優斗. 悲しみに打ちひしがれて
ありがとう。
助かったわ。
thank you!
母さんは俺の誇りだ。
母さんの周りにはいつも笑顔が溢れている。
母さんはいつも誰かに感謝されている。
それでいてお礼を言われることに気を良くすることも無い。
助けるという行為に快感を覚えているわけでもなく、他人からの評価を気にしている訳でも無い。
困っている人を助けたくて自分に出来ることをする。
正しいからとか、そうすべきだからとか、そんな理屈だった理由はなく、素直にそう感じるから手を差し伸べる。
小さい頃からそんな母さんの姿をずっと見て来た。
憧れた。
ヒーローのように思えた。
母さんのようになりたいと思った。
母さんも人助けの心得を教えてくれた。
でも俺は子供だったから、遊びを優先して困っている人を見過ごしてしまったこともあった。
そんな俺を母さんは優しく諭して……あれ、なんか鳥肌が立つぞ。
思い出すのは止めておこう。
そんなこんなで俺は母さんの影響で小さい頃から人助けに精を出した。
最初の頃は母さんに褒められたいって気持ちもかなりあった。
何度も失敗を繰り返したし、敵を作ってしまったこともある。
それでも俺は徐々に成長したのだろう。
母さん程とまでは行かなくとも、困っている人には手を貸したいと心から思うようになっていた。
流石に見つけたら手を貸す程度であって自分から探すようなことはしなかったけどな。
そしてその結果、かけがえのない友人達をゲットした。
見返りを求めて手を差し伸べた訳じゃ無いから慕われることを当初は受け入れにくかったけれど、そんなのは一緒に遊んでいたら気にならなくなった。
助けたとか恩とかそんなの関係なく、相性が良かったのだろう。
幸せだった。
こんな幸せがいつまでも続くものだと思っていた。
父さんがいないことは少しだけ寂しかったけれど、母さんと親友に恵まれて幸せな毎日を送っていた。
中学二年のあの日までは。
『篠ヶ瀬、落ち着いて聞きなさい』
あの寒い冬の日の事は一生忘れられないだろう。
担任の先生に呼び出された俺は、母さんが職場で倒れたことを知り慌てて病院にかけつけた。
病名はあまりにもありふれたものだった。
癌。
末期とまでは行かないけれど、かなり進行が進んでいた。
母さんは俺を養うために毎日必死で働いていた。
その忙しさのせいか、ある年、健康診断に行くのを忘れてしまった。
偶然にもその忘れた年に癌が発症し、早期発見に至らなかった。
それから母さんの闘病生活が始まった。
入院しては手術を繰り返し、どうにか退院出来たと思ったらまた悪化や再発して再入院。
そんな生活を繰り返していた。
母さんに漂う死の気配。
それは時間が経つにつれて徐々に濃くなっていった。
正直なところ、俺は母さんが倒れてからの記憶が曖昧だ。
それほどに母さんのことが気になって仕方なかったのだろう。
唯一はっきりと覚えているのは母さんに怒られたこと。
それまで人助けの事で諭されたことはあったけれど、はっきりと叱られたのはそれが初めてだった。
癌で体中が痛くても泣き言一つ言わなかった母さんがガチ泣きしたんだぜ。
アレはマジで辛かった。
理由は俺が母さんのことを気にし過ぎて勉強を疎かにしていたこと。
成績がガクンと落ちた俺の事を心配した母さんが雷を落としたのだ。
母さんに心配かけたんだ、自業自得だな。
そんな母さんのお怒りの効果もあって、当初から予定していた高校に進学出来た。
母さんも喜んでくれた。
でも母さんの状態は良くなるどころか悪化の一途を辿る。
そして長い闘病の末、高校一年の三月頭に昏睡状態に陥った。
ついに来る時が来てしまったのか。
俺は母さんが眠るベッドの傍で涙を流しながら絶望していた。
医者からはもう数日だろうと言われている。
今日明日にもその時が来てもおかしくないと。
もう目を覚ますことは無いかもしれない。
声を聴くことは出来ないかもしれない。
優しさに触れられないかもしれない。
人は体が動かなくても耳だけは最後まで機能すると聞いたことがある。
あまりにも俺が泣き続けるから、その泣き声を聞いた母さんが不安になったのだろうか。
母さんが目を覚ました。
『お母さん!お母さん!』
俺は感情がぐちゃぐちゃになってしまい、ひたすら母さんを呼び続けた。
すると母さんは震える口を僅かに開いて小さな小さな声で俺に語り掛けた。
『泣かないで、優斗』
『優斗が幸せにしてあげたいと思える人にいつかきっと会えるわ』
『その人と一緒に幸せになってね』
それが母さんの最後の言葉だった。
母さんは笑顔で目を閉じ、その直後に生涯を終えた。
それからのことは覚えてないし、
ただただ悲しくて、何をする気にもなれなくて、母さんを失った悲しみに打ちひしがれていた。
春休みの間悲しみ続けたからか、二年生になって学校が再開した時にはどうにか登校することが出来た。
だがその時の俺の姿はまるで抜け殻のようだっただろう。
閃達が滅茶苦茶心配してくれたのに、ホント申し訳ない事をしたと思う。
悲しみは時間が癒してはくれなかった。
生活出来る程には立ち直れたけれど、それは生きるために本能がそうしたというレベルの話である。
それ以降は毎日飽きずにずっと泣きながらベッドに横になっていた。
だがある日、ふと母さんの最後の言葉が頭を過った。
『泣かないで、優斗』
『優斗が幸せにしてあげたいと思える人にいつかきっと会えるわ』
『その人と一緒に幸せになってね』
母さんは俺に『泣くな』と言った。
それなのに今の俺は泣いている。
涙がピタリと止まった。
母さんは俺に『幸せになれ』と言った。
それなのに今の俺は不幸のどん底に居る。
幸せになろうと決意した。
母さんの最後の言葉を守らなければならない。
それこそが俺と母さんとの最後の繋がりであり、手放すわけには行かなかった。
だから強引に感情をねじ伏せた。
泣いたり悲しんだりする気持ちを無かったことにして、幸せであろうと努力した。
笑顔を浮かべていつも通りの明るい自分を演じ始めた。
そして幸せにしてあげたいと思える人を探し、一緒に幸せになるのだと誓った。
だがそんなことを言っても簡単に見つかるわけが無い。
女の子を口説こうにも、それは相手を困らせる行為かも知れないと思うと動けなかった。
時間をかけて女の子と仲良くなればいずれは目標を達成できたのかもしれない。
だが俺は早く幸せにならなければと焦ってしまい、そんな即効性のある案など思いつくはずもなく苦しんでいたようだ。
『幸せにならなきゃダメなんだ』
『幸せになる相手を見つけなきゃダメなんだ』
『どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い。どうすれば良い』
気付けば人差し指が血まみれになっていた。
どうやらあまりのストレスで指を強く噛んでいたようだ。
何かつぶやいていたと閃達も言っていた。
これは後から気付いたことだが、俺はきっと幸せで無ければならないと思い込んでいたからこうやって悩んでいたことすらも忘れようとしていたらしい。
自傷行為をして何かを悩んでいた漠然とした記憶だけしか残っていなかったのだ。
俺はきっと壊れていた。
母さんの言葉に縛られて自分の感情を押し殺して普通を無理やり演じていた。
もしこの状況が続けば俺の心は全壊して取り返しのつかないことになっていただろう。
だがあの日。
あの出会いが俺の運命を大きく変えることとなった。
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