第六章 イチャイチャと悪夢編
1. 円卓会議 (円卓とは限らない)
「ということだったの。これで全部かな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
空気が非常に重苦しい。
机に肘をつき組んだ両手の上に顎を乗せて目を閉じる女子。
姿勢良く座っているが天井を呆然と仰ぎ見る男子。
金魚のように口をパクパクさせている女子。
無表情で微動だにしない男子。
誰もが何も言わず、報告された内容を自分の中で解釈するのに時間がかかっている。
そしてその報告した女子、彼方は話が終わったのに誰も何も言ってくれないから戸惑っていた。
ここはとある喫茶店内に設置されている貸会議室スペース。
そこに優斗に近しい者達が集まっていた。
長い長い沈黙の末、最初に口を開いたのはこの集まりを開催した女子、智里だった。
「三日月さんありがとう。あなたを信じて良かったわ」
いつもキリリとした鋭い眼付きの智里も、この時ばかりは切なげな表情を浮かべていた。
「篠ヶ瀬君がお母さんの言葉に囚われていたなんて、しかもそれを自覚出来ていなかったなんて、そりゃあ分かるわけないわ」
この集まりの趣旨は、彼方がつきとめた優斗の秘密を共有するためのものだった。
優斗を深く敬愛し、深く心配する親友達を安心させるために。
もちろん優斗から話して良いと許可はとってある。
「僕からもお礼を言わせてくれ。ありがとう三日月さん。僕達がずっと分からないことをこんなにもあっさりと突き止めるなんて、これが愛の力ってやつかな」
「私も感謝してます! センパイを助けてくれてありがとうございます!」
閃や秋梨もまた寂しげな微笑みを浮かべて彼方にお礼を告げる。
彼らは優斗が救われたことを喜びながらも、自分の手で救えなかったことが残念でもあったのだろう。
恩を返す絶好のチャンスで役に立てなかったのだから。
「みんなが優斗君をずっと支えてくれたからだよ。私は最後の一押しをしただけだもん」
だがそれは違うと彼方は言う。
これまで彼らが諦めずに優斗に声を掛け続けて来たからこそ、優斗は壊れなかった。
優しい親友達に囲まれているという幸せな日常を提供した。
優斗が救われるための下地を作ったのは彼らだったのだ。
彼方はそのことに気が付いていた。
「…………やっぱり敵わないわ」
「え?」
彼方のフォローを聞いた智里はわずかに驚き、そして幸せそうに苦笑した。
だがその言葉は彼方にとって聞き捨てならないものだった。
もしかしたら智里は優斗の事が好きだったのではないかとも受け取れる内容だったから。
こんな綺麗な人がライバルだなんてどうしようと、他の人が隙入る隙間なんて無い癖に不安になりかけていたのだ。
「ふふ、安心して頂戴。私の想いはそういうのじゃないから」
「あ……その、あの」
いとも簡単に内心がバレてしまったことに彼方は顔を赤くして慌ててしまった。
彼方が智里のことを美人だと思うのと同様に、智里も彼方のことを卑怯なほど可愛いと思っているのだが、そんなことに気付く様子などない。
「ねぇねぇ三日月センパイ。彼方センパイって呼んでも良いですか?」
「もちろんだよ、秋梨ちゃん」
「わぁい!」
一人っ子だった彼方としては妹が出来たような感覚でむしろウェルカムだ。
「それなら私も彼方さんって呼ばせてもらうわ」
「ええ!?」
「あら、私は不満なの?」
「そ、そんなことないよ。智里、さん」
「ふふ、緊張されると寂しいわ。私達はもう仲間であり親友じゃない」
「…………はい」
実は彼方は彼らに少しだけ後ろめたい気持ちがあった。
彼らを差し置いてぽっと出の自分が優斗を奪ってしまった気がしたから。
だが智里から仲間だと言ってもらえたことで、その申し訳ない気持ちは解消された。
もしかしたら智里も彼方の少し遠慮していた雰囲気を察していて仲間だと伝えたのかもしれない。
「僕の場合は名前で呼んでもらう訳にはいかないから、その代わりに昔の優斗のことを教えるよ」
「え! 本当ですか!?」
その瞬間、ガタンと机が鳴ったが智里がある一点を睨みつけたら静かになった。
「それなら私も教える!」
「私は中学の頃のことを教えるわ」
「わぁ、嬉しい!」
再度ガタンと机が鳴ったが、智里が睨むと静かになる。
「僕と優斗の話も説明するよ」
「あら、それは……」
「ダメかな。城北さん」
「彼方さんが困ってしまわないかしら?」
「私が?」
閃が話そうとしているのは優斗に救われた話だ。
だが智里はそれを話すと彼方が困るかもしれないという。
そんなことがあるのだろうか。
「悪い事にはならないでしょうが、覚悟してね」
「はぁ……」
そして彼らによる優斗の昔話暴露大会が始まった。
その結果どうなったのかと言うと。
「~~~~っ!」
無事、彼方が顔を紅潮させてもじもじする恋する乙女モードに突入した。
「ほらね、目がハートマークになっちゃったじゃない」
「確かに困らせちゃったか」
「センパイ可愛い。私もハル君のこと想う時こんな風になってるのかな」
暴漢やいじめなどから体を張って助けた
智里が懸念していた通り、彼方は大興奮でラブラブオーラ全開となっていた。
「優斗君格好良すぎるよぉ……」
そんな彼方の様子を親友達は微笑ましそうに見守っている。
この平和な光景にてこの集まりは終了を迎え……………………無かった。
彼方が落ち着いたのを見計らって、智里がある人物に声を掛けたのだ。
「さて、何か言いたいことはある?」
「…………」
その人物は顔を真っ赤にして項垂れて座っている。
そして小さくぼそりとこう答えた。
「何もございません…………」
多くの事が暴露されてしまって羞恥に悶える人物、優斗である。
この集まりには優斗も参加していたのだ。
だが智里の眼力によって『お前は何も言うな』と封殺されていたのだ。
彼方が説明するたびにフォローという名の言い訳をしようとするため智里がブチ切れたのであった。
「そう、なら念のため聞くわ。もう
「!?」
優斗はハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
そして呆然とした表情で親友達をゆっくりと見回した。
「
「篠ヶ瀬センパイ、
これまで彼らは優斗と会うと必ず『大丈夫なのか』と聞いてくれた。
それは彼方とのことだったり、母親を亡くした悲しみについてのものだとばかり思っていた。
だがそれだけではなかった。
優斗の謎の苦しみについても心配してくれていた。
毎日必ず声をかけて状態が悪化していないか確認してくれていた。
優斗のことを気にかけているのだと教えてくれた。
これまで自分が彼らにどれだけ心配をかけていたのか、そして想われていたのかが『大丈夫』の言葉に集約されていたのだ。
そのことに優斗は今更ながら気が付いた。
彼らに返すべき答え。
それはたった一つしかない。
万感の想いを込めて、混じりけの無い本当の気持ちを乗せて。
「みんなありがとう。みんなが居てくれたから、彼方が居てくれたから、俺はもう
ああ、なんて幸せなんだ。
優斗の瞳から一筋の涙がこぼれ……
「うわああああん!」
「!?」
「ハル君!?」
これまで一言も発していなかった春臣が、このしんみりとしそうなタイミングで突然号泣した。
「センパイ良かったッスうううううううう!」
そして優斗に思いっきり抱き着いて来たのだ。
「ぐふっ」
感情が爆発しているせいか手加減の無い一撃。
秋梨程のパワー馬鹿ではないが、鍛えに鍛えられたタックルは優斗を椅子ごと吹き飛ばした。
「きゃああああ! 優斗君!」
「ハル君何してるの!?」
思いっきり床に打ちつけられた優斗を見て彼方が悲鳴を挙げ、秋梨が慌てて春臣を引きはがそうと駆け寄り、閃と智里は唖然としている。
「センパーーーーイ! 良かったッスうううう!」
「いってぇ。つか、こういうのって普通は牧之原がやるんじゃねぇの?」
「うわああああん!ゼンパアアアアイ!」
「うわ、汚ぇ。離れろって」
色々と台無しである。
だがこれはこれできっと悪く無いのだろう。
いつの間にかここにいる全員が笑っていたのだから。
「そうだ、秋梨と彼方さんと話があるから男子は先に出てくれないかしら」
「ああ、分かった」
今度こそ話が終わって解散という雰囲気だったが、女子だけの秘密の話があるらしい。
「彼方さんに二つ言っておこうかと思って」
「何かな?」
智里は真剣な表情で彼方を見つめていた。
女子だけの秘密の話。
一体何が飛び出して来るのか彼方は少しドキドキしていた。
「まず、さっきも言ったけれど彼方さんはもう私達の親友よ」
「う、うん」
「だから何かあったら遠慮なく相談して頂戴。優斗君のことだけじゃなくて、貴方の事も」
「…………」
簡単な話だ。
智里は彼方を助けたかった。
彼方もまた何かに苦しんでいることを知っていたから。
そして彼方もそのニュアンスを正確に察し、自分が苦しんでいる原因を反射的に思い浮かべようとしてしまう。
「…………あ、ありがとう」
そのせいで苦痛に歪んだ表情になり、秋梨が思わず心配して手を握る。
そのまましばらくすると彼方は元の状態に戻った。
「優斗君に心配かけないように今話してくれたんだね。智里さん優しいな」
「直球で言われると流石に照れるわね」
実は照れる智里の姿などレア中のレアだったりする。
秋梨も驚いた様子でガン見していた。
「今のは私だけじゃなくて私達の総意よ。だから誰でも良いから相談出来る時が来たら遠慮なく相談してね。まぁ篠ヶ瀬君とのイチャイチャでそれどころじゃないと思うけれど」
「にゃ! にゃにを!」
冗談めかしてしまったが、実際に彼方が最初に頼るのは優斗だろう。
そして優斗でも対処出来ない話であれば彼らに相談するという今までの流れは変わらない。
それでも自分達が彼方の味方であるという事を今一度はっきりと伝えておきたかったのだ。
「もう一つの話はソレよ」
「え?」
「彼方さん、これから覚悟することね」
「え?」
「ああ、そういうことですか。私もそう思います。彼方センパイ、大変ですけど頑張ってくださいね」
「え?」
何のことなのかさっぱり分からず彼方は大混乱だ。
流石にこれだけだと不親切すぎると思ったのか、智里が追加で説明してくれた。
「篠ヶ瀬君はここしばらくお母さんのことで色々と不安定だったでしょ」
「うん」
「だからいつもよりも
「え?」
「センパイってグイグイ来るタイプですもんね」
「え? え?」
「恋愛についてはどうか分からないし、あれで案外チキンなところもあるみたいだけれど、間違いなく今までより積極的になると思うわ」
「同感です」
「……今までより……積極的に?」
その事実に彼方は思わず青褪めてしまう。
ただでさえメロメロなのに、積極的に攻められたら自分は一体どうなってしまうのかと。
「私はその、恋愛面では相談に乗れそうにはないけれどここに適任がいるわ」
「私にお任せください!」
男子を追い払い、女子だけで話がしたかった理由はこれであった。
「どうしよう……」
頼もしい仲間がいるはずなのに、彼方は自分が恋愛に溺れてダメになる姿しか想像出来なかった。
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