5. 行方不明
「三日月さんの趣味?」
「なんだろう」
月曜日、優斗は彼方を良く知るクラスの女子達に話を聞いた。
「そう言われてみると思いつかないね」
「うん。一緒に遊ぶ時は何でも楽しそうにしてたし」
「ドラマやアニメの話もするし、好きな歌とか好きな俳優の話もするけど」
「ドハマりしてるって感じは無かったよね」
しかし残念ながら彼女達でも彼方の『好きなこと』は分からなかった。
もしかすると無趣味で何でも程よく楽しめるタイプなのかもしれない。
「そうかぁ。それじゃあ普通に遊ぶしか無いのかな」
趣味に打ち込ませることで継続的な強い『楽しい』を与えてメンタルの回復を早める優斗の作戦は失敗となった。
しかしみんなで一緒に遊ぶことに効果的があると分かっただけでも良かったのかもしれない。
昨日程の効果は無くなるかもしれないけれど、これから頻繁に遊びに誘うことで右腕の解放時期が少しでも早まるかもしれないのだから。
「相変わらず三日月さん愛されてるねぇ」
「ホント羨ましい。彼氏欲しい~」
「だからそういうんじゃないって」
「「またまた~」」
話題の中心となっている彼方は教室内でも優斗の右腕を抱いたままだ。
そんな姿を見せられて年頃の高校生が恋愛に結び付けない訳が無い。
もう少し強く否定しておくべきかと優斗が悩んでいたら、女子の一人が何かに気付いたかのように声をあげた。
「あ、そうだ。そういえば三日月さんって……」
「おいお前らちょっと良いか」
しかしその言葉は他の女子の声に遮られてしまった。
「え?」
「…………」
「…………」
その瞬間、優斗達の会話を微笑ましく見守っていたクラスの空気が一気に冷めた。
優斗と会話をしていた女子達も途端に険しい表情に変わった。
「誰?」
声をかけてきた女子は二人で、炎上を恐れずに表現するとどちらも『頭の悪そうなギャル』だった。
制服をだらしなく着崩しているのは当然で、ピアスを始めとしたアクセ類を沢山身に着け、髪をカラフルに染めてたっぷりと日焼けしている、いかにも勉強せずに遊び惚けてますと見た目で宣言しているような女子だった。
その女子達を優斗は見覚えがあるのだが思い出せない。
「篠ヶ瀬君、ほら、あの時の、その……」
先程まで話していた女子が教えてくれようとしているのだけれど、妙に言い淀んでいるため良く分からない。
しかしクラス内の剣呑な空気と言い辛い相手の組み合わせでピンときた。
「あの時の取り巻きか」
彼方へのいじめの黒幕の取り巻き。
優斗がクラス中にぬいぐるみについて聞き込みをしていた時に、黒幕と一緒に居た女子達だった。
「(そういえばこいつら全然見かけなかったな)」
あの事件の後、優斗は黒幕がまた何かを仕掛けてこないかと警戒していた。
しかしそれ以来、黒幕の姿を見ることは無かったため忘れかけていた。
そして見かけなかったのは黒幕だけではなく取り巻きも同じだった。
「何の用?」
優斗は自分の体で彼方を二人から隠すように位置取り、警戒する。
味方の女子達もまた優斗の傍に寄り体を張って彼方を守ろうとしてくれる。
「そんなに警戒しなくてもあたし達は何もしねーよ」
「聞きたいことがあるだけ。別に答えてくれなくても良いし」
取り巻き達からは攻撃的な雰囲気が一切感じられない。
むしろテンションがかなり低く感じられた。
取り巻き達は危険では無いのだろう。
しかし彼女達の話の内容は優斗の心を激しく揺さぶるものだった。
「あんたら玲緒奈に会ってない?」
「は? 玲緒奈? 誰?」
玲緒奈とは誰の事か。
どこかで聞いたことがあるような名前だが、すぐに思い出せなかった。
今回も味方の女子が教えてくれた。
「一番悪い奴」
「ああ、あいつ玲緒奈って言うのか」
お互いに自己紹介したわけでもなく、当時の会話の中で一瞬名前が出て来ただけ。
だから特に覚えてはいなかったし、覚えたくもなかった相手だ。
「何で俺に聞くんだよ。お前らの方が詳しいだろ」
取り巻きなのだからいつも一緒に遊んでいるはずだ。
どうせ学校をさぼって遊んでいるのだろう。
その程度にしか考えていなかった。
「あいつ何処行ったか分からないんだよ」
「連絡しても返事こねーし」
「は?」
しかし取り巻き達は玲緒奈の行方を知らないという。
学校にも来ておらず、行方不明になっていたのだ。
「んでさ、あんた達なら会ってるかも知れねーって思ったんだけど、その様子じゃ知らないみたいだな」
「何で俺達があいつに会わなきゃならねーんだよ」
嫌な予感がする。
気持ち悪い汗が噴き出てくる。
何かとんでもないことを見落としていたのではと、心が警鐘を鳴らしている。
「そりゃあ玲緒奈があんたらに復讐しに来るはずだからさ」
玲緒奈はクラスメイトを脅して彼方を孤立させ、傷ついた心に塩を塗り込もうとしていた。
その作戦は優斗の登場によって阻止され、そして
自分がやったことの報いを受けただけのこと。
そのことに憤ったとしても、それは復讐などと呼ぶにはあまりにも馬鹿馬鹿しく、ただの逆恨みだ。
だけれども悪人にその論理は通じない。
悪行だとしても、報いだとしても、自分の行いが邪魔されたのならば復讐の念を抱いても何らおかしくはない。
何故そのことに至らなかったのかと、優斗は自分の愚かさを呪った。
とっくに全てが終わっていた可能性もあるのだと気づき、震えが止まらなかった。
呑気に遊んでいる場合では無かったのだ。
「玲緒奈って何故か三日月の事がすげぇ嫌いだったから、このまま何もしないなんてあり得ないし」
「それに玲緒奈は半グレ?反社?って言うんだっけか、そういうヤバい男達とマジでつるんでるからマジでヤバいことやってくると思うよ」
そんな典型的な悪人に彼方が狙われている。
せっかく全てが良い方向に向かっていたと思っていたのに、ぶち壊しにされてしまう。
優斗は頭が真っ白になってしまった。
取り巻き達はそんな優斗に最後に一言告げて去ろうとする。
「もし玲緒奈に会ってあんたらが無事に帰れたらどうなったか教えてよ」
その背に、味方の女子達が声をかけた。
「教えてあげる必要は無いよね」
「それに何で知りたいのさ。やっぱり『友達』だから?」
玲緒奈の事が心配だから行方を知りたがっているのだろう。
この場に居る誰もがそう思っていたけれど、取り巻き達の答えは全く別のものだった。
「キャハハ! 友達だって、ウケるぅ」
「あたしたちは単なる玲緒奈の学校での暇つぶし相手」
「そうそう、あたしたちも玲緒奈が金持ってるから一緒にいただけだし」
「あんな終わってる女と友達になんかなりたくないよねー」
玲緒奈は彼女達から慕われているわけでは無かった。
金で釣り、学校での遊び相手として傍に置いていただけ。
お互いそれを分かっていてギブアンドテイクの関係でつるんでいた。
だからこうして簡単に関係が途切れてしまう。
それを分かっている彼女達が、それでも玲緒奈の現在を知りたがってしまう理由とは。
「死んでるのかどうかも分からないのがなんか気持ち悪かったから聞いただけ」
「教えてくれないならそれはそれで別に良いよ」
そうドライに答えて彼女達は教室を出て行った。
普通では無い彼女達の価値観が受け入れられず、教室中が言いようのない不快な気分に包まれていた。
しかしそれでも彼女達が居なくなったことで緊張感は和らいだ。
妙な空気を払しょくするかのように、一人の男子が大きな声で話しかけながら優斗達の元に近づこうとする。
「まったくなんだよあいつら。気にしなくて良いと思うぜ」
「来るな」
「え?」
だが優斗は低い声で彼を拒絶した。
「何言ってるんだよ軍曹。冗談キツイゼ」
「来るな」
まだ気が立っているだけだと思った男子は、軽いセリフで空気を和らげようとしたけれど効果は無かった。
優斗の目つきはキツく、生徒達は完全に敵視されていた。
その理由が分からず彼らは混乱している。
「ねぇ篠ヶ瀬君、落ち着いて」
「そうだよ、私達が三日月さんを守るから」
「大丈夫だって、あいつらには指一本触れさせねーからさ」
「おうよ任せろって」
しかしどれだけ言葉を尽くしても優斗の態度は変わろうとしない。
「私達が簡単に許されるわけがないじゃない!」
答えを教えてくれたのは、彼方の『友達』の女子達だった。
「篠ヶ瀬君は三日月さんのために何も言わないでくれてたのが分かって無かったの!?」
「三日月さんを苦しませた私達を信じてくれるわけがないでしょ!?」
優斗はあくまでも彼方のことを最優先で考えている。
どんな理由があったとはいえ、彼方へのいじめに加担した生徒達を許すことなど本当ならば出来るはずが無かった。
しかし彼方が普通の生活を取り戻すためにはクラスメイトの協力が不可欠だった。
だから彼方が嫌がらない限りは、自分からは彼らに何かをすることはないし、クラスの空気を良くするために仲良しを演じることだって厭わなかった。
決して彼らを許したからフレンドリーになったわけではない。
彼方のためにそう演じているだけなのだ。
そのことに最初は彼らも気付いていたはずだった。
自分達は決して許されないことをしてしまったのだと分かっていたはずだった。
だが彼方からも優斗からも厳しい言葉が何も無かったがゆえに、許されているのかもしれないという気持ちが芽生えてしまっていた。
罪から目を背けて逃げたくなる気持ちを、責めてもらえない現実が後押ししてしまっていた。
そうして時間が経つにつれて徐々に罪悪感が薄れてしまった。
だがそれが逃げであり無責任な思い込みであることを突き付けられた。
自分達がほんの僅かですら許されていないことを思い知らされた。
優斗の敵意が全てを物語っていた。
彼らは改めて自分達が仕出かした罪の大きさに苦しめられることになる。
「(どうするどうするどうするどうする)」
彼方を守るためには何をすれば良いのか。
優斗は必死に頭を回転させるけれども、焦っているからか答えが出てこない。
そんな優斗に手を差し伸べたのは、唯一味方と思える彼女達だった。
「篠ヶ瀬君、私達だけは信じてくれないかな」
「お願い。絶対に玲緒奈になんか負けないから」
玲緒奈に唯一抵抗した彼方の友達。
優斗は別にいじめのことを非難するつもりで生徒達に敵意を向けたわけではない。
玲緒奈に脅されて素直に従い続けた彼らなら、再度玲緒奈に脅された場合に拒否出来ないだろうと考えたからだ。
もしすでに玲緒奈から密命を受けているのならば今すぐにでも何らかの攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
だから彼らを彼方に近づけさせないように威嚇していた。
しかし一度玲緒奈に立ち向かった彼女達ならば玲緒奈からの再度の脅しに屈しない可能性があるし、そう信じたかった。
でもそれはそれでまた問題がある。
「でもそれだと君達が危ないぞ」
女の子二人だけなのだ。
脅されているかもしれないクラスメイト達から彼方を守ろうとするのは危険だ。
それに邪魔と思った二人に対し、玲緒奈が学外で攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
「自業自得だから」
「私達が蒔いた種だから篠ヶ瀬君は気にしないで」
彼女達はそれを分かっていて彼方を守りたいと言ってくれた。
例え自分がどれほど酷い目に合おうとも、彼方を守るという自己犠牲。
あるいは贖罪の心ゆえの行動か。
「それはダメだ。彼方の友達なんだろう」
二人に何かあったら彼方が傷つく。
もちろんそれが最大の理由ではあるが、人が良さそうな彼女達が傷つくことそのものも優斗には認められなかった。
誰かを見捨てて生きていても幸せにはなれないから。
「あはは、三日月さんが心を許した理由が分かる気がするよ」
「大丈夫だから安心して。決して無茶はしないから」
「常に助けを求められるようにするし、しばらくは人通りの少ない所には行かない」
「自衛くらいちゃんと出来るから、篠ヶ瀬君は三日月さんのことだけを考えていて」
心配ではあるが、結局のところ彼女達の力を借りる以外に方法は無かった。
こうして学校内では彼女達が、学校外では優斗が彼方を玲緒奈の魔の手から守ることになった。
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