8. 部屋を片付けよう

「よし、やるぞ!」


 日曜日、優斗は朝からジャージ姿で彼方の家に訪れていた。


「適当に片付けるから、何か問題があったら止めてくれよな」


 目的は荒れ果てた部屋の掃除だ。

 汚部屋の中で暮らすと心まで澱んでしまうから、綺麗にして気持ち良く過ごせるようにする。

 これもまた普通に生きるための一歩だ。


「ゴミじゃないから面倒なんだよなぁ」


 ゴミならば片っ端からゴミ袋にぶち込めば良いだけなのだが、床に落ちているのは衣服や文房具や書類などの捨てられない物ばかり。

 つまり拾ったものを適切な場所に片付けなければならないのだ。


「この棚は……ここかな?」


 倒れた棚を起こして、元々置いてあったであろう場所に配置。

 そこに拾ったものを適当にぶち込む。


 優斗は整理整頓も得意では無いため、床のカオスが棚に移動しただけだ。


 それでも足場が出来るだけで大分マシに見える。


「服は……洗濯しなきゃダメだよな」


 洗濯など適当に洗濯機にぶち込むことしかやったことがない男の一人暮らし。

 女性服もそれで良いのかと悩む。


「とりあえずクリーニングっぽいものを先にまとめちゃうか」


 制服や冬物の上着など、なんとなく洗濯機にかけてはダメそうなものをまとめ、それ以外を脱衣所に運んだ。


「彼方。俺が片づけをしている間に洗濯をすること。いいね」

「…………」


 ダイニングの椅子に座って微動だにしない彼方に指令を与える。

 反応してくれないとは思っていたが、やってくれないと困る。

 彼方の部屋の中には彼女の使用済下着もあるのだ。

 それを優斗が洗えるわけが無いのである。


「洗濯だよ、洗濯。分かる?」 

「…………」

「おお、やってくれるのか。良かった良かった。ちゃんと彼方の部屋の服も洗濯するんだぞ」


 今回は二回目で動いてくれた。

 どうも最近は指示すると動いてくれる傾向にある。


 彼方に元気が戻ってきている証拠なのだろうと、優斗は笑顔を浮かべる。


「その間に俺はこいつらをどうにかしないとな」


 問題はリビングのひび割れたテーブルと切り裂かれたソファーだ。


 優斗はまずダイニングテーブルにかけられていたテーブルクロスを外し、それをリビングのテーブルにかけてヒビを隠すことにした。

 長さが合わないけれど、何も無いよりかはマシだろう。


 そしてソファーはガムテープで応急処置をすることにした。

 あまりにも雑だが家事が苦手な男子高校生などこんなものだろう。


 棚はぐちゃぐちゃ、ソファーはガムテープが目立ち、バランスの悪いクロスがかけられたテーブル。

 それでも最初の頃よりも遥かに見た目は良くなった。


 カーテンと窓を開けて外の風を取り込めば、溜まりに溜まっていた澱んだ空気が一気に浄化されるかのようだ。


「後はこれか……」


 優斗は二枚の遺影を持って、彼方が脱衣所で作業をしている隙を狙ってある部屋に入った。


「おじゃましま~す」


 そこは彼方のご両親の部屋である。

 その部屋もリビング同様に荒れ果てていた。

 むしろこの部屋の方が酷い有様で、特に気になるのはクローゼットが開け放たれて中身が全部外にぶちまけられているところだ。


「勝手なことしてすいません」


 優斗は遺影を二人のベッドの上にそれぞれ置いた。

 片付けたいところではあるが、ここは彼方がやるべきだと思ったので手を付けない。


「絶対にあいつをお二人に合わせてみせますから」


 彼方を両親の死に向き合える程に元気にしてみせる。

 優斗は彼らにそう誓い、部屋をそっと出た。


 その後も片づけを続けていたら、脱衣所から出て来た彼方が洗濯物を持って来た。

 そして手際よく外に干し始める。


「あれ、制服も洗ったんだ」


 てっきりクリーニングに出すのかと思っていたが、どうやら家での洗い方を知っていたようだ。


「料理も美味いし洗濯も得意。家事マスターの説が濃厚だな」


 女だから家事が得意でなければならないというのは古い価値観だなどと叫ばれている世の中ではあるが、得意であることが魅力に繋がるのは普通の感覚だろう。

 優斗もまた彼方の好感度がグングンあがっているのを自覚していた。


「俺も頑張らないと」


 とはいえ、部屋の中はあらかた片付いた。

 倒れている家具も落ちている物も無くなり、今は自動お掃除ロボ君が頑張って働いている。


「洗濯物を干すのを手伝うのは嫌な予感がするし、他に出来ることは……」


 洗濯カゴの中には下着らしきものがチラ見えしていた。

 八階とはいえ、女性用下着を堂々と外に干すのはありえるのだろうか。

 単に羞恥心がまだ復活していないのか。


 などと考えそうになったのを強引に忘れ、部屋の中を改めて見渡した。


「やっぱこれだよなぁ」


 最大の問題は、落書きされた壁だ。


 大きな棚で下側を隠しているが、上の方ははっきりと見えている。

 落とす方法を知らないし、そもそも綺麗に落としきれるのかも分からない。

 それならひとまず目に入らないようにポスターなどで隠すべきだと考えた。


「ポスターか。犬とか猫のポスターでも買って……いや、待てよ」


 せっかく隠すのなら、少し工夫したいと優斗の中の悪戯心が囁いた。




「彼方。はい、チーズ」


 洗濯物を干している彼方の姿をスマホで写真に撮った。

 反応してくれないからカメラ目線ではないけれど気にしない。


「一旦家に帰るわ。洗濯物干し終わったら休んでて」


 家に戻りパソコンを立ち上げ、撮った写真を移動させる。

 そしてプリンタを起動して大量に印刷する。


「ヨシ!」


 彼方の家に戻り、元落書きの前で満足そうに立つ優斗。


 落書き隠しのために移動させた大きめの棚を本来あったであろう場所に戻し、落書きの上に彼方の写真をコピーしたA4用紙を大量に張ったのだ。


 安いA4用紙だからペラペラで、安いプリンタでの印刷で画質も良くない。

 そして何よりも自分の写真が拡大されて大量に壁に貼られているというホラー。


「…………」

「えっと、その、彼方さん?」


 じっと優斗を見つめる彼方の姿は、まるで無言で抗議しているかのようだった。

 優斗はまたしても失った感情を呼び起こしてしまったのだ。


「分かった。分かったから、後で絶対に直すから」


 そうは言うものの、優斗は何が悪いか分かっていなかった。

 そしてしばらく写真を見ながら考えたところ、見当違いの結論を導き出した。


「そうか、質が悪いからか」


 これからしばらくの間、優斗は何枚もの写真を撮り、それらをハガキサイズで綺麗に印刷し、沢山張り直した。


 拡大されていない分マシではあるが、自分の写真が大量に張られているホラーには変わりは無かった。

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