5. 学校での日常と彼女のクラス
「ふわぁあ」
スマホのバイブ機能が優斗を覚醒させる。
まだまだ寝足りないと体は訴えるけれども、目覚ましが発動したということは朝が来たと言う事なのだろう。
床に座りベッドに顔だけ伏せる変な体勢で寝たからか全身がとても痛く、眠気は消えて行く。
運良く催さなかったため、悲惨な事態にはなっていない。
「いっつつ……すげぇな、まだ握ってるわ」
ベッドの中に潜り込んでいる右手は未だに温もりに包まれている。
女の子が寝ているベッドの中に手を入れている背徳感ゆえか、それとも朝の恒例行事のせいなのか、優斗の男の子は立派なことになっていた。
「こんなとこ見られたら……うお」
「……ん」
一番見られたくないタイミングで少女は目を覚ます。
得てしてそういうもの。
優斗は慌てて座り直し、少女に下半身が見えない体勢になった。
「お、おはよう」
朝の挨拶をしても少女に反応は無い。
これもまた昨日の通りだが、単純に寝ぼけているだけかもしれない。
「(寝ぼけている……か)」
それはつまり、悪夢に
女の子の寝姿という誘惑に耐え、不安定な体勢で寝ながら長時間手を握り続けたかいがあったのだろう。
「さぁ、朝だぜ。学校に行こう」
軽く手を引っ張ると、彼女は体を起こした。
そうしてゆっくりとだが動き出す。
彼女がベッドから出るとようやく握っていた手が解放された。
右手に残された温もりをどうすれば良いのかとドキドキしていたら、彼女が唐突にパジャマを脱ぎ始めた。
「ばっ……!」
優斗は慌てて少女の部屋を出る。
今回は引き留められなかった。
そのままダイニングで待っていたら、ジャージ姿に着替えた少女が部屋から出て来た。
「(そうか、制服は昨日……)」
豪雨でずぶ濡れだから着れないだろう。
しばらくはジャージ登校ということになる。
「(学校にはちゃんと行くんだな)」
無気力で一日中家に引きこもっている可能性も考えてはいた。
学校に行くのなら、その間は彼女のことを考えなくて良いだろう。
「やば、俺も準備しないと!」
彼女が今すぐに死ぬ可能性は無さそうだと分かったので、優斗は慌てて家に戻った。
「じゃあな!」
――――――――
「ふわぁあ、くっそねみぃ」
学校へ向かう途中、優斗は盛大な欠伸を連発しながら力なく歩いていた。
十分な睡眠がとれなかったことによる眠気が蘇って来たのだ。
家に帰った優斗は制服に着替えて朝ごはんを適当に喉に押し込んだ。
そのまま少女の家に寄って一緒に登校すべきか悩んだけれど、外に出たらジャージ姿の彼女が歩いている姿を目撃したので、そのまま少し離れてついていくことにした。
いきなり男と一緒に登校したら変な噂を立てられて彼女が困るだろうと思ったからだ。
「篠ヶ瀬セーンパイ!」
「おう、ちびっこ」
「ちび言うな」
「いで!」
突然声をかけてきたツインテールの後輩女子に脛を蹴られて悶絶する。
「おはようございます。さ・さ・が・せ・センパイ」
「はよ、ちび……」
「あ゛?」
「
「よろしい」
優斗の知り合いの後輩女子だ。
優斗が弄る通りに背が小さく小学生に間違われることもあるが、れっきとした高校一年生。
「なんか眠そうですね。大丈夫ですか?」
「んあ? ああ、そういうんじゃねーから大丈夫。ちょっと夜更かししただけ」
「分かった。エロいサイト見てたんでしょ」
「そうそう、背が高くて胸がでかくて大人の女性のあられもない姿を堪能したんだよ」
「どこ見て言ってるの!」
「いで!」
年の割に成長が乏しい体をけなされて怒る牧之原。
こんなやりとりが彼らにとって日常茶飯事。
「ったく、相方は何処行ったよ」
「今日日直だからって先に行ったの」
「マジか。猛犬を放置するとは飼い主失格だな」
「飼われてないし!」
「お前そういうプレイ好きだろ。今度あいつに教えてやろ」
「こらああああああああ!」
「おおっと、怖い怖い。んじゃ先行くわ」
「待てええええええええ!」
ケラケラと笑いながら通学路を駆ける優斗。
途中、ジャージ姿の少女を追い越す際にチラリと顔を見たが、いつも通りの生気の無い顔だった。
――――――――
「いいんちょ、おはよ」
「おはよう。なんだか眠そうね。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、サンキュな」
「そう」
教室に入ると、中学からの顔なじみの眼鏡女子委員長に挨拶をして自席に向かう。
席に着くといつも親友の
線の細いイケメン優男だ。
「おはよう、優斗。眠そうだけど大丈夫か?」
「みんな同じこと聞くのな。大丈夫だって、でもちょっと寝かせて」
「おけー」
「ああ、今日のはマジで大丈夫だから向こう行ってて良いぞ」
「そう?」
イケメンを拘束しすぎると女子連中から何を言われるか分からない。
クラスの安定のために、閃にはイケニエとして女子の群れに飛び込んでもらわねば。
世間話をするならまだしも、寝ている優斗の傍に無駄に居続けるなんて無駄なことはさせられないのだ。
昨晩とんでもない出会いがあったにも関わらず、優斗の日常は全く変わり映えがしなかった。
その普通の日常こそ、優斗にとってとてもありがたいものであった。
――――――――
「腹減った」
「優斗は購買?」
「ああ、今朝コンビニに行きそびれてさ」
この学校の購買は焼きそばパンを巡る攻防のようなものはあまりない。
人気の商品は早めに売れてしまうが、弁当組が多いので熾烈な争いになりにくいのだ。
優斗はゆっくりとパンを選び、遠回りして自分の教室に戻る。
戻る前にあの少女を探そうと考えたのだ。
「(いない、いない、いない、お、いた)」
一人だけジャージ姿なので探すのが楽だった。
少女は席に座り、家での姿と同様に生気なく佇んでいた。
周囲には生徒はおらず、むしろ不自然に彼女のまわりだけ人が寄りついていないようにも見える。
「(扱いに困ってるのかな。分からなくはないけれど、友達は居ないのかな)」
優斗にとっての閃のように、辛く苦しい状況でも支えてくれる親友がいれば昨日の事を説明して押し付けるつもりだった。
当てが外れた形になる。
「(にしても、飯食うつもりあんのかな)」
ガリガリに細くなったお腹を思い出す。
ついその上下も思い出そうとしてしまうが、それは男の性なので責めないで貰いたい。
「(流石に腹は減るだろうし、何か食べるだろ)」
このまま廊下から中を覗き続けたら不審人物だ。
彼女のクラスは分かったのだから、気になるならまた散歩やトイレに扮して見に来ればよい。
そう理由をつけて優斗はその場を後にした。
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