7. それだけはダメ

 何かがおかしい。


 彼方が優斗の家に住むようになってから数日。

 得も言われぬ違和感が彼方の心に纏わりついていた。


 しかしどれだけ考えても、どれだけ優斗の家の中を確認してもその正体が見つからない。


 気のせいなのかもしれないと思おうとしたけれど、一度気になってしまったら中々それを忘れることは出来なかった。


「ああ~もう」

「彼方?」


 夕食の準備をしている時に思わずその気持ちが口から出てしまい、優斗が頭にクエスチョンマークを浮かべて彼方を見ている。


 彼方は反射的に思わず嘘をついてしまった。


「ごめんね。野菜が綺麗に切れなくて」

「珍しいな」


 料理上手な彼方が失敗するのも、苛立たし気な声を口に出すのも見たことが無かった。

 慣れない環境で生活をしていることで何か疲れているのかもしれないと思ったのか、優斗はリビングからキッチンへとやってきて心配そうに声を掛けた。


「もしかして疲れてる? 少し休んだ方が良いよ」

「え? ああ、違うの。そういうんじゃないの。あはは、心配かけちゃったね」


 傍から見ると過保護に思えなくもないが、彼方は心に爆弾を抱えているのでどれだけ些細なことであっても心配するのは当然だ。

 彼方もそのことが分かっていたからなるべく心配をかけないようにと振舞っていたのだが、それが失敗してしまった形になる。


「遠慮しなくても良いよ。続きは俺がやるか」

「ダメ、ゼッタイ」

「ヒエ」


 突然感情がすっぽりと抜け落ちた表情になり優斗のキッチン入りを断固拒否する。

 無表情なのにゴゴゴゴとでも擬音がつきそうな猛烈なプレッシャーを放つ彼方を前に優斗は思わず後ずさってしまった。


 優斗は未だに料理の手伝いすらさせてもらえていなかった。


「ユウトクン、リビング、モドル、オケ?」

「オ、オケ」


 優斗を怖がらせてしまったことを誤魔化すため、彼方は少しふざけながら優斗を追い返した。

 そうして優斗がリビングに戻ったのを確認してから料理を再開する。


「(流石に手伝いくらいは許しても良いのかな。でも絶対余計な事するよね……)」


 ゲーミング粥のトラウマは簡単には消えてくれなかった。


 一体何をどうすればあそこまでマズい料理、いや廃棄物が出来るのだろうか。

 腐った生ごみの方がまだマシな味がするのではないか。

 決して人間が口にしては良い物ではなかった。


 料理好きとしては食材を最低最悪に変化させる優斗をキッチンにいれるなど考えられない。


「(優斗君もまだ子供っぽいところがあるってことなのかな。キラキラしたものが好きなんて……あれ?)」


 その瞬間、ブルっと一際大きな鳥肌が立った。

 これまで感じていた違和感の正体が分かったのだ。


 これまでその正体が分かりそうで分からないムズムズした状態が続いてもどかしかったが、答えに気付いたことで嫌な感覚がさっぱりと消えて無くなり爽快感に打ち震えた。


「あ!」


 そして最高の気分が唐突に訪れたからこそ、思わず声をあげてしまった。


「彼方?」


 優斗はまたしても彼方の様子が気になりキッチンへやってきた。

 もしかしたら包丁で指でも切ったのかもしれないと心配だったのだろう。


 だが優斗を彼方はジェスチャーで静止させた。


「ごめんごめん。びっくりさせちゃったね。ちょっと気付いたことがあって思わず声に出ちゃった」

「気付いたこと?」

「うん」


 彼方は再度料理に戻り、準備をしながら優斗と話を続ける。

 真面目に向かい合って話をするような大した話では無かったので雑談風味の対応である。


「今更だけど優斗君のお家って普通なんだなって気が付いたの」

「どういうこと? 普通じゃないって思ってたのか?」

「うん。もっとキラキラしてるかと思ってたの。だってほら、優斗君ってそういうの好きでしょ」

「あ~そういうことか」


 ゲーミング料理やゲーミング遺影。

 優斗がゲーミング的な青や紫を中心としたキラキラしたものが好きなのだろうと彼方は感じていた。

 それならば優斗の家にはその手のものが多くあるのではないか。


 しかし実際はそのようなものは一切見かけず、それが違和感となっていた。


「簡単なことだよ。母さんに止められたからさ」

「お母さんが?」

「ああ、『それだけはダメ』って買わせてくれなかった」

「お母さんグッジョブ」

「彼方!?」


 家中がチカチカしていたら寛げるはずが無い。

 優斗の母は子供の趣味嗜好を否定するような人には見えないが、心を鬼にして必死で止めたのだろう。


「でも自分の部屋なら飾れたんじゃない?」


 家中をゲーミングデコされるのはNGだとしても自室ならば母も止めなかったのではないか。

 しかし優斗の部屋もまた普通の男子の部屋って感じだった。

 青色が中心ではあったけれども、あくまでも普通のインテリアの範囲のものだった。


「飾りたかったんだけどな……」

「(なんでそこで言い淀むんだろう)」


 人に言いにくい部屋を飾らない理由なんて彼方には思いもつかなかった。


「気分じゃなくてさ」

「(私の馬鹿ああああ!)」


 恐らくは優斗がゲーミング某に興味を持ったのは中学生の頃なのだろう。

 つまり正真正銘中二病の一種だ。


 だがその中二病を堪能した時間はとても短かった。

 中学の半ば以降、優斗は母の病気でそれどころでは無かったのだから。

 だから部屋を飾り付けるなんてことを考えられもしなかったのだろう。


 まさかこんなことで母を失った悲しみという地雷を踏んでしまうとは思わず彼方は内心で自分の頭をポカポカ叩いた。

 可視化されたら可愛いと優斗が言いそうだ。


 そんな風に彼方が自己嫌悪に陥っていたら、優斗がとんでもないことを言い出しかけた。


「でもそうか、そうだよな」


 何がそうなのか。

 この話の流れで優斗が何を考えてしまったのか。


 彼方は嫌な予感がした。


「今ならもうアリだよな」


 何がアリなのか。

 そんなことは聞かなくても分かるだろう。


 つまり優斗は彼方の言葉で部屋を飾り付けたいと思っていた昔の気持ちを思い出してしまったのだ。


「よし、いっそのこと明日」

「ダメ」

「え?」

「ダメ」

「いや、でもここ俺の家」

「ダメ」


 彼方は徹底抗戦の構えだ。

 もちろん彼方だって優斗の趣味を否定したいわけではない。

 むしろどんな趣味であれ受け入れてあげる理解あるタイプの女性である。


 しかしゲーミング某に関してだけは認められなかった。


「お母さんが『それだけはダメ』って言ったんでしょ? それなのにやっちゃうの?」

「うっ……」


 優斗の母が嫌がっていたことをやるのはどうかと思ったのだ。


 特に彼方は想い出を残すことに価値を感じるタイプの人間だ。

 優斗の母が暮らしていたこの家に不必要に手を入れることに抵抗もあったのだろう。


「なら自分の部屋だけでも」

「私が眠れなくなっちゃうからダメ」

「えぇ」

「くすくす、なんてね」


 どうやらこっちは冗談だったようだ。


「(でもきっと優斗君はやらないんだろうな)」


 優斗は相も変わらず彼方のために行動している。

 生活の全てを彼方に捧げていると言っても過言ではない。


 そんな優斗が彼方の事を放って自分の部屋を好みに変えるなど考えられなかった。


「(そのくらいしても良いのに。本当に優しい……あれ)」


 彼方がまだ心に大きな問題を抱えているから優しくしてくれるというのは分かる。

 いつ心の傷に苦しみ出すか分からないから四六時中傍に居ようとしてくれるのも分かる。


 何故なら優斗は優しいから。

 これまでずっとそうしてくれたから。


 でも。


「(ずっと優斗君だからって思ってたけれど、それにしても優しすぎない・・・・・・?)」


 ここまで尽くしてくれるのは普通ではないのではないか。

 彼方はそのことに今更ながら気付いたのである。

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