9. 告白しちゃえば?
「おお~い、かなちゃ~ん」
「返事しとくれよ~」
彼方の友達が声をかけるけれども、自分の席に座ったまま全く反応が無い。
「つんつくつーん」
「熱っ! なんてね」
両頬を突かれて弄られても硬直したままだ。
目を見開き、唇をわなわなと震わせ、息遣いが少し荒い。
「ダメだこりゃ」
「大量の湯気が出てるねぇ。干からびちゃいそう」
もちろん実際には出ていないが、出ていてもおかしくない程の顔の赤さだ。
「かなちゃん、篠ヶ瀬君が来てるよ」
「にゃ、にゃ、にゃ!」
流石にこれには強く反応して慌てて廊下を見るが、どれだけ探しても優斗の影も形も見られない。
それもそのはず、今は授業中だからだ。
授業と言っても期末特有の自習であり大抵の人は勉強などせずに自由に話をしているが、別のクラスの優斗がやってくることはまずないだろう。
そんなあからさまな嘘にも気付かない程に今の彼方はてんぱっていた。
「何この可愛さ全振りの生き物」
「これが萌えというやつか」
優斗が居ないことが分かると彼方はゆっくりと元の体勢に戻った。
「まぁでも気持ちは分かるけどね」
「あんなこと言われたらねぇ」
優斗が彼方のことを想って激怒したところに彼女達は偶然にも居合わせてしまった。
そしてあまりにも強い想いを目の当たりにして、彼方の恋心がオーバーヒートしてしまったのだ。
「あんなこと言われたら私だっておかしくなっちゃうよ」
「分かる分かる。私だったら早退して急いで帰って枕に顔埋めてバタバタしちゃいそう」
「私は河川敷とかで全力で走ってとにかく大声出しちゃいそう」
「青春だねぇ」
「だねぇ」
その最高の青春を謳歌している彼方が少しだけ羨ましかった。
そして同時に、あまりにも辛い目にあった彼方が幸せそうなことが嬉しかった。
「かなちゃん、そろそろ起きなさい」
「あう」
自習時間も半分が過ぎている。
次の時間は普通に授業があるのでその前に起こしてあげようと少し強めに額を叩いた。
「お目覚めですかな、お姫様」
「王子様のキスじゃなくてごめんね」
「ぷしゅう」
「こら、それじゃあ元に戻っちゃうじゃん」
「ごめーん。やっちゃった」
仕方なくもう一度強い刺激を与えて強引に目を覚まさせる。
「かなちゃんそんなんで夏休みどうするの?」
「耐えられるの?」
「…………無理」
せっかく気持ちが落ち着いて来たのに、今回のことでまた逆戻りだ。
それに、もしこれが治まったとしてもあの優斗の事だ、何度も無自覚に堕としてくるに違いない。
耐えられる気がしなかった。
「やれやれ、これで付き合ってないっていうんだから馬鹿げてるよね」
「何もしてないとかマジで信じらんない」
同棲バレしてしまったので、彼方は二人には優斗との今の関係について簡単にだけれど説明してある。
なお、二人の中ではこれまで彼方に手を出さなかった優斗のことを紳士なのかヘタレなのか評価が半々だったりする。
「いっそのこと告っちゃえば?」
「ふぇ!?」
彼方の友達は軽い気持ちで言ってみただけだったが、言ってから案外良い案ではと気付いた。
「恋人なら『篠ヶ瀬君ありがとう好き好き大好き抱いて!』って言いやすいでしょ」
「にゃ、にゃに言ってるの!?」
「素直に気持ちを表現出来るってだけでも楽になりそうだけど」
「素直にって……」
ありがとうとお礼を言い、抱き締め、キスをして、そしてそれ以上も。
「~~~~っ!」
想像するだけで恥ずかしい。
だけれどもそれが恋人として当然の行為であるならば良い意味で慣れるだろうし、今みたいにどう気持ちに向き合えば良いか分からずに硬直するなんてこともなくなるだろう。
確かに告白して恋人になることは、彼方の救いになるのかもしれない。
だが。
「一緒に住んでるんだよ!? そんなことしたらどうなると思ってるの!?」
性欲バリバリの高校生だ。
同棲していて、相手が好き過ぎて、体の関係を始めてしまったら、タガが外れて連日盛りまくる不健全な生活になる気しかしない。
優斗がどこまでのめり込むかは分からないけれど、少なくとも彼方は優斗の優しさに常に触れ続けることで我慢出来なくなるだろう。
「あ~ごめんかなちゃん。し~」
「え…………あ!」
自分から『一緒に住んでいる』などと同棲していることを断言してしまった。
同棲バレしてはいたが、半信半疑の人もそれなりにいた。
そうは言っても高校生だし同棲してるわけないっしょ、的な空気も少しはあったのだがそれが吹き飛ばされてしまった。
「もうやだぁ」
凹みながらも彼方は考える。
「(告白かぁ)」
優斗に想いを伝え、恋人になる。
えっちなことも想像してしまうけれど、それを抜きにしても幸せなことだと素直に思う。
恋人として夏休みを仲睦まじく過ごすのはとても魅力的な提案だ。
あの紳士的な優斗のことだ、案外今まで通りの関係が続く可能性もある。
それはそれで心が繋がっているから幸せだろう。
「(心が繋がってる?)」
それは間違いない。
理屈じゃなくて感情がそう断言する。
でもどうして繋げることが出来たのだろうか。
差し出された優斗の心を彼方が手に取ることで二人の心は繋がった。
「(篠ヶ瀬君はどうして私のためにここまでしてくれるんだろう)」
では何故優斗は自分に心を差し出してくれたのだろうか。
不思議とそのことが無性に知りたくてたまらなくなった。
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