。


 これは優斗からの『今まで通りにお話ししようよ』というアピール。


 ではない。


「でも俺って彼方の料理全部好きだから説得力が無いかな」

「そんなことないよ。ちゃんと嬉しいよ」

「そっか。彼方に喜んでもらえたなら俺も嬉しいよ」

「ふぇ?」


 何かがおかしい、と彼方は感じた。

 これまで優斗が彼方の料理の事を美味しいと褒めたことは何度もあるが、ここまで積極的に褒めてくれたのは初めてだったのだ。


「そうだ、勘違いしないでくれよ。俺は料理だけじゃなくて彼方のことが全部好きだかな」

「ふぇ!?」


 そう、優斗は積極的に気持ちを伝えるように態度を切り替えたのだった。


「ゆ、ゆ、優斗君!?」

「どうした? って言うのは意地が悪いか。突然驚かせてごめんな」


 それもやりっぱなしではなく、ちゃんと説明してくれる親切設計。


「俺達ってその、付き合っているっていうか、その、恋人だよな」

「え、あ、う、うん、そ、そう、だね……」


 もうすでに彼方は真っ赤である。

 今は向かい合って座って食べているのだが、恥ずかしくて優斗の顔が見られない。


「だからちゃんと好きな気持ちを伝えようと思って」

「好きな、気持ち?」

「ああ、肝心なところで彼方に頑張らせちゃったから、ここからは俺が男を見せないと」

「(これ以上見せないで!)」


 初戦は優斗の完敗だった。

 彼方に一生想い出に残るような告白をされてしまい、自分が情けないと強く思った。

 だからこれから想いを積極的に伝えて挽回しようと考えたのだ。


「彼方、好きだよ」

「!?」

「彼方、好きだよ」

「!?!?」

「彼方、好きだよ」

「優斗君遊んでるよね!」

「あはは、ごめんごめん」


 敢えて軽い好きを連発してやりすぎることで、彼方に突っ込ませてリラックスしてもらおうと思ったのか。

 その狙い通りに彼方の肩の力が抜けたようだ。


 しかし彼方だってやられっぱなしではない。


 優斗を救うと決めたあの時に腹を括っていたのだ。

 そして智里達から素の優斗はヤバいと聞かされた時に色々と・・・覚悟を決めたのだ。


 いきなりのことで動揺したが、少しだけ深呼吸して冷静さを取り戻す。

 そして綺麗なカウンターを決めるのであった。


「私も優斗君が好きだよ」

「!?」


 美少女が笑顔で微笑んで好きと言ってくれる。

 その破壊力は凄まじいもので、優斗は一生彼方に勝てないのではと思わされてしまった。


 だがここでノックアウトされるわけにはいかない。

 この程度のことなどこれから山ほど経験するのだ。


「なぁ彼方。次からは前みたいに隣で食べないか?」

「…………うん」


 彼方の好意が筒抜けだった頃のように、また隣でイチャイチャしながらご飯を食べたい。

 今なら恋人同士なのだから変では無い筈だ。


 それだけではない。


「デートをしよう。手を繋ごう。肩を寄せ合って座ろう。他にも恋人らしいことを何でもやろう。俺は彼方と幸せになりたい」


 母に言われたからではなく、本気でそう思っているのだと彼方に伝えたかった。


「うん、そうだね。私も優斗君と一杯色んなことをしたい。でも」

「でも?」

「私達の場合、恋人だから何かをしたいって考えなくても大丈夫じゃないかな」

「…………そうかもな」


 意識しなくてもすでに恋人のような関係だったのだ。

 むしろ変に意識する方が上手く行かないかもしれない。


 この二人の場合は素直に自分の気持ちに従って行動すれば立派なバカップルになることは間違いないのだから。


「料理は私だけが作るけどね」

「まだダメなの!?」

「当然だよ。一生私が作るんだから」

「うう、俺の料理愛が」

「あれは料理とは言わない!」


 お気づきだろうか。


 彼方がさらっと『一生』と発言したことに。


 プロポーズしたわけではないのだが、添い遂げる気満々である。


 そして優斗もそこに違和感を全く持たなかった。


 こちらも添い遂げる気満々である。


「おっと、料理が冷めちゃうな。これからのことは食べながら話そうか」

「そうだね」


 それからの二人は無言の空気は何だったのかと言うくらいに話が弾んだ。

 学校のこと、親友達のこと、夏休みの予定。

 これまでと同じく自然に、そして会話の端々に恋人としての好きを潜ませて。




 なんて大人びた展開で終わるわけが無い。


 普通の恋人同士ならそれで良いのだが、この二人は同棲しているのだ。

 しかも手を繋いで隣で寝ているのだ。


「(どうしよう!)」

「(どうしよう!)」


 これまでとは違った意味でドキドキしながら二人はベッドに横になっている。


「(手を出した方が良いのかな。出さないと不安に思われるかな。でもまだ付き合いたてでキスもしてないんだぞ)」

「(手を出されちゃうのかな。私から誘った方が良いのかな。でもまだキスもしてないのに)」


 これまでは恋人でも無いのに一緒に寝ている罪悪感のようなものがあった。

 しかしそれは取り払われ、むしろ簡易ベッドなど使わずに同じベッドで寄り添った方が楽だし自然なのではとすら思えてしまう。


 だがそんなにも接近して何も起きないわけが無い。

 今の距離は二人の心の防波堤でもあるのだ。


「(落ち着け。真摯になるんだ。がっつく男は嫌われるぞ。好きな気持ちを伝えるだけなら他にも方法があるだろう)」

「(落ち着こう。冷静になろう。はしたない女は嫌われちゃう。でも好きな気持ちくらいは伝えたいな)」


 偶然にも二人は同時に同じことを考えた。


「彼方、好きだよ」

「優斗君、好きだよ」

「…………」

「…………」


 この日からこれが二人のおやすみの挨拶となった。

 尤も、眠れたかどうかは分からないが。


 違う意味で眠れなくなる日はすぐそこまで迫っていた。

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