3. 俺が知りたいのはデートの内容じゃないんだけど!

「俺が知りたいのはデートの内容じゃないんだけど!」


 日曜日、優斗と彼方は駅前広場で秋梨達と合流した。


「今更気付いたんですか?」

「遅すぎッスよ」


 女の子が好きなことを教えて欲しいと秋梨に連絡したら呼び出され、普通に教えてくれるだけだと思い馬鹿正直に向かってしまった。

 待ち合わせ場所には秋梨と春臣の後輩コンビが待っていて、それを見ても『ふ~ん、春臣もついてきたんだ』くらいにしか思わなかったが、よくよく二人の姿を見るとまるでデートをするかのように気合が入っていたことからようやく察したのだ。


 これはダブルデートの形ではないかと。


「つーか、俺達なんも準備してねーぜ」


 優斗も彼方もラフな外出着でありデート感はほとんど感じられない。

 背丈の差のせいか、弟達のデートを同伴で見守る兄と姉みたいな構図になってしまっている。


「センパイダメですよ。女性と外出するならどんな時でもしっかり整えないと」

「そうッスよ。それが男のマナーッス」

「お、おう。そうか」


 未だにちびっこ達から恋愛のイロハを教えられるのがどうにも慣れない。

 背伸びした子供達が得意げに教えてくれる微笑ましい風景にしか見えなかったが、それを表に出したら怒られて何も教えてもらえなくなるだろうから必死に耐えた。


「でも何でデートなんだよ。女の子の好きなことを教えてくれって頼んだはずなんだが」

「それって三日月センパイに楽しんでもらいたいからですよね」

「ああ」

「それならやっぱりデートですよ。だってドキドキして楽しいじゃないですか。って言ってもセンパイは分からないですよね。ごめーん」

「ぐうっ、こいつ……」


 優斗は彼方を楽しませるために彼方の好きなことは何かと考えていた。

 その好きなこととは趣味的なことをイメージしていたので、デートは意味合いが少し異なる。

 もちろん楽しませるという本来の目的が達成されるならばデートでも良いのだが、優斗的にはどうしても納得出来ないことがあった。


「でもよ。好きでもないやつとデートして楽しいか?」


 別に優斗と彼方は付き合っているわけでもないし、友達以上恋人未満的な甘酸っぱい関係というわけでもない。

 生きるために彼方が優斗に依存しているだけであり、これは別に優斗が鈍感で勘違いしているというわけでもなく事実だ。


 そんな二人がデートをしたところで、彼方が楽しいと思えるかが疑問だった。


「…………」

「…………」

「な、なんだよ」


 二人のジト目に優斗はたじろぐ


「センパイ、その右腕はなんスか」

「馬鹿! それ言うなって!」


 今日もまた優斗の右腕は彼方専用になっていた。


「今日は暑いッスよね~」

「てめぇ、わざと意識させようとしてんだろ!」


 そろそろ夏が近づく時期であり、今日は少し気温が高い。

 そのため彼方はいつもよりも薄着だった。

 普段は制服の厚めの生地が防波堤となっていたが、今日はいつもよりも生々しい感触が伝わってくるのだ。


 そのことを考えないようにと必死だったのに、春臣に指摘されたことで思い出して慌ててしまう。


「そんな姿見せられたら説得力無いッスよ」

「いや、マジでこれはそういうのとは違うんだよ」

「だとしてもッスよ。普通は気を許していない相手にそんなことしないッス。そんなに距離が近い相手とならデートして嫌なわけがないッス」

「う゛……そ、そういうものなのか」

「はぁ、ダメダメッスね」


 別に恋愛感情のあるなしは関係ないのだ。

 どんな形であれ彼方が優斗に対して心を許していることが重要。

 少なくとも嫌だと思うことはないだろう。


「どうしても納得出来ないなら、デートじゃなくて一緒に遊ぶって思えば良いんじゃないッスか」


 丸め込まれたのか、それとも優斗が馬鹿だっただけなのか。

 結局この日はダブルデートで彼方を楽しませることに決まった。


――――――――


「~~~~♪」

「~~~~♪」

「こいつらすげぇ歌い慣れてやがる」

「…………」


 後輩達がデュエット曲を綺麗にハモって熱唱するのを聞いて優斗は対抗意識を燃やす。


「よし、次は俺が歌うぜ!」

「そういえばセンパイの歌を聞くの久しぶりですね」

「待ってましたッス!」

「…………」


 昔から優斗と後輩達は良く休日に一緒に遊んでいた。

 優斗が中学の頃にはカラオケに良く行ったものだ。


「へぇ、昔と変わってないんですね」

「相変わらず『ふつうま』ッスね」

「うっせ。素直に褒めろよ」


 優斗の歌唱力は普通レベルでちょっと上手い寄り。

 つまり普通に上手いから『ふつうま』である。 


「よぉ~し、春臣いつものやんぞ」

「もうッスか。アレ喉が潰れるから後にしたいッスよ」

「ダメダメ。今日は全力で騒ぐんだよ」

「しゃなーいっスね」


 優斗はシャウト系の曲をガンガン入れてひたすらに騒ぎ立てる。

 後輩達が歌っている時も激しく手を叩き、大声で煽り、ひたすら盛り上げに徹した。

 何度も何度も『ウェ~イ!』と叫び続けた。


 全ては楽しい雰囲気を作って彼方に楽しんでもらうため。

 彼方が騒がしい空間が苦手な可能性もあったけれど、嫌な顔をしていないから大丈夫だったのだろう。


 それどころか驚くべき反応が起こった。

 それは歌い始めてから一時間半ほど経過し、場が十分に温まっていた時の事。 


「よ~し、次は俺だ! いくぞお前らああああ!」

「ウェ~イ!」

「ウェ~イ!」


 優斗がマイクを持ち、次に歌う曲のイントロが始まった瞬間。


 シャン、シャン。


 タンバリンの音が聞こえて来たのだ。

 それは秋梨がノリで彼方に持たせたもの。


 これまでどれだけ盛り上がっても無反応だった彼方が、曲に合わせてタンバリンでリズムを取り始めたのだ。

 無表情なのは変わらない。

 しかしこれはもしかしたら優斗達の狙い通りに楽しんでいるのではないか。


 よし、それならこの曲を熱唱して彼方をもっともっと楽しませる!

 などとは思えなかった。


「(なんで電波ソングの時にそうなるんだよおおおおおおおお!)」


 その場のノリでふざけてキュンキュンな電波ソングを歌ってふざけようとしていたのだ。

 その姿を無表情の彼方がガン見しながらタンバリンでリズムを取っている。


 シャン、シャン。


「(歌いにくすぎるうううううううう!)」


 彼方の反応に驚いて空気が弛緩してしまった状態で、恥ずかしいセリフ込みの電波ソングを歌わなければならない。

 こういうのは照れずに熱唱するから悪ノリ扱いで盛り上がるのであって、ガチで照れてしまったらイタイだけだ。


 しかし彼方がリズムを取っている以上、今更違う歌に変更するという手段はとれない。

 ここで曲を止めたらせっかく楽しくなった彼方がまた元通りになってしまうかもしれないから。


 彼方に良い変化が訪れた最高の瞬間なのに、優斗は最低な気分できゅるるんした。

 最後までしっかりと歌い切った優斗の姿を、後輩達は少しだけ見直したとかなんとか。


「い、いぇ~い!」

「センパイ漢ッス!」

「俺しばらく休むわ……」


 優斗は力なく彼方の隣に座り、まるで彼方のように魂が抜けた表情になってしまった。


 そんな微妙になってしまった空気を換えようとしたのか、秋梨が彼方に話しかける。

 

「三日月センパイも歌いませんか?」


 少しノリノリになっている今ならばもしかしたらとは思ったけれど、反応を期待したわけでは無かった。

 しかし予想外に彼方は動いた。

 彼方はチラリと優斗を横目で一瞥してから、歌う準備を始めたのだ。

 

「!?」

「!?」

「!?」


 彼方が優斗以外の人の言葉に反応した。

 しかも歌おうとしている。


 あまりの驚きで固まっている三人をよそに、彼方は曲を予約してマイクを手に立ち上がった。


 曲はバラード調のラブソング。


 感情表現に乏しい状態で歌ったらどうなるのだろうか。

 音程を取るだけの淡々とした歌になってしまうのだろうか。


 だがそうだとしても彼方の歌をしっかりと聞いて盛り上げよう。

 そうして彼方をさらに楽しませるんだ。


 そう強く強く思っていたのに。


「☆■〇△?◇●!◆!!!!」

「きゃああああああああ!」

「うわああああああああ!」

「ぐっっっっっっっっっ!」


 そんな気持ちなどすぐに吹き飛んでしまう。

 彼方の口から飛び出して来たのは、まさかのデスボイス。


 感情のあるなしとかそういうレベルでは無かった。

 

 絶妙に音程を外し、嘔吐しそうになる程に強烈な不快感を与える悪魔の歌声。

 

「あ゛い゛●死◆△◆を゛ヴェ★ギョー!」

「うっ……僕もうダメッス……」

「ハル君! 目を開けて!」

「春臣、お前の事は忘れなう゛っ……ダメだ、吐くな俺、それだけはダメだ!」


 死屍累々といった有様。

 そんな状況を気にせずに自分の世界に入り歌い続ける彼方。


 デスバラード。


 元気だった頃の彼方が裏で友達からそう呼ばれていたことを彼らはまだ知らなかった。




「あれ?」

「どうした?」


 カラオケが終わり外に出たところで、春臣が何かに気付いたかのように周囲をキョロキョロと見ていた。


「いや、なんでもないッス。それより久しぶりにセンパイと歌えて楽しかったッスよ」

「俺もだ。彼方も楽しんでくれたみたいだし、カラオケは正解だったな」


 そうは言ってもしばらくは彼方と来ることは無いだろう。

 彼方を助けるためであっても、デスバラードを耐えるのは困難であるからだ。


「私も久しぶりにハル君の歌がたっぷり聞けて楽しかったぁ」

「あれ、お前らよくカラオケに行ってるんじゃないのか?」

「…………」

「…………」


 二人とも歌い慣れていたから頻繁にカラオケに来て歌っているのかと優斗は思っていた。

 しかし秋梨が春臣の歌をたっぷり・・・・聞くのは久しぶりと言う。

 そのことを素直に不思議に思っただけなのだが、二人は何故か妙に気まずそうに顔を逸らした。


「センパイもいずれ分かるッス」

「??」


 春臣は優斗ではなく彼方を見てそう言い、それ以上の説明はしてくれなかった。


 カラオケ。

 それは手軽に二人きりになれる部屋。


 恋人である二人が人目を気にせずにイチャイチャ出来る場所であり、歌う以外の用途でも利用できるのだ。

 そのことを彼女が居たことが無い優斗は気付いていなかった。


 二人はカラオケに行くと少しだけ歌い、それ以外の時間は……名誉のために伏せておこう。

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