4. 結局デートじゃなくて遊んだだけだな
カラオケを終えた一行はボウリング場へ移動した。
彼方はデスバラードの姿とは打って変わってボウリングが非常に上手く、ストライクを連発した。
その度に無表情なドヤ顔という器用な姿を見せていたから、恐らくは楽しんでいたのだろう。
カラオケは大きな声を出すことでスッキリ出来る。
ボウリングはピンを派手に倒すことで爽快感を得られる。
定番デートスポットの中から特にリフレッシュ出来る遊びということでこの二つが選ばれ、彼方の反応を見る限りではその選択は正解だったようだ。
ボウリングを終えた四人は併設されているゲームセンターへと足を運ぶ。
目的は四人でプリを撮ること。
「へぇ、この中ってこんな風になってんだ」
男子禁制の女の園に足を踏み入れてしまったような感覚があり挙動不審になる優斗。
後輩達はそんな優斗の動揺に気づかず筐体を操作しており
「センパイ、どれが良いですか?」
「ん、どれって……へぇ、色々設定があるのな」
フレーム、デコ、メイク、パーツ加工。
色々と機能があるらしいとは噂に聞いていたが、出来ることが本当に多くて驚いた。
「お、これ面白そうじゃね」
このプリにはあらかじめいくつかのテーマが用意されていて、優斗はその中の一つに興味を抱いた。
「ファンタジーですか?」
「ああ、架空の職業になれるらしいぞ。お前ら武闘家なんて似合うんじゃね?」
「う~ん、でもせっかくこんなに職業が多いのにハル君と一緒ってのは勿体ないかな。あ、私これにする!」
「踊り子か……へぇ」
「あ、センパイ今やらしいこと考えましたよね」
「ち、ちげぇよ!」
違わない。
極端に露出が多い衣装を着て艶めかしく踊る様子をイメージしていた。
「彼方は賢者とか似合いそう。おお、可愛いじゃん」
国民的RPGに出て来そうな女賢者の衣装。
表情が無いのも無口な賢者というあるあるなキャラに見えて違和感が無かった。
「センパイは何にしますか? ニートですか?」
「おいコラ、なんでだよ。俺はちゃんと働くぞ」
「それじゃあサラリーマンですね」
「ファンタジーじゃねえ!」
異世界モノのファンタジーならニートもサラリーマンも普通にいるから恐ろしい。
もちろんこのプリには普通のファンタジー職業しかないから選べないが。
「ちげぇよ、ほら、勇者とかさ」
「センパイが勇者?」
「冗談ッスよね」
「…………」
「マジトーンで言われるとガチで傷つくから止めろ!」
彼方までもが何か言いたげな雰囲気になっていた。
哀れな優斗である。
「じゃあもういいや、普通に騎士で」
「本当に普通ッスね」
「うっせ、良いんだよ。俺は彼方を守る騎士になるんだ」
「センパイ寒いですよ」
「狙い過ぎッス」
「…………」
「お前らマジで酷くね?」
優斗が弄られ、後輩達が笑い、そしてそんな騒がしい彼らを彼方は眺めていた。
その瞳の奥に僅かながら楽し気な雰囲気が漂っていることに、はしゃいでいる三人は気付いていなかった。
――――――――
「はぁ~遊んだ遊んだ」
「そッスね。久しぶりにセンパイと遊べて楽しかったッス」
「おいコラ。デートはどこ行った」
ゲームセンターから出て来た四人はカフェでまったり中。
結局デートでは無くて四人で普通に遊んでいるだけだった。
デート的な色気のあるあれこれなど一切なかった。
「細かい事は気にしない気にしない。三日月センパイ楽しそうだったから良いでしょ」
「まぁそりゃそうなんだが」
カラオケでは歌い、ボウリングではドヤ顔を見せ、撮ったプリを大事そうに抱えている。
楽しんでいると考えて問題無いだろう。
「三日月センパイ、また遊びましょうよ」
その証拠に彼方は秋梨達にも反応するようになっていた。
秋梨のお願いに彼方は小さくコクリと頷く。
「やった! 約束ですよ!」
優斗の狙い通りに、楽しい気持ちにさせることでメンタルの回復が一層進み『普通』へと近づいたということなのだろう。
だから今日はデートでは無かったけれど、この成果に何ら不満は無かった。
ただなんとなく突っ込んでみただけのこと。
「お前ら俺に金払わせて遊びたかっただけだろ」
「今更気付いたんですか?」
「遅すぎッスよ」
「よ~し、ここは春臣が全部払え」
「何で僕だけッスか!」
「そりゃあデートなんだから男が払うもんだろうが」
「そうだよハル君」
「アキちゃんまで!」
どうでも良い会話で
どうやらこの四人の騒がしい雰囲気が彼方の『楽しい』につながるようだから。
だがそんな時間ももうすぐ終わってしまう。
そしてこれはいわば特別な治療方法だ。
頻繁に同じように遊んでいたら効果は徐々に落ちて行く。
優斗としては効果の落ちない『楽しい』を彼方に与えたかった。
ゲーム好きな人が毎日のようにゲームをやるように。
読書好きな人が毎日のように本を読むように。
旅行好きの人が毎週のように出かけるように。
本来今日秋梨から教えてもらいたかった、趣味としての女の子の好きを与えたかった。
「なぁ牧之原。せっかくだから女の子が好きなことも教えてくれよ」
秋梨も今日が特別であることを分かっていたのだろう。
そして優斗が再度この質問をしてくることも分かっていた。
それゆえ用意していた答えをすぐに返した。
「そんなの分かんないですよ」
「え?」
まさかの答えだった。
男に聞いたならまだしも、女の秋梨に聞いて分からないと答えが来るのはあまりにも予想外。
「な、なんでだ?」
戸惑う優斗に秋梨は具体例を示して答えてくれた。
「私の友達にラーメン好きの女の子がいるんです」
「へぇラーメン好き良いじゃん」
「そうですか? あの系統のラーメンが好きなんですよ。なんて言いましたっけ、ほら、あのさぶちゃん系? とかってやつ」
「なんだそのお祭り好きな木こりが出て来そうなジャンルは」
「確か魔法の呪文があるんですよね。『ヘイヘイホーイヘイホーヘイヘイホー』とか」
「マジで割箸から作ったメンマがどっさり入ってそうだな」
「え、メンマって普通に割箸が原材料ッスよね?」
「え?」
「え?」
春臣のマジやらかしに秋梨はジト目になるが、今は無視して次に進む。
「他にも撮り鉄が趣味の女の子も知ってます」
「あ~撮り鉄か。印象は良くないよな」
「そうなんですよ。その子も犯罪行為はしないけれど無茶はするみたいだから注意したことがあるんですけど聞かなくて困っちゃいました」
「マジでヤバイタイプかよ」
「私の
「まさに暴走機関車ッスね」
「あんまり上手くないぞ」
「ニ十点かな」
「採点厳しいッス!」
春臣の微妙なボケに場が少し白けたが、それも無視して次に進む。
「後は男子が好きそうなハーレム系アニメが好きな女の子もクラスにいますよ」
「あの手の可愛い女の子が好きなんだろ」
「それがですよ、ハーレムの一員になりたいんですって」
「マジかよ、やべぇな。主人公がイケメンだったとしても現代日本でその倫理観はヤバいだろ」
「将来ホスト狂いになりそうで怖いですよね~」
「…………」
「あれ、春臣面白い事言わないのか」
「待ってたのに」
「ハードル上げないで欲しいッス! どうせ弄られるから黙ってたのに!」
とまぁ春臣を弄りながらも、秋梨は知り合いの風変わりな女の子について紹介した。
「つまり、趣味とかそっち系の好きが知りたいなら『女の子』って括りはあまり意味が無いと思うんですよ」
ラーメンも、撮り鉄も、ハーレム系アニメも、いずれも世間的には主に男性の趣味だと思われるジャンルだろう。
しかし女性でもそれらが男性と同じか、あるいはそれ以上に好きな人だっているはずだ。
「三日月センパイの『好きなこと』を知りたいなら『女の子』に拘る必要はないと思います」
「なるほど、確かにそうかもな」
しかしそうなると、どうやって調べれば良いのかが分からない
「う~ん、なんでもアリだとすると幅が広すぎるんだよ。とっかかりが欲しいな。とりあえず女の子が好きそうなものから当たるのはダメかな」
「それでも良いと思いますが、もっと良い方法が二つありますよ」
「え?」
秋梨が教えてくれた方法はとても普通のことだった。
「簡単ですよ。三日月センパイの事を知っている人に聞けば良いんです」
「いやいや、そんな人がいたらとっくに……」
聞いているよ、と否定しかけた優斗だが大事なことを思い出した。
彼方が元気だった頃の姿を知る人達と既に知り合っていたことを。
「うわー、俺馬鹿じゃん。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう」
その人達には毎日のように学校で会っていたのだ。
彼方のクラスの二人の女生徒。
元々彼方と仲が良かった彼女達ならば、何かを知っている可能性があるだろう。
「どうやらお役に立てたようですね」
「ああ、マジで助かった。お礼にここは春臣が奢るよ」
「なんで僕ッスか!?」
「だってお前遊びに来ただけで何にもしてないじゃん」
「うっ」
本当は賑やかし役として役に立っていたのだが、敢えてそれは言わなかった。
こういう弄り弄られるのが彼らの関係なのだから。
そしてそうやって笑い合う姿を彼方が楽しんでくれているようだから。
「そういえば二つって言ってたよな。一応もう一つも教えてもらって良いか?」
「もちろん良いですよ」
秋梨はそう言うと、突然にやけだした。
「篠ヶ瀬センパイが、三日月センパイの『好きなこと』になれば良いんじゃないでしょうか」
「ばっ、おまっ、なんてことを!」
まったく何でもかんでも色恋に結び付けようとしやがって。
慌てながらも内心でそう思う優斗であるが、果たしてそれは正しいのだろうか。
正気に戻った彼方が、自分のために必死に尽くしてくれた優斗に、果たして恋心を抱かずにいられるのだろうか。
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