8. 優斗の怒りと重すぎる友情
「優斗トイレに行くのかい? 僕も一緒に行くよ」
授業の合間の休み時間、優斗がトイレに行こうとしたら閃がついてきた。
いわゆる連れションである。
中学生ではないので別に閃が連れションじゃないとトイレに行けないなどという理由では無い。
「三日月さんとはどう?」
「上手くやってるよ」
「そうみたいだね」
閃の耳に入って来る二人の噂は徐々に少なくなっていた。
つまり噂になるほどのやらかしが減っているということなのだろう。
「くれぐれも例の件は気を付けるんだよ」
「分かってるって。アレを素直に渡せば問題無いんだろ」
優斗はスマホで閃とやりとりをして、近いうちに起こるであろう事件についての対策を立てていた。
それは彼方のプライベートに関わる話であるため、他人に聞かれないようにとぼかして会話をする。
この念押しをするために閃はトイレについてきたのだろう。
「あれ、トイレにソレを持って行くの?」
「ああ、ほつれちゃってな」
「そう……」
優斗が手にしていたのは包帯だ。
左手人差し指に巻かれた包帯が取れかかっており、それをトイレで交換するつもりらしい。
閃はそれを見て何かを言いたげだったが口にする事は無かった。
そして用を足してトイレから出た時、ちょっとした事件が起こる。
優斗と閃が相談していたのとは別の突発的な事件だ。
「てめぇが篠ヶ瀬か、探したぜ」
「え?」
筋骨隆々の見覚えの無い男子が声をかけてきたのだ。
「誰?」
「
「お前本当に物知りだな」
「色々と教えてくれる人達がいるからね」
閃を狙う女子達が話す噂の中に出て来たことがある男なのだろう。
「それで何の用ですか?」
わざわざ探して声をかける程の用事が権佐原にはあるということだが、生憎と優斗には全く思い当たることが無かった。
「三日月に近づくな」
「は?」
権佐原の口から飛び出したのは彼方のこと。
しかも敵意を篭めた目で優斗を睨みながら恫喝しているかのような雰囲気だ。
この男が彼方の事を想っており、彼方と仲の良い優斗を排除するつもりなのだとすぐに理解した。
「断る」
だが優斗が権佐原の言う事を聞く道理など何処にもない。
むしろ良くこの二人の間に割って入ろうとするなと誰もが驚くだろう。
優斗と彼方の仲睦まじい姿を見たことが無く、単に彼方に言い寄る羽虫とでも思っているのかもしれない。
「てめぇ、怪我してからじゃおせーぞ」
しかも権佐原は武力をチラつかせて優斗を脅した。
愚かとしか言いようがない。
優斗はそんな脅しには全く屈せず逆に権佐原に質問した。
「君は彼方の事が好きなのか?」
「名前で呼ぶんじゃねぇ!」
権佐原は名前呼びが気に入らなかったのか、質問に答えず激昂した。
「へぇ、君は彼方のことを名前で呼べないのか」
「な、なんだと!?」
本当ならば無視すれば良い相手だ。
こんなクズなんかと相手するだけ時間の無駄だ。
しかし優斗は無視するどころか苛立ちを隠そうともせず、権佐原に強い口調で言葉をぶつける。
普段の温厚な雰囲気からは考えられない程の変貌だ。
一体何が優斗をそうさせているのか。
そこまで苛立つ程に何故初対面の権佐原が気に入らないのか。
「そもそもお前は今まで何してたんだよ」
「はぁ!?」
「彼方が苦しんでた時に何やってたんだって言ってんだよ! 好きな女が苦しんでいる時にてめぇは何してたんだ!」
「うっ……」
少なくともこれまで優斗はこの男を見たことが無い。
彼方を好きだと言うのなら、その影くらいは見てもおかしくないはずだ。
つまり権佐原は彼方が苦しんでいる間、近づくことすらしなかった。
「本当に好きなら真っ先に駆け付けてやれよ!」
そうすれば少なくとも彼方は学校で孤立することは無かった。
強そうな見た目の男に守られていたら玲緒奈はきっと手を出せなかった。
いじめ問題は早々に解決し、あるいは起こりすらしなかっただろう。
彼方に近づく男を排除しようとするくせに、彼方に手を差し伸べる事すらしなかった。
それが優斗を激怒させた。
「う、うるさい!」
権佐原は優斗の詰問に反射的に手が出そうになる。
ぶっとい腕が優斗の首元に伸びる。
「優斗に触れるな」
「!?」
その腕を閃が掴んだ。
「な、動かねぇ!」
見るからに怪力の持ち主である権佐原が捕まれた腕をピクリとも動かせない。
「君は確か以前から三日月さんに言い寄っていた人だね。断ってもしつこくつきまとってくるから彼女が怖がってるって女子達から聞いたことがあるよ」
「べ、別に付きまとってねーよ! いいから離せ!」
もう片方の手も使って全身の力で振りほどこうとするがそれでも外れず焦る。
「それに三日月さん以外の女の子にも声をかけてたんでしょ。それも美人な女の子ばかり」
「うるさい! うるさい!」
「ああ、そういえばこんな噂も聞いたことがあるよ。三年生の凄い美人な先輩が顔に怪我してしばらくガーゼを貼っていたらその間だけは君が来なかったって。これって事実なのかな?」
「黙れええええええええ!」
事実ならば最低以外の言葉が出てこない。
だが彼方がボロボロで身だしなみを整えられなかった時に来なかったことを考えると事実なのかもしれない。
「まぁそれが事実かどうかなんて僕にはどうでも良いんだけどさ」
「いでええええ! や、止めろ! 離せ!」
閃は掴んだ腕に更に力を込めた。
固い筋肉に指がめり込み、尋常ではない程の力が込められているのが見て取れる。
権佐原はすでに涙目だ。
閃は握った腕を引いて権佐原を引き寄せ、首根っこを強く掴み上げる。
そして至近距離で殺意を篭めた視線を浴びせた。
「優斗と三日月さんに二度と近づくな。さもなければ」
殺すぞ。
とでも言いそうな雰囲気だ。
あまりの威圧感に権佐原はビビリまくり。
当初は屈強な男に見えたのに涙目で怯えてプルプル震える姿からは強さなど欠片も感じられない。
「ひええええ!」
閃が手を離すと権佐原は床を這うように一目散に去っていった。
後に残されたのは閃と優斗。
そしていつの間にか集まっていたギャラリーだ。
多くの人に醜態を見られた権佐原はまともな学校生活を送ることがままならないだろう。
元から嫌われていたのであまり変わらないかもしれないが。
「閃、やりすぎ」
激怒していたはずの優斗もこれには苦笑いだ。
「そうかい? これでも手加減したんだけど」
「こえーよ」
「だってここであれ以上やったら停学になっちゃうからさ。そうしたら優斗の傍にいられないだろ」
「こえーよ」
「後でちゃんとトドメさしておくから」
「こえーよ!」
爽やかイケメンスマイルに戻っているのに不思議と近寄りがたい怖さがある。
「優斗のためならこのくらい普通の事だよ」
「友情が重すぎるわ!」
閃が実は
だからこんな騒ぎの後でも平然と今まで通りに接することが出来るのだ。
伊達に親友をやっているわけではない。
「まぁでもサンキュな。あれだけやればもう絡んでは来ないだろ。安心安心」
「どういたしまして。でも優斗はまだ安心できないんじゃない?」
「なんで?」
「ほら、あそこ」
閃の視線の先。
そこには。
「~~~~っ!」
真っ赤な顔したあの子が立っていた。
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