旦那様の心が手に入らないのなら、私は……!

「ああああ姫、本当に入るつもりですの?」


「もちろんです。さあ、入りましょう」


 ピナが止める間もなく、ミュリエルは巨大な扉を押した。

 扉はギギギ、と恐ろしい音をたてて、ゆっくりと開いていく。

 むわっと蒸気のようなものが顔を撫で、全身が恐怖で鳥肌がたつ。


「……?」


 ピナは恐ろしくてつぶっていた目を、少し開けた。

 けれど毒矢が飛んでくることもなければ、炎で体を炙られることもない。

 よく見えないが、奥には赤いツヤツヤとした壁があるだけだ。


「何も、ありませんわね?」


「お邪魔します!」


「わっ、姫!」


 ミュリエルが部屋の奥に向かって叫ぶと、ようやく反応があった。


「……吾輩に、何の用事だ?」


 ゴゴゴ、と何か大きなものが動くような音がする。


「ひっ!」


 ピナは腰を抜かした。

 真っ赤な壁だと思っていたものは、ドラゴンの鱗だったのだ。

 顔を上げれば、遥か上空に、恐ろしい牙をぎらつかせたドラゴンの顔があった。


(ヒーっ !?)


 ピナがミュリエルにしがみつく間にも、ミュリエルはスカートの裾を摘んで、能天気に挨拶をしている。


「こんにちは、突然お邪魔してしまい申し訳ございません。私はミュリエル。あなたにお願いがあって、ここまでやってきました」


(ひひひ姫様、こんな恐ろしいドラゴンにそんなこと言ったら、食べられちゃいますわ!!!)


 ピナはガクガクと怯えていたが、意外なことに、ドラゴンは目を瞬かせただけだった。


「はあ。これはご丁寧に。吾輩の名はアインダーク。見ての通りフレイムドラゴンだ」


(……あれ? 意外に話が通じるではありませんの)


「それで、吾輩になんの用だ?」


「はい。実は、あなたが持つ願いの果実を少し分けて欲しいのです」


 ミュリエルは単刀直入に言った。

 

「どうしても叶えたい願いがありまして」


 そう言うと、ドラゴンは首を横にふった。


「願いの果実なら、もうないぞ」


「そこをなんとか」


「いや、隠しているわけではない。実は吾輩、もう自分で食べてしまったのだ」


「えっ」


「我慢できずに、母上の言いつけを破ってしまった」


 アインダークは何でもないようにそう言った。

 二人のやりとりをそばで聞いていたピナは、思わずホッとしてしまう。


(よかったですの……ここで願いの果実の奪い合いになったら、大変なことになっていました)


「わざわざこんなところまで来てもらったのに、すまなんだ」


「姫、仕方ないですわ。だって願いの果実は、もともとこの方のものなんですもの。さ、諦めて帰りましょう」


(ハァ〜。残念ですけれど、早く帰りましょう。見た感じ、アインダークも悪しき竜ではないようですし、一安心ですわ)


 そう思ってピナがミュリエルを見ると、ミュリエルはブルブルと震えていた。


「それじゃあ、私は、セクシーにはなれない……?」


「ええっと、生活習慣を変えたり、食生活を整えたり、運動したり。まずはできる範囲のことから始めてみてはどうですの?」


「……」


「何より、まずは旦那様とお話しすべきなのでは? だって愛人の話だって、もしかしたら勘違いかもしれないじゃないですの」


「旦那様の心が離れてしまうなら、私は、私は……っ」


「!」


 突然、ミュリエルの周りがゆらゆらと揺れ出した。

 抑えきれなくなったマナが、体から漏れ出ているのだ。

 漆黒のマナがミュリエルを包み込む。


「姫!?」


「お、おい! なんだこのマナは!」


 ピナとアインダークは焦りまくった。

 ミュリエルのマナはどんどん強くなり、あたりのものを吹き飛ばし始める。嵐の中に巻き込まれてしまったような、そんな感じがした。

 マナが強すぎて、アインダークでさえ、吹き飛ばされそうになっている。

 

 そのうちに、徐々にミュリエルの形が変わっていく。


「え、嘘──!」


 変容していくミュリエルに、ピナは絶句してしまった。

 だってその姿は──。





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