閃. 親友
篠ヶ瀬優斗は僕の親友だ。
そして恩人でもある。
僕が優斗と出会ったのは小学五年生になりたてのクラス替え直後のこと。
あの時の事は今でも鮮明に覚えている。
優斗は僕を見つけると直ぐに近寄って来てこう言ったんだ。
「やぁ、遊ぼうぜ」
あまりにも自然に声をかけて来るものだから驚いちゃって、思わず『なんで?』って普通に聞き返しちゃった。
そしたら優斗ったら何て言ったと思う?
「あいつらと遊ぶよりも君と遊んだ方が楽しそうだから」
だってさ。
それを聞いたあいつらの顔ったら傑作だったよ。
馬鹿にされたと思って苛立つ奴とか、責められたと感じて目を逸らす奴とか、今更後悔して気まずそうにする奴とか、とても醜いものだった。
でも不思議とざまぁみろ、みたいな気持ちは起きなかったな。
それはきっと目の前の太陽みたいな笑顔に目を奪われていたから。
これが僕と優斗の出会いだった。
そして僕をいじめから救い出してくれた瞬間だった。
何故僕がいじめられるようになったのか。
その理由は良く分からない。
線が細くて弱そうだからか、それとも物静かで大人しいからか。
僕が誰かに何かをしたわけでは無かったと思う。
小学生になって間もなく、気が付いたらそういうポジションになっていた。
何をするにも仲間に入れて貰えず、男子からは殴られ、一緒の班になったら露骨に嫌な顔をされ、授業でのペアは誰も組んでくれず、物を隠され、壊され、誰かの悪事の罪を着せられ先生に無実の罪で怒られる。
女子は気持ち悪いと僕を蔑み、先生に怒られない程度に机を離し、徹底的に無視された。
先生は僕を除け者にしないようにと軽く注意する程度で何も対処してくれない。
学校に味方は居なかった。
きっと父に言えばなんとかしてくれたんだと思う。
父は僕のことを大切に思ってくれていたから。
学校やPTAとかに抗議して働きかけてくれたと思うし、転校させてくれたかもしれない。
でも言えなかった。
父は母を亡くしてから必死で働いて一人で頑張って僕を育ててくれていたから。
夜遅くまで働いているのも僕を育てるために仕方なくだって知っているから。
僕と一緒の時間をあまり作れないことを申し訳なく思っていることを知っているから。
そんな父に負担をかけたくなかった。
だから家では何でもないフリをして、学校は楽しいと嘘を言い続けた。
学年があがればいじめが和らぐなんてことは無かった。
むしろどんどん酷くなり、次第に生傷も増えていった。
先生は相変わらず見て見ぬふり。
あの頃の僕はまだ小学生だというのに、人生に絶望していた。
このまま永遠に酷い学校生活が続くものだと諦めていた。
もしかしたらいじめっ子が手加減をミスって殺される可能性もあるのではとすら思っていた。
そんな時に君は僕に手を差し伸べてくれたんだ。
クラス替えでいじめっ子の中心人物と離れられなかったけれど、代わりに君が一緒のクラスになってくれた。
それからの毎日はとても楽しかった。
学校で初めて友達が出来たからというのもあるんだろうけれど、優斗との相性も良かったんだと思う。
何をやっても楽しくて、笑い合うのが楽しくて、子供らしく馬鹿なことをするのが楽しかった。
いじめっ子達を協力して撃退したあの戦いは学校中を巻き込んだ大騒動になって、未だに語られているんじゃないかな。
そういえば優斗に声をかけられた直後、もう一つ嬉しい事があったんだ。
ある朝、父が突然僕に抱き着いて来た。
「すまない閃。俺は何も気付いてやれなかった」
父は僕がいじめられていたことを知ってしまったらしく、涙ながらに気付けなかったことを謝ってくれた。
大人でもあんなに泣くんだって僕はその時初めて知ったよ。
僕も父の胸の中でわんわん泣いちゃった。
でも僕は知ってるんだ。
僕がいじめられていることを優斗が父に教えたんだって。
父は問い詰めても決して口にしなかったけれど、その時の反応からなんとなく分かった。
それから父はどれだけ忙しくても僕との時間を作ってくれて、学校にも積極的に働きかけるようになった。
いじめられなくなったことで、優斗以外の友達も出来た。
優斗は僕を地獄から救い出してくれただけでなく、僕が欲しい物をたくさんくれた。
君のおかげで心からの笑顔を浮かべられたんだ。
感謝してもし足りない。
僕は君のためなら何でもするよ。
君が困っていたら助けてあげたい。
命を懸けて君を守ると誓おう。
君は僕の恩人であり、親友だから。
僕が優斗のために出来ることは何だろうか。
優斗が将来何らかの問題に直面した時に出来ること。
暴力的なトラブルから守るのはもう先約が二人もいた。
一応僕も鍛えて優斗の盾になれるようにしておくけれど、荒事は基本的に彼らに任せよう。
法的なトラブルから守るのは、後に出会うあの人が適役だった。
必死に勉強したけれど無駄になっちゃったかな。
金銭的なトラブル。
これは僕の、というより僕らの役割だ。
父が起業した会社が順調に成長し、それなりに裕福な家庭になったから。
父も僕と同じくらい優斗に感謝しているから、優斗に何かあった場合に援助は惜しまないだろう。
女性に関するトラブル。
これも僕の役割だ。
小さい頃は線が細くて弱々しかった僕だけれど、運が良い事に男らしいイケメンに成長した。
女の子達が寄って来るのは正直面倒だけれど、優斗にふさわしい女の子を探すためと思うことにした。
そして一番重要なのが優斗の精神的な支柱になること。
あの日から優斗が僕を支えてくれたように僕は君の傍で君を支えたい。
君の幸せのためならば、どんなことだってやってみせる。
尤も、そんな風に誓ったところで僕は無力な子供でしか無い事を思い知らされることになったのだけど。
母親を亡くした優斗にどう接して良いかが分からなかったんだ。
傍に居て声をかけ続ける事しか出来ない。
どうすれば優斗の心を救ってあげられるのかが分からない。
暴力、法律、金、女性。
それらに対処出来るから何だと言うんだ。
僕が優斗を気遣うと、君は大丈夫だと力ない笑いで応えてくれる。
助けてほしいと、頼って貰えない。
僕は優斗の心の支えになれていなかった。
正直少し悔しかったよ。
優斗が興味を抱いた三日月さんという女性に少しだけ嫉妬した。
でも優斗が彼女を選んだというのなら、僕は全力で応援しよう。
念のため調べたら彼女は優斗に相応しい心優しく美しい女性だと分かった。
現在進行形で問題を抱えているとはいえ、元の彼女は非の打ち所がない女性だ。
きっと優斗を支えてくれるだろう。
二人が幸せな未来を歩けるように、僕は優斗の親友として見守ることにした。
いじめ問題は少しだけ圧力をかけたけれど、そこから派生した問題は暴力的な話だったので彼らに任せた。
その問題が解決すると、今度は三日月さんの父親の会社絡みのトラブルに巻き込まれたようで僕に相談してくれた。
嬉しい。
ついに優斗が僕を頼ってくれた。
正確には僕の父を頼っているわけだけれど、そんな細かい事はどうだって良い。
僕に相談してくれたことが嬉しいんだ。
それに相談はそれだけではない。
優斗は気付いてないかもしれないけれど、三日月さんとの惚気話を僕に聞かせるのは恋の悩みを相談させて欲しいって無意識に感じているからだ。
優斗が頼ってくれるなら、僕は全力で応えなければ。
その想いは父も同じだった。
「なに!? 優斗君が困っている? 任せろ!」
父は自分の会社を使って三日月さんの父親が勤めていた会社に圧力をかけて闇を暴いた。
まったく利益にならない行為に社員や仲間達から怒られたらしいけれど、それでも動いた。
当然だね。僕だって絶対にそうするし、やらなかったら僕が父を叱っていたよ。
会社のことはこのまま父に任せて、僕は優斗の相談役としてこれからも傍に居よう。
少なくとも高校を卒業するまでには優斗が抱えているものを全て解決してあげたい。
三日月さんとのことも、それ以外のことも。
でも一体どうすれば良いのだろか。
どうすれば優斗を助けられるのだろうか。
どうすれば優斗は僕に助けを求めてくれるのだろうか。
僕はまだ優斗が抱えているものの正体を知らない。
それを突き止めて解決するのは、もしかしたら僕では無く三日月さんなのかもしれないな。
あはは、やっぱりちょっとだけ悔しいや。
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