8. 写真を撮りに行こう
「ねぇ優斗君。お母さんの写真の周りを飾らないの?」
「え?」
優斗母の写真は棚の上に置かれているが、そこには写真以外何も置かれていなかった。
それゆえ彼方は飾り気が無いのは優斗母も寂しいのではと感じたのだ。
「それなら」
「ピカピカはダメだよ」
「うっ、そ、そうだよな」
「まったくもう」
優斗母がゲーミングデコにNGを出した話を先日したばかりだと言うのに、真っ先に出るアイデアがそれなのかと彼方は苦笑いだ。
「お母さんが好きなものを飾るのが良いと思うよ」
「母さんが好きなものか。お花かな」
「そういえば花瓶が多いね」
花は活けられていないが、花瓶らしきものが多く置かれていた。
「家中花だらけって程じゃないけれど、そこそこ多かったと思うぞ。俺も水やり手伝ってたけど七か所くらい担当してたな」
「七か所。かなり多いね」
それだけ多いという事はかなり花が好きだったのかもしれない。
写真の傍に置く物としても良さそうなのでこれは確定だ。
「じゃあ今からお花を買いに行こうよ」
「ああ、いいぞ」
「それとついでにこれも」
「スマホ?」
「優斗君の写真も置いてあげたら嬉しいと思うよ」
「はは、少し恥ずかしいな」
ということで急遽外出が決まった。
幸いにも今日は真夏の中でも気温が少し低めの日だ。
お日様の下でデー……散歩するのも良いかもしれない。
「母さんと一緒に良く行った場所?」
「うん、せっかくだからそこで写真を撮ろうよ」
最初にやってきたのは恒例の公園だった。
自然豊かな森林公園。
小さな広場もあって夏休みだからか子供達が遊ぶ声が聞こえてくる。
「俺が小さい頃、母さんに良くこの公園に連れて来て貰ったんだ」
「あんな感じかな」
「そうそう。あんな感じ」
広場では小さな子供が駆け回っており、少し離れたところでお母様方が見守りながら話に華を咲かせている。
恐らくは優斗の母もあの中に居たのだろう。
「私もここには何回か来たことがあるんだ」
「へぇ、じゃあもしかしたら一緒に遊んだこともあったかもしれないな」
「だね」
子供とは不思議なもので初対面の相手とすぐに打ち解けてその日限りで遊ぶことがある。
優斗も彼方も小さい頃から人見知りということはなく、自然と輪に入って遊ぶタイプだったのだろう。
優斗達は少しの間だけ広場を見て昔を懐かしんだ後、写真を撮らずにその場から移動した。
子供達など他の人が多く映ってしまうから遠慮したのだ。
広場を離れた二人は公園内をゆっくりと散策する。
「彼方、あのベンチ覚えてるか」
「~~~~っ!」
「やっぱり覚えているのか」
それは優斗と彼方が肩を寄り添って眠っていたベンチだった。
彼方と出会ったばかりの時の話であり、その頃はまだ正気とは程遠い状態だったので覚えていないかと思ったらはっきりと覚えていた。
真っ赤になった彼方の様子からそれは明らかだった。
「実はあそこのベンチ、俺と母さんが良く座ってた場所なんだ」
「え?」
「母さんと一緒にあそこでアイス食べたりジュース飲んだりしながら話をしたんだ。懐かしいな」
「思い出のベンチなんだね」
あの日、彼方と一緒にここで休んだのも、優斗が昔のことを思い出して自然とここを選んでしまったのかもしれない。
「ねぇ優斗君。座ってみない?」
「え? 良いけど」
彼方は優斗を誘って一緒にベンチに座った。
あの日とは違い、二人の間には少し距離がある。
と思ったらその距離は一気にゼロになった。
「はい、優斗君。撮るよ」
「え? え?」
彼方が突然自撮りを始めたのだ。
優斗が戸惑っている間に、何枚も写真を撮ってしまった。
「急に撮るのはズルいぞ」
「あはは、ごめんごめん。ほら、もう一回撮るよ」
「変顔のやつ後で消してくれよな」
「ほら、もう一回撮るよ」
「スルーされた。チクショー!」
なんてイチャつきながらその場で何枚か写真を撮った。
この場所は優斗にとって母との想い出の場所であり、彼方との想い出の場所でもある。
是非写真に残しておきたいと彼方は考えたのだろう。
「よし、満足満足。次に行こうか」
「次はここの神社?」
「ああ、彼方は来たことがあるか?」
「うん、夏祭りとかお正月に毎年来てたよ」
「やっぱりか」
次に二人がやってきたのは近所にある神社だ。
ここはこの辺りで一番大きな神社であり、毎月のように様々なイベントが行われている。
特定の何かにご利益があるといった特徴は無いが、初詣で行列が出来る程には地域で愛されている神社である。
「母さんとは毎年一緒に初詣に来てたな」
「恒例行事だったんだね」
「ああ。しかも母さんったら入院中も初詣のために外出許可とったんだぜ」
「そこまでして!?」
「俺としては母さんの病気を治してくれない神様なんてって気分だったのに、母さんは最後まで信じてたみたいだ」
そう切なそうに言う優斗の横顔を見ながら彼方は想う。
「(お母さんはきっと優斗君のことを願ってたんだろうな)」
困っている人を見捨てられない優しい人なのだ。
自分の病気のことよりも優斗の未来を心配して願っていてもおかしくはない。
自分がもう長くないと分かっていたのなら、なおさらその気持ちは強かっただろう。
「じゃあ次の初詣は私が優斗君のお母さんの代わりに神様にお願いしなきゃね」
「え?」
「優斗君が酷い料理を作りませんようにって」
「そりゃないよ」
「あはは」
「あはは」
笑い合いながらも彼方は思う。
優斗の母はこうして優斗が笑顔でいられることを願ったのではないかと。
「ねぇ優斗君。今年の夏祭り一緒に行こうね」
「そうだな」
「初詣も一緒に行こう」
「そうだな」
「いっぱい楽しもうね」
「…………そうだな」
まずはその最初の一歩、とでも言わんばかりに彼方は優斗の腕を取り写真に収めたのであった。
「母さんと一番一緒に来たのはやっぱりここかな」
「なるほど」
最後にやってきたのはスーパーマーケット。
優斗と彼方が色々と買いに来るいつものお店だ。
「優斗君の家もここで買ってたんだ」
「メインはここだな。後は安売りとかここには無い商品が欲しい時には他に行ってたけど」
「やっぱり私の家と同じだ。近いからそうなるのかな」
「かもな」
両親との思い出は何かと問われてスーパーでの買い物に着いて行ったことと答える人はあまりいないかもしれないが、カートを押したがった思い出なんかは多くの人にあるのではないだろうか。
「優斗君はあれ買って~とか我儘言わなかったの?」
「どうだろう。言った覚えはないけれど、もしかしたらやっちゃってたかも」
「ふふ、優斗君が駄々こねる姿とか見て見たかったな」
「やめてくれよ。恥ずかしい」
そんな話をしながら食材をかごに入れて行く。
流石にスーパーの中で想い出の写真を撮ることはしない。
だがその代わりに別の想い出に遭遇した。
「あら、優斗君じゃない」
「
「?」
それなりの年齢の大人の女性が優斗に声をかけてきたのだ。
しかも優斗はその女性を知っている様子。
「(優斗君に大人の女性の知り合いがいたなんて。誰だろう)」
彼方は流石に嫉妬はしなかったが、何処のどなたなのか興味津々だ。
「あれ、もしかしてお邪魔だったかしら」
その女性は彼方の方を見てそう愉快そうに笑った。
「いや別にそんなことは無いです」
「赤くなっちゃって可愛い。そっか、優斗君に春が来たのね」
「そういう言い方は止めて下さいって」
「あらごめんなさい」
自分が優斗の彼女だと思われていることが嬉しくて彼方もこっそり顔を赤くしていた。
もちろんその女性にはバレバレだったようで微笑ましそうに見られてしまったが。
「優斗君が幸せそうで良かったわ。それじゃあこれ以上お邪魔するのも悪いから私はもう行くわね」
その女性はそうやって最後にまた揶揄うと二人の元から去っていった。
「ねぇ優斗君。今の人って誰……!?」
そう尋ねながら優斗の顔を見た彼方は愕然とする。
「……っ……くっ」
「優斗君!?」
優斗が歯を食いしばり辛そうな表情に変わっていたのだ。
それはまさにあの教室での姿を彷彿とさせるような雰囲気だった。
「かな……た……?」
「優斗君! 優斗君! 大丈夫!?」
スーパーの中で多くの人の注目を浴びながら、優斗は力なく倒れそうになり彼方が慌てて抱き留めた。
「(え、なんで? なんで突然こうなるの!?)」
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