9. お散歩

「外に出よう!」


 部屋の中がスッキリしたとはいえ、ずっと家に籠っていたら気分も籠ってしまうだろう。

 そう考えた優斗は彼方と散歩することにした。


 学校に行っているので外に出てはいるのだが、優斗的には学校はリフレッシュ出来る場所では無い。

 義務的なものではなく、気分転換での外出で無ければ意味が無いと感じていた。


「ささ、外出着に着替えて」


 近くに緑豊かな公園があるので、そこに向かうつもりだ。


「うん、超可愛い」


 部屋から出て来た彼方はゆったりとした薄いピンク色のキャミワンピース姿。

 床に落ちていた物は全部洗濯済で干しているため、この服はどこかにしまってあったものなのだろう。

 この服装が女子的にイケてるのかどうなのか分からないけれど、とりあえず褒めた。


「それじゃあ鍵閉めるぞ」


 鍵。

 優斗がずっと心配していた鍵の問題。


 彼方が優斗の行動に従ってくれるようになったので、鍵をかけてとお願いしたらそれも従ってくれると考えた。

 しかしなんと彼方は鍵を優斗に渡そうとしたのだ。


『ダメでしょ!』


 当然強く反抗して受け取らないつもりだったが、彼方が全く退こうとしなかったので仕方なく受け取った。

 安心して彼方の家を離れられるし出入りが楽になるが、どうにも悪いことをしている気がする。


 その鍵でしっかりと玄関を閉めてから二人は公園に向かった。


 公園で何か特別な事をするつもりはない。

 自然の中をゆっくりと歩けばそれだけで気分が晴れるかもしれないと考えた。


「俺達って周りの人からどう見えるんだろうね」


 公園内にはそこそこ人が多い。


 優斗達と同じような若い男女のペア。

 老人夫婦に家族連れ。


 いずれも深い関係にある人達だ。


「…………」


 優斗達もその深い関係があると思われているのだろうか。


「これって公園デートだよな!」

「小さい頃は良く来てたけど、ここ数年は素通りしてたわ」

「あの池の所に釣り禁止って書いてあるけど、何が釣れるんだろ。アジとかサバとか食いてぇ!」


 何も話をしない彼方に、優斗はひたすら話しかけた。

 答えが欲しいのではなく、傍に自分がいるぞと実感してもらうために。


 騒がしい優斗と寡黙な彼方。

 正反対な二人の空気を不思議と誰もが違和感なく受け入れていた。


「少し休もうか」


 古い漫画の真似をしてベンチにハンカチを敷いてその上に彼方を座らせる。

 もちろんツッコミは無いが自己満足だからそれで良いのだ。


 日当たりの良いベンチに座ると、温かな日差しが心地良くてついウトウトしてしまう。

 ここしばらくは彼方のことで忙しくて十分な睡眠をとれていないこともあり、肌を撫でるそよ風に誘われて意識が落ちてしまった。


 その間際に、右手が何かに包まれたような感触があった。




「……んあ、あ!」


 彼方を放置して眠ってしまったことに気付いたのは、小一時間程度経過した後の事だった。


「ごめ……ってあれ?」


 右肩に何か重い物が乗っている。

 そしてその重い物に自分の顔を乗せていた。


「ま……まさかこの体勢は!」


 体を動かさずにチラリと下を見ると右拳が彼方の左手で握られて、彼方の太ももの上に置かれていた。

 肩が触れるほどに近く、芳醇な香りが漂ってくる。


 寄り添い合ってお互いに頭を預け合っている体勢。


 彼方の体は規則的に動いていて、耳を凝らすとスゥスゥと寝息が聞こえてくる。


「(これもう恋人ってことで良いんじゃね?)」


 そうでないことは分かっている。


 優斗と同様に眠くなった彼方が、悪夢を見るのを恐れて優斗の手を握ったのだろう。

 そして楽に寝るために近づいて肩を枕代わりにしたのだろう。

 今の彼方に他意が無い事を知っている。


 だとしても、偽であったとしても、恋人ムーブが出来ていることがどことなく嬉しかった。


「(…………いつまでこうしてれば良いんだろうか)」


 体を動かせないことで、うたた寝で回復した体力を全て失ってしまうまでは。


――――――――


「帰りに買い物して帰ろうか」


 優斗はずっと彼方の家に入り浸っており、ご飯も一緒に食べている。

 元々彼方の家には食材が全く無かったので優斗が学校帰りに買って持ち込んでいたのだが、せっかく一緒に外出したのでついでに色々と買って帰ることにした。


「新婚夫婦みたいだ」

「…………」


 いつかこの冗談に照れて反応してくれる日が来るのだろうか。

 それともそうなる前に追い出されるのだろうか。


 どうなろうとも彼方を支えて幸せにしてみせる。




 そのためにはやっぱり俺も料理しないと!




 優斗が料理を振舞おうとしても、必ず彼方にガードされる日々が続いていた。

 一度だけ自宅で作って持って来たことがあるけれども家の中に入れて貰えなかった。


 今日はゆっくり買い物する時間があるので、オリジナル創作ゲーミング料理を作れそうな食材を探すつもりだった。


「ああ、なんで戻すのさ!」


 しかし、優斗が買おうと思ったものは悉く棚に戻されてしまう。


「ブルーハワイのシロップは青を出すのに便利なんだって。それにこのパチパチする飴とか、ゲーミング食感っぽいじゃん!」


 まぁ、その、自業自得だろう。


 結局この日は普通の食材だけを買って帰ることになり、いつものように彼方が料理を作った。


 彼方の食べる量は徐々に増え、こけていた頬も程良く膨らんで来ていた。

 徐々に味付けが濃い料理も増え、死相はもう消えていた。


 優斗のここしばらくの奮闘は効果を発揮していたのだ。


 料理、部屋の掃除、散歩。


 そして睡眠補助。


「だからダメだって。マジでヤバいから!」


 彼方に生気が戻ってきている理由の中で最も大きなものが、まともな睡眠だろう。

 優斗は毎日、彼方が寝ている時に手を握られてあげていたのだ。


「本当にダメだって。今の彼方は本当にマズいから」


 ふっくらしてきて女の色気を取り戻した彼方。

 その彼方は寝る時に優斗をベッドに引き摺り込もうとする。

 単に隣で寝てくれた方が手を握りやすく、人の温もりをより感じられるからだろう。


 しかしそんな状況で耐えられるわけが無い。

 女の子として意識せざるを得ない程元気になった彼方と同衾したら襲わない自信が無い。


 しかも彼方は自虐で抱いても良いと言うのだ。

 傷つけるためだけに抱けるわけが無いだろう。

 これまで何のために頑張って傍にいたというのだ。


「ほら、変な事考えてないでおやすみ」


 結局この日も、優斗は変な体勢で寝ることで疲れが取れないのであった。

 それでも一線を越えるよりかはマシだと信じて。

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