4. 右手の温もり

 夜食を食べ終わったらもう深夜の二時を回っていた。


 翌日は平日なので学校がある。

 そろそろ寝ないと朝が辛いだろう。


 食べた直後に寝るのは体に良くないが、睡眠時間が少ないのも問題だ。

 少しだけ待ってから寝てもらい、その後に帰宅して寝ることにした。


「…………」

「…………」


 料理でやらかした分、後片付けで貢献するとやることが無くなった。

 リビングの惨状は目に入れたくないし、これ以上勝手に片付けるのは何かが違うだろう。

 そもそも深夜に大きな音を立てたら近所迷惑になってしまう。


 二人は椅子に座ったまま、無言で向かい合う。

 優斗は今の状況について考えていた。


「(ひとまず自殺はなんとかなったのかな)」


 シャワーを浴び、ご飯を食べてからは、少女にまとわりついていた死の気配が大分薄れたように見える。

 死んだような目つきは変わらないが、多少だけれど生気が感じられる。


「(でもこれからどうすりゃ良いんだよ)」


 何故死のうと思ったのか。

 その原因が分からなければ、ふとしたことでまた死のうとしてしまうだろう。


 いや、原因はうっすらと分かっている。


 リビングに置かれた二枚の写真。

 どちらも黒縁の額縁に入れられており、その額縁の上部には二本の黒いリボンがかけられている。


 遺影。


 年配の男女の写真は、どことなく少女と雰囲気が似ている。

 おそらくはご両親なのだろう。


 荒れ果てた部屋に置かれた両親の遺影となると、少女が悲しみのあまり錯乱した可能性が考えられるが恐らくは違う。

 何故ならば壁に落書きが書かれていたからだ。


 『祝死』


 少女の両親の死を喜ぶ人物がこの家に入った。


 その時にいざこざがあったのか、それとも他の理由か。


 少なくとも少女は両親を失い、悪意を持つ人物が身近にいるということになる。


 それらが死にたい理由に関係しているのだろう。


「(俺に何が出来るって言うんだ)」


 警察もダメ、病院もダメ。

 いっそのこと自分の家に連れて来た方がリフレッシュ出来るのではとも思うが、優斗も一人暮らしなので『家族』の温もりで支えることは出来ない。


 せめて相談できる大人が身近にいれば良いのだが、残念ながら思い当たる人物は居なかった。


「(こまめに見に来るくらいしか出来ないのかな)」


 優斗にだって自分の生活がある。

 四六時中少女につきっきりというわけには行かない。


 見てないところで死なれるのが怖くてたまらないが、他に頼る手段が思いつかないのだからこうするしかないと、心の中で言い訳をする。


「(そういえばうちの制服着てたな)」


 少女の制服は優斗が通っている高校のものだった。

 リボンの色からして同じ二年生。


「(学校には行ってるのかな。それなら探せば見つかるかも)」


 これじゃあまるでストーカーだなと自嘲する。


「(そろそろ良い時間かな)」


 考え事をしていたらお腹がこなれてきた。

 少女の方がどうだか分からないが、そろそろ寝てもらわないと。


「(寝る、か)」


 本来なら色々と思春期的な想像をしてしまう場面だろう。

 少し前に裸をマジマジと見てしまったのだから猶更だ。


 だけれども、今の優斗には全くそのような気持ちは起こらなかった。


「明日は学校があるから寝た方が良いよ」


 そう声をかけるけれども動こうとしない。


「(やっぱりそうなるか)」


 むしろ先程まで反応してくれていたことがレアだったのだろう。


「ほら、動いて」


 ゲーミング料理のあ~んを除いて、これまでは直接体に触れることで少女は動いてくれた。

 今回も部屋の中まで連れていこうと思い手を取ったのだが。


「あれ、どうしたの?」


 歩こうと促しても、椅子から立ち上がろうとしない。

 拒絶の意思を示している。


「(もしかして)」


 少女は寝たく無いのかもしれない。

 眠く無いのではなく、寝たくないのだ。


 優斗はその理由に覚えがある。

 心が折れている時に寝ると、よくないものを見てしまうから。


 だがどれだけ辛くても寝ないと体がもたない。

 休めないと心がさらに疲弊し、より眠りを拒否してしまう悪循環。


 そのことを実体験・・・として知っているからこそ、優斗は絶対に眠って貰いたいと思っていた。


「寝ないと元気にならないぜ。なんなら俺がずっと手を握っていてやろうか?」


 な~んてな。

 と続けるつもりだったが、少女がその言葉に反応して優斗を見上げたため言えなかった。


『本当に握っていてくれるの?』


 そう言われているような気がして。




「おじゃましま~す」


 少女の部屋は女の子らしかった。

 同世代の女の子の部屋事情など知らないが、優しいピンク系の色がベースになっていたから、ピンクすなわち女の子という単純思考でそう思ったに過ぎない。


 部屋の中はリビングほど荒れてはいないものの、洋服が床に散乱している。

 下着も放置されているが見てないことにすると決めた。


「わ~! 何してるの!?」


 ベッドに近づいた少女はおもむろに服を脱ぎ出した。

 慌てて部屋を出ようとするが、服の裾を強く掴まれて動けない。


 仕方なく後ろを向いたまま立ち止まっていたら、背後でごそごそと音がする。


「(パジャマに着替えてるんだよね。そうだよね、そうだと言って!)」


 これで振り向いたらまた全裸。

 なんてことになったらマズイ。


 先程は少女の体のガリガリ具合で暴走せずに済んだが、ベッドとの組み合わせは強烈だ。

 仮に押し倒されたりなんかされたら自制しきれるかどうかが分からない。


 そう悶々としていると音は止み、右手を掴まれた。


「(ええい!)」


 意を決して振り返ると、少女は全裸……ではなくパジャマに着替えていた。


「おお、パジャマも可愛い」


 どうせ反応しないだろうからと率直な感想を口にした。


 すでに少女は優斗の右手をきつく握っている。

 そしてそのままベッドに横になった。


 優斗もベッド脇に腰かけて、少女が楽な体勢で寝れるようにと手の位置を調整した。


 このまま引き摺り込まれなかったことを良かったと思うべきか、残念と思うべきか。


「(ひとまず寝付くまでこのまま)」


 男の目の前で無防備に寝姿を晒すなんてありえない。

 きっとそばにいてくれる人がいるのならば誰でも良かったのだろう。

 そもそも全裸で襲ってくれなどと言うような子なのだから、男がどうとか全く気にしていないはずだ。


 すぐに寝息が聞こえて来た。

 余程疲れていたのだろう。


「よし、おやすみなさい」


 握っていた手をベッドの中に入れて、優斗は部屋を出ようとした。


「あ、あれ?」


 しかし手の力を緩めようとすると、逃がさないとばかりに強く握って来る。


「寝てる……んだよな」


 寝たふりをしているようには見えない。

 無意識で人の温もりを求めてしまっているのだろうか。


「これトイレ行きたくなったらどうすりゃいいの?」


 大ピンチ、優斗は軟禁されてしまった!

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