6. 相談しよう
『そう、母親の事を教えて貰ったのね』
『はい。でも肝心の事は分かりませんでした』
優斗から母の話を聞いた後、彼方は智里とスマホで情報共有をした。
優斗が抱えている問題について相談するためだ。
『あなたでもダメなのね』
『城北さんも教えてもらってないのですか?』
『ええ、彼の母親が亡くなっていることは彼に近しい人ならみんな知っているけれど、
『そうなんですか……』
優斗は母を失い悲しんでいることを彼方に教えてくれた。
だがそれは別段隠し立てしているものでは無いようだ。
そして問題なのが『その先』について。
優斗は母の死を悲しみ涙した。
それはあまりにも普通の光景だった。
鬼気迫るような表情では無く、ごく普通に家族を亡くした人の悲しみ方だった。
「(他にも何かあるってことなのかな。
彼方もまた、両親の突然の死だけで心が壊れたわけではない。
そこにとある追い打ちをかけられたからそうなってしまったのだ。
もしも優斗にも自分と同じことが降りかかったとするならば。
「っ!?」
胸が酷く痛む。
動機が激しくなる。
嫌な汗が出てくる。
アレを思い出そうとすると心が悲鳴をあげようとする。
「彼方!」
彼方の異様な雰囲気を察したのか、洗濯物をクローゼットなどに仕舞っていた優斗が慌ててやってきた。
「だい……じょうぶ」
不思議なことに優斗の声を聴くだけで心がすっと軽くなった。
先程までの荒れっぷりは何だったのかと思えるくらいに心が穏やかだ。
「優斗君凄いね」
「え?」
「ふふ、何でもない」
その後も心配して傍に居ようとする優斗をどうにか追い返し、彼方は再度スマホを手に取った。
「(乗り越えなくちゃ。優斗君のためにも)」
優斗が自分と同じように家族の死の後に追い打ちを受けたかどうかを確かにするために、確認しなければならないことがある。
『城北さんは優斗君のお母さんのお葬式に参加しましたか?』
『私は行ってないわ。都成君や後輩コンビは参加したようだけれど』
智里は優斗の母と面識が無かったから仕方ないことだ。
一方、閃や後輩ズは小さい頃から優斗と仲が良かったということもあり家に遊びに行くなどで優斗母とも交流があった。
それゆえ葬式に参加していたのだ。
『その時に何か変わったことがあったか聞いてませんか?』
『特に聞いてないわ。あったらとっくに言ってるでしょうし』
『そうですか……』
閃達もまた優斗の事を心配しているため情報共有を欠かしていない。
キーとなりうる優斗母の死の前後に何かがあればとっくに話題に挙がっているだろう。
『せっかくだからその辺も情報共有しておくわ』
智里からもたらされた話は優斗母が亡くなる前後の優斗の様子について。
中学二年の冬、教師が優斗を呼び出し、真っ青になった優斗が慌てて早退したのが始まりだった。
それ以降、優斗はいつも何かを気にかけてソワソワしている様子で、何をするにも身に入っていない様子だった。
中学三年の時、成績が下がっていることを母親に心配されたことが理由でちゃんと勉強するようになり、目標としていた高校に無事合格。
その後も優斗母の容体は良くならず、優斗はフラフラとした中途半端な高校生活を送り、ついに高校一年の三月に優斗母は亡くなった。
それからしばらくは流石に露骨に悲しんでいた様子だったが一か月ほどかけて徐々に元気さを取り戻す。
しかしその代わりに例の追い詰められたような姿に度々なるようになった。
『それじゃあ優斗君が変わったのはお母さんが亡くなってからしばらく後のことなんですね』
『ええ。丁度その頃にあなたに出会ったのよ』
彼方の両親と優斗の母親が亡くなった時期はほぼ同じだ。
優斗は親友達が傍に居てくれたこともあり、悲しみを少しずつ受け入れて前を向こうとしていた。
一方で彼方は味方が誰もおらず、悲しみをこじらせて心を壊していた。
そんな二人があの雨の日に出会ったことに、運命的な何かを彼方は感じてしまった。
「(優斗君と出会えたのは偶然じゃなかったのかな。なんてね)」
それはさておき、肝心な問題には何も進展がない。
『優斗君が変わった頃に何かがあったのでしょうか?』
『そう思って聞いてみたけれど、何も無いって言うのよ。あれは隠している雰囲気じゃなくて本気で言ってたわ』
智里達も考えられることは全て試したのだろう。
残された手段は優斗に直接聞くことだが、それがあの状況を悪化させる可能性があると思うと出来ないでいる。
それが優斗を心から心配する者達が置かれた今の状況だった。
『あなたでも分からないとなるとお手上げね』
現時点で誰よりも優斗が心を許している彼方であってもその理由を察せなかった。
『分からないことに変わりは無いのですが、一つだけ気になることがあります』
だがそれでも彼方だからこそ気付けた一つの違和感があった。
『優斗君はお母さんの事が大好きだったと思うんです』
『そうね、それは間違いないわ』
『それにしてはお母さんが亡くなってから立ち直るのが早すぎると思います』
家族を、しかも仲の良い親を亡くしてしまった。
それなのに一か月程度で元気になるのだろうか。
親友が傍に居てくれたとしても早すぎるのではないか。
彼方の場合はイレギュラーな状況が立て続けに起こったため色ボケになるまで立ち直ったが、普通に両親を亡くして優斗がおらず友達が慰めてくれるだけであったのならば、夏休みを迎える今でさえもまだ深く沈んでいる確信があった。
それほどまでに家族を亡くした悲しみというのは重いのだ。
そしてその悲しみは実際に体験した人でないと分からない。
未経験である智里や閃や後輩達には分からない。
彼方だからこそ感じられた違和感。
もしかしたらそこにヒントがあるのかもしれない。
『先程のお手上げは訂正するわ』
『?』
『お願い。篠ヶ瀬君を救ってあげて』
『はい!』
智里との話が終わると優斗が恐る恐るやってきた。
「か、彼方?」
「優斗君。ごめんねスマホばっかり弄ってて」
「それは良いんだけど……」
「さっきのこと? 大丈夫だよ、ほら元気元気」
両腕をエル字に曲げて可愛い笑顔で答えることで心配を払しょくさせてあげようとする。
「(でもいつかあの話もしないとね)」
彼方に残された大きな問題。
そのことについて少し思い出すだけで酷い状況になりかけた。
しかしそれも優斗が傍に来てくれただけですぐに落ち着いた。
優斗がいればきっと向き合える。
そしてその時はそう遠くないのだと彼方は感じていた。
「…………」
「?」
そんなことを考えていたら、彼方は優斗の視線がスマホに向けられていたことに気がついた。
「もしかしてコレが原因かもって思ってる?」
「あ、いや、その」
「あはは、違うよ。友達と会話してただけ」
「そっか……」
彼方の変調の原因が分からないからまだ不安なのかもしれない。
優斗の表情はどうにも晴れない。
そこで彼方は気持ちを切り替えてもらうためにちょっとしたいたずらを思いつく。
「もしかして誰と話してたか気になってる?」
「え?」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
優斗は素で驚いている。
その心の隙をついて敢えて動揺させることを言ってみた。
「都成君、って言ったら嫉妬してくれる?」
「!?」
一瞬だけ優斗がかなり嫌そうな表情をしたのを彼方は見逃さなかった。
「わぁ、嫉妬してくれた。嬉しい」
「いや、今のは別にそういうんじゃ」
「ふふ、安心して。私の連絡先には優斗君以外の男の子の……って優斗君の連絡先も入ってないよ!?」
照れさせようと思ったら、とんでもないことに気付いてしまった。
なんとこの二人、あまりにもいつも一緒に居すぎるため、スマホで連絡する必要が全く無く、連絡先を交換していなかったのだ。
大慌てで登録することになり、狙いとは違うが優斗の憂いを帯びた雰囲気は霧散されるのだった。
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