彼方. え? 誰?
お父さん。
お母さん。
大切に育ててくれたのにごめんなさい。
彼方ははしたない女の子になってしまいました。
初対面の男の子を裸で誘ってしまいました。
同じベッドで一緒に寝て抱き着いてしまいました。
何度も何度も誘惑してしまいました。
もうお嫁にいけません。
篠ヶ瀬君以外は……
はっ、私今何を!?
またハレンチなことを考えそうになってた。
考えるだけならまだしも口に出しそうだった。
以前はこんなこと無かったのに。
篠ヶ瀬君が優しさてんこ盛りのショック療法で治してくれたからおかしくなっちゃった。
それとも恋をするとこんなになっちゃう性格だったのかな。
ち、違うよね。
後遺症だよね。
そうに違いない。
これ以上は考えたくない。
ほら、ほらほらほら。
やっぱり篠ヶ瀬君のせいだよ。
篠ヶ瀬君が優しすぎるからおかしくなっちゃったんだよ。
落ち着かせてくれたり、私のために怒ってくれたり、私の感情を振り回し過ぎ!
はぁ……篠ヶ瀬君。
ううん、優斗君。
好き、なんだろうな。
これで好きじゃ無かったら何を好きって言うんだって話だよ。
まっほーやみっちーは告白しちゃえばって言ってた。
告白、かぁ。
優斗君は受け入れてくれるかな。
いやいや、あんなに優しくしてくれてダメなんて言われたら男性不信になって恋なんか二度と出来なくなっちゃうよ。
だからきっと大丈夫。
自制出来るか分からないけれど、今以上に幸せな毎日になると思う。
でも。
実を言うと罪悪感がある。
お父さんとお母さんが亡くなってまだそれほど経っていないのに、心を壊して現実逃避してしまう程にショックを受けていたのに、こんなにもあっさりと恋にうつつを抜かすようになるなんて酷くないかな。
もちろんお父さんとお母さんがそう思わないのは分かってるよ。
私の幸せを願ってくれていると思う。
私が悲しまないで笑っていて欲しいと間違いなく思っている。
それでも罪悪感は拭えない。
後ろめたい事を考えてしまう。
自分は冷たい人間なのではないかと。
あるいは逃避先を恋に変えただけでは無いのかと。
私は本当に優斗君のことが好きなの?
なんて馬鹿なことを考えていたけれど、それが本当に馬鹿なことだったって直ぐに分かった。
私はまだ何も乗り越えてなんかいなかったから。
事故の話を思い出そうとすると体が震えて涙が止まらない。
優斗君が傍に居なかったならば、きっとまた壊れてしまっていた。
優斗君に止められなければ何をしていたか分からない。
辛さも悲しみも何一つとして忘れてなんかいなかった。
少しでも気を抜いたら私は動けなくなってしまうだろう。
決して冷たい人間なんかじゃなかった。
優斗君に支えられながらずっと嫌な気持ちと戦っている。
そんな私が恋をしているのは、そんな私でも恋してしまう程に優斗君が素敵な人だから。
ただそれだけのこと。
お父さん。
お母さん。
待っててね。
絶対に乗り越えて幸せになってみせるから。
――――――――
でも恥ずかしいセリフを言ってしまう癖だけは早く治したいなあ。
アレだけは告白して恋人になったとしても耐えられそうにない。
あまりの恥ずかしさにまたどこかに頭をぶつけて優斗君を心配させちゃう。
治すにはどうすれば良いのかな。
せめてもっとマイルドに表現できれば良いんだけど。
そうだ、練習しよう。
やらかしたことがあまりにも恥ずかしくて優斗君への接し方にまだ少し悩んでいるけれど、受け一方だと優斗君から迫られた時にポロっと本音、じゃなくて恥ずかしいセリフを言っちゃう。
だから私から優斗君にアプローチしてマイルドな愛情表現をし続ければ段々とそれが自然になってくるはず。
自分からアプローチするなんて恥ずかしいけれど、優斗君のことは間違いなく好きだしもっと酷いセリフを言うくらいなら頑張らないと。
思えばずっと優斗君から想いをもらいっぱなしだった。
私からも想いを伝えないとダメだよね。
壊れてた時のことはノーカンです。
よし、頑張るぞ。
まずは何からやろうかな。
学校は今日と明日で一学期が終わりだから、家で出来ることの方が良いかな。
でも学校で出来ることは今のうちにやっておいた方が良いよね。
学校で想いを伝える?
どうするの?
優斗君がやってくれたことを思い出してみよう。
優斗君は朝教室まで送ってくれて、昼休みに来てくれて、放課後迎えに来てくれる。
だったら私から会いに行くのはどうだろう。
そうだよ、これまでずっと優斗君から会いに来てもらってばっかりだった。
優斗君に甘えっぱなしだった。
それじゃあダメ。
私からも行動しないと。
昼休みは優斗君が来ちゃうから、試しに授業の合間の短い休みに声をかけに行ってみよう。
優斗君のクラスは確か四つ隣だったかな。
いるかな、いるよね。
お手洗いに行ってたらどうしよう。
それなら次の休み時間に再チャレンジかな。
うう、なんかドキドキしてきた。
優斗君のクラスに行くだけなのに足が震えちゃう。
優斗君もこんな風に緊張してたのかな。
そう思うと猶更来てもらってばかりだったことが申し訳なくなる。
ここだ。
このクラスに優斗君がいる。
何してるかな。
友達とお話してるかな。
それとも寝てるかな。
女の子と話してたら……や、妬かないもん!
ああもう余計な事考えないの。
時間短いんだから、早く見つけて声かけよう。
……
…………
……………………
いない……のかな?
優斗君らしき人が見当たらない。
お手洗いかな。
仕方ない、やっぱり次の機会に……あ、都成君がいた。
窓際の席に座っている男の人と話をしてる。
もしかして優斗君かな?
この位置からだと都成君の体で隠れていて顔が良く見えない。
立ち位置を移動してその人の顔を確認しようかと思ったら都成君が横に動いてくれた。
え? 誰?
その顔には見覚えがあった。
その髪型には見覚えがあった。
机にかけられている鞄にも見覚えがった。
でも違う。
あの人は私が知っている優斗君じゃない。
何かに追い詰められたような怯えた目つき。
温かみの欠片も感じさせない鬼気迫る表情。
包帯の巻かれた左手人差し指を口に突っ込み激しく噛んでいる。
あれは誰?
優斗君と似た別人?
それがありえないことだなんて分かっているのに、そう思わなければ信じられなかった。
それ程までに私の知る優斗君とその人の印象はかけ離れていた。
いつも陽だまりのように温かく私を包み込んでくれた優斗君。
それが優斗君のありのままの姿なのだと思っていた。
私は優斗君のことを何も知らなかったのだ。
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