第五章 優斗編
1. 今度は私が
「(どういうことなの?)」
優斗の不穏な姿を目の当たりにした彼方は声をかけることなく自分のクラスに戻った。
これまでとは全く違うタイプの混乱に襲われ、フラフラと自席につく。
「かなちゃんどうしたの?」
「愛しの旦那さんに会いに行ってたんでしょ?」
そんな彼方を心配してか友達の二人が茶化しながら話しかけて来た。
「それが良く分からなくて」
「?」
「?」
そう答えてふと気づいた。
優斗が彼方の知らないところであれほどに異様な雰囲気を纏っているのならば学校で噂になっていてもおかしくない。
それならこの二人は優斗のあの姿について知っているのではないかと。
「ねぇ、優斗君のその、妙な噂って聞いたことある?」
「妙な噂?」
「何それ。というか名前で呼んでる!」
「ほんとだ!」
二人は全く心当たりが無い様子だ。
考え事をしていたからか自然に優斗呼びをしてしまったことを揶揄われたが、それを気にする余裕も無かった。
「(やっぱりあれは優斗君じゃない? ううん、それは絶対にありえない。 だとすると噂になってないのは何故?)」
先程の優斗の姿を思い出し、不安が押し寄せてくる。
だがそれと同時にあることを思い出した。
「(そうか、都成君だ。都成君が女の子達に悪い噂を流さないようにお願いしてたのかも)」
優斗から閃のことは聞かされていた。
親友であり優斗のことをいつも心配してくれる良い奴だと。
そしてクラスで女の子に囲まれてチヤホヤされていると。
その閃が優斗のために噂を抑えていた可能性は高い。
「(それなら都成君に聞けば良いのかな。でも……)」
優斗に内緒で閃に話を聞く。
それはあまりにも危険な行為だった。
例えそれが優斗のための行為であったとしても、邪推されかねない。
イケメンの閃が気になっているのではないかと。
それがバレてギスギスした展開になる物語など山ほどある。
だとすると誰に相談すれば良いのだろうか。
優斗と同じクラスの女子に知り合いが居ただろうか。
そんなことを考えていたら。
「ちょっと良いかしら」
「え?」
見たことの無い美人の女子が彼方に声をかけてきた。
「(わぁ、綺麗な人。でもちょっと怖い)」
彼方に負けず劣らずの黒髪美人でスタイルは抜群。
彼方と大きく違うのは眼鏡をかけていて表情が少しキツめのところ。
姿勢が正しく立ち居振る舞いが堂々としているところなど、物語に登場する貴族の令嬢かとでも思えた。
「あの、私でしょうか?」
ここには彼方を含め三人いる。
視線がまっすぐに彼方に向けられていたから間違いないとは思うが念のため確認した。
「ええ、あなた先程うちのクラスに来てたわよね」
「え?」
ということはこの人物は優斗と同じクラスの女性ということだ。
あの時は男子しか探していなかったので全く見覚えが無かった。
「自己紹介が遅れてごめんなさい。私は
「え!?」
胸がドキリとした。
優斗にこんなにも美人な友人がいるなんて知らなかった。
いや、それよりも本当に友人なのだろうか。
もしかしたらそれ以上の関係の可能性も無いだろうか。
こんなに美しい人を男の人が放って置くはずが無いだろう。
「(そんなことない! なんてことを考えるのよ! 私の馬鹿!)」
優斗の想いを思わず疑ってしまいそうになった自分を脳内で叱りつけた。
「ふふ、それで良いのよ。嫉妬くらいしてくれなきゃ困るもの」
「え?」
「こっちの話」
智里の厳しい視線により、まるで心の中を覗かれているかのような気がしてゾクリと鳥肌が立った。
「それであなたはどうするの?」
あまりにも不親切な問いだ。
何についての話なのかも説明せずに突然意思確認をしてきた。
でも智里が優斗の友人であるならば、そして優斗のあの姿を見た彼方を追ってきたのならば、質問の意図は自明である。
「(私は……)」
奇しくも智里がこう問いかけたことで、あの人物が正真正銘優斗であると認めざるを得なかった。
そして優斗が何らかの問題を抱えていることを知ってしまった。
また、気付いたことはそれだけではない。
「(私は優斗君のことを何も知らなかったんだ……)」
思えば優斗が自分の事を話したことは殆ど無かったし、彼方も自分から聞くことは無かった。
興味が無かったのではなく、想いを受け取るだけで精一杯だったから。
だがそれは今までのこと。
気付いたのならば行動すれば良い。
知らなかったのならば知ろうとすればよい。
好きな人が苦しんでいるのなら手を差し伸べれば良い。
他ならぬ優斗がしてくれたように。
ただそれだけのこと。
彼方は優斗が幸せにしてあげたいと思える人物だ。
その彼方がウジウジと悩んで行動出来ないなどありえない。
「優斗君と一緒に幸せになりたい」
まるでプロポーズのような言葉だが恥ずかしい気持ちは微塵も湧いてこなかった。
智里の挑戦状とも思える問いに返すにはこれ以外の答えは考えられなかったのだ。
この答えこそが決意の証。
想われるだけの女を卒業するという宣言。
智里の厳しい視線を真っ向から受け止め、強い
智里は彼方の答えを聞いても表情を全く変えず、少し考えてからスマホを取り出して差し出して来た。
「そう、それならこれ」
「え?」
「私の連絡先よ。何かあったら遠慮なく相談して。都成だと相談し辛いでしょ」
「あ……はい!」
彼方は最強の仲間を手に入れた。
――――――――
「彼方、今晩大事な話があるんだ」
一学期最後の日。
帰宅途中に優斗はそう彼方に伝えた。
『大事な話』
色々と候補はあるけれど、少し顔を赤くして照れている様子から察するに恋愛絡みの事なのだろう。
それを察した彼方はこう返した。
「実は私も大事な話があの」
そしてその日の夜、夕飯と後片付けが終わり一息ついてから二人はリビングのソファーに横並びに座って向かい合った。
「私から先に言うね」
彼方は先手を取り優斗の言葉を封じた。
「優斗君のおかげでこんなに元気になったよ。本当にありがとう」
「どうしたしまして」
優斗はいつもの柔らかな笑顔で答えてくれる。
その表情からはあの教室での姿は想像出来ない。
しかしあれは間違いなく現実だった。
彼方は一瞬だけチラりと優斗の左手人差し指を見た。
そこに巻かれた包帯こそが優斗に秘密があるという証拠なのだ。
二人が出会う前からずっと巻かれていたその包帯こそが。
「優斗君には私の事をたくさん知られちゃった。恥ずかしい事もそうでない事も。でもまだまだ伝えたいことは沢山あるの」
単純な趣味嗜好について。
まだ話していないトラウマについて。
そして燃えるように熱い恋心について。
もっと知って欲しい。
もっと好きになって欲しい。
もっと心の深いところで繋がりたい。
でもそれには彼方が伝えるだけではダメなのだ。
「そして優斗君の事をもっと知りたいな」
「…………」
少しだけ優斗の瞳が不安げに揺れた気がする。
意識して見なければ分からない極々僅かな変化。
「お願いです。優斗君の事をもっと知ってから、改めて大事な話をさせて下さい」
「あ…………」
だからまだ告白はしないでください。
優斗はその意図に気付き、少しだけ切なげな表情に変化した。
「分かった」
そしてそれだけを答えた。
「(ごめんね、優斗君。でも今のまま恋人になったらダメな気がするんだ)」
今日、優斗が告白して彼方がそれを受けて恋人同士になったら、それこそ彼方が妄想していたようなイチャラブ生活が始まるだろう。
そして彼方は間違いなくその誘惑に勝てない自信があった。
だがその幸せには大きな罠が潜んでいる気がしたのだ。
確証はない。
あくまでも直感だ。
そしてその罠こそが優斗が抱えている何かなのではないのかと感じていた。
優斗から想いを受け取り続けたからこそ、その想いの中に潜んでいた僅かな違和感に彼方は無意識ながら気が付いていた。
それゆえ告白を先延ばしにして、先に優斗の問題にチャレンジすることにした。
「そうそう。私の事を一つ教えてあげるね」
「え?」
「私って夏休みの宿題は早めに終わらせるタイプなの」
「俺の宿題も早く終わらせようって話?」
強引に話題転換をして妙な空気を振り払おうとしたのだろうと優斗は勘違いしていた。
夏休みの宿題は単なる比喩に過ぎない。
「ふふ、そうじゃないよ」
彼方はその優斗の反応におかしそうに笑う。
そして最高の笑顔を浮かべてこう告げたのだった。
「全力でやるから覚悟してね」
宿題を早く終わらせて、妄想通りの最高の夏休みを過ごすために。
「(今度は私が優斗君を助ける番だよ)」
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