3. 一方的な攻防戦

「あ! 明日の話をするの忘れるところだった」


 優斗の指の手当てをしてお約束の羞恥暴走を終えた彼方は本題を思い出した。

 元々最初にやろうと思っていたことは別にあり、話の流れで妙な展開になってしまったのだ。


「明日……何をするつもりなんだ?」


 包帯が巻かれた指をチラチラと気にしながら優斗は恐れていた。

 初手指チュパなら次は何をしてくるのか想像も出来ないからだ。


「優斗君のお家に行きたい!」

「は?」

「優斗君のお家に行くの」


 繰り返さなくても意味は分かっている。

 問題なのは何故行きたいのかだ。


「俺の家に? なんで!?」

「なんでって、優斗君のこと知りたいからだよ」


 相手の家に行くことで分かることは沢山ある。


 キッチンを見れば料理に慣れているかどうかが分かる。

 床や棚を見れば整理整頓が慣れているかどうかが分かる。

 部屋の汚れ具合を見れば掃除の頻度や得意不得意が分かる。


 その他にも飾りつけのセンス、几帳面さ、好きな物など、数多くのことが分かるのだ。


 この申し出が指チュパとは比べ物にならない程まともな提案であることを優斗は分かっている。

 それに彼方の家に自分がこうして入り浸っているのに自分の家はNGだなんて言えるはずもない。


「待って。ごめん、それはちょっと待ってくれ」


 しかしそれでも優斗はストップをかけた。

 慌てて待ってくれと懇願した。


「どうして?」

「恥ずかしい話なんだけれど、部屋が汚くてさ」


 好きな女の子に荒れ果てた男の部屋など見せたくない。

 見せるならばせめて片付けをさせてくれないか。


 その気持ちは分からなくもない。

 だがその『片付け』で彼方が見たかった大事なものを隠されてしまう可能性もある。

 それゆえ彼方は攻めに出た。


「むぅ、うちの汚い姿を見ちゃったんだからおあいこでしょ」

「そういう汚さとは違うんだよ。うちはそのゴミとかがさ……」


 彼方の家は確かに荒れ果てていたが、それは棚を倒されたり衣服が散らばったりと言った『荒された』風の荒れ方だった。

 しかし優斗の家はゴミ屋敷的な意味合いに近い荒れ方なのだろう。


「もう、ダメだよ。ゴミはちゃんとこまめに捨てないとね」

「いやまぁ、はい、仰る通りで」

「それじゃあ私が片付けてあげる」

「え!?」


 そんなの悪いよ!

 と断ろうとしたが思い出した。


「優斗君の家のお片付けだ。わーい」


 彼方は家事が得意でしかも大好きだったのだと。

 優斗の家を片付けられることが純粋に嬉しそうだ。


 だがそれでも優斗はどうにか止めようとする。


「いや、でもヤツが出てくるかもしれないよ?」


 ゴミを放置しているほどに汚いのならば、黒い悪魔が出て来てもおかしくはない。

 そう言えば流石の彼方も引き下がるだろうと考えたのだ。


「うわぁ。それは嫌だな。そんなに酷いなら一刻も早く片付けないと」


 逆効果だった。

 嫌そうな顔をしたけれど、それほど苦にしないタイプなのかもしれない。


 最早彼方を止める術はない。

 だが優斗は必死に頭を巡らせてどうにか待ってもらおうと考えている様子だ。


 その姿を見て彼方はピンと来た。

 もしかしたら見られたくない本当の理由はゴミではなく他にあるのではないかと。


「分かった。えっちなのを見られたくないんでしょ」

「え゛!?」


 優斗だって年頃の男子なのだ。

 その手のモノがあってもおかしくはない。


 それを隠したがっていると考えればこれほど焦るのも分からなくはない。


「大丈夫だよ。男の子がそういうの持ってるのは普通のことだって知ってるから」


 半分本音である。

 そしてもう半分は『これからは私がいるから使わないよね』である。


 流石にこれはあまりにも恥ずかしいので表に出ないように必死に自制した。

 しかしこの考えばかりに気を取られていたため、別のとんでもないことを口にしてしまった。


「それに参考にしたいし」

「え?」

「あ」


 ここまでガンガン攻めていた彼方だったが、失言に気付きみるみるうちにいつも通りの真っ赤なお顔に大変身。


 慌てて優斗に先程と同じ指示を出す。


「優斗君! 耳を塞いで目を閉じて一分!」


 もちろんやることはいつものお約束だ。


「ああああああああ!何言っちゃってるのおおおおおおおお!?」


 ボロボロのソファーがトドメをさされる日はそう遠くないかもしれない。




「と、に、か、く! 明日は絶対に優斗君の家に行くからね!」


 先程の発言は無かったことにして話が再開された。


「いや、でも、ちょっと」


 優斗の反論は全て問題無いと封じたのだが、まだ諦めようとしない。


「(ここまで拒否されると逆に気になっちゃうよ)」


 絶対に嫌、という雰囲気で無いのがまた悩みどころである。

 彼方としては優斗が心から困っているのであれば強引に行くつもりは無いのだが、優斗の反応は恥ずかしさによるものにしか見えなかった。

 恥ずかしい姿など山ほど見せてしまった彼方にとって、そのくらい良いでしょと思ってしまうのは当然のことだ。


 それにどんな恥ずかしいものがあるのかと気になって仕方がない。

 優斗が拒否すればするほど行きたい気持ちがどんどん強くなってしまう。


「そんなに見られたら困るものがあるの?」

「まぁ、そう、かな。俺も困るし、彼方も困るって言うか」

「え? 私も?」


 見る方も困るものと言われて彼方は困惑した。


 敢えて挙げるならば先ほども挙げたえっちなものだ。

 それ以外で考えるならば人には言えないタイプの趣味のものだろうか。

 まさか犯罪行為に関係するものというわけでは流石に無いはずだ。


「大丈夫だよ。むしろ困らせて」

「えぇ……」


 これまで優しくされすぎて困らされることは多々あった。

 でも優斗のダメなところによって困らされたことはゲーミング関係以外では記憶にない。


 優斗に迷惑をかけられるのならば全く気にならない。

 むしろ迷惑をかけて欲しい。

 面倒を見てあげたい。


 優しくされるだけではなく優しくしたい。

 愛されるだけではなく愛したい。


 優斗のダメなところも含めて知りたい、受け入れたい、手を差し伸べたい。

 それが彼方の愛の形だった。


「ダメ?」

「っ!?」


 こてんと小さく首をかしげる。

 正気を取り戻した今でもこの行為が自然と出てしまう。

 どうやらこれは彼方が元々持っていた癖なのだろう。


 可愛らしい顔で見つめられた優斗は悩みに悩んだ結果、許可を出してしまうのであった。

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