いざ出発!

「あれ? どうしたんですか、ピナさん」


 ミュリエルを止めたのは、冒険者ギルドで眠ったいたはずのピナだった。

 なぜかボロボロになって、ゼエゼエと肩で息をしながら、ミュリエルの前に立っている。


「こ、この森、飛竜が襲ってくるのに、どうやってこんなところまで来たんですのよ!?」


「普通に歩いてきましたけど……」


 ミュリエルが困惑していると、ピナはキーっと怒った。


「あ、あなたおかしすぎません!?  規格外すぎますわっ! あなたなんかすぐに倒して、スタインにいいところを見せようと思ったのに!」


「あら」


 ミュリエルは嬉しそうな顔をした。


「もしかして……ピナさんはギルドマスターのことが、好きなんですか?」


「え!?」


 ピナは明らかに動揺した。


「ちっっっっっっがいますわ!! ななななななんの話をしているのです?」


「まあまあまあ! 私、恋のお話は大好きですよ? 一緒に恋バナしません?」


「しませんわーっ!」


 ピナは真っ赤になって喚き散らした。

 二人のやりとりを、キューちゃんが呆れたように眺めている。


「さっきからわたくしをおちょくりまくって……もう許しませんわ!」


「? そう言うつもりはなかったのですけど……そういえばピナさん、何しにここに来たんですか?」


 そう言うと、やっと本題に入れたというように、ピナは剣を抜いてミュリエルに突きつけた。


「あんな卑怯な勝負で負けたなんて、わたくし認めないわっ!」


「卑怯、と言いますと?」


「わたくしに夢を見せて、戦う前に逃げたではありませんの! 卑怯者ですわ!」


「あら」


 ミュリエルは困ったように眉を寄せた。


「ダメですよピナさん。戦いに夢も何も関係ありません。私の魔術にかかった時点で、戦時ならあなたの首ははねられていたでしょう」


「うぐ……!」


「勝ちは勝ちです。ですので、もう勝負はしません。急いでいるので」


 そう言ってキューちゃんを出発させようとすると、ピナは怒りつつ、ミュリエルに聞いた。


「どうして……どうしてお姫様が、冒険者になろうとしたり、飛竜に乗ってどこか遠くへ行こうとしていますの?」


「!」


 お姫様、の響きは、高貴な貴族の娘というよりも、的確にミュリエルの身分を指しているように聞こえた。ピナは、ミュリエルの身分をわかっていたのだ。


「ピナさんは、私が王女であるとご存知だったのです?」


「……見ればわかりますわ。わたくしだって貴族の端くれ。遠目にですが、あなたのお姿を拝見したことがあります」


 ピナは拗ねたようにそっぽを向いた。


「でも、身分なんて関係ありませんわ! わたくし、やりたいと思ったことは、絶対にやり遂げるのです! 姫だろうがなんだろうが、もう一戦するまで、絶対許しませんわ!」


「まあ、その心意気は素晴らしいですね。私も同じですよ、ピナさん。一度決めたことは絶対に成し遂げたいのです」


 ミュリエルは微笑んだ。


「私には成し遂げたいことがあります」


「成し遂げたいこと……?」


「ええ」


 ミュリエルは頷いた。

 笑顔を引っ込めてピナを見つめると、ピナは流石に空気を読んだのか、たじろいでマシンガントークを引っ込めた。


「私には愛している方がいます」


「え? そ、それって」


「もちろん夫のことです」


「はあ」


「ですが、夫には愛人がいます」


「えええ!? そんな! 王女を嫁にもらっておいて、浮気!?」


 ピナはショックを受けたような顔になった。

 あの生真面目で冷静沈着な英雄エオライトが、浮気していたなんて!


「だから、ここから逃げ出そうとしてるんですの……?」


(それは、ちょっと気の毒だわ)


 ピナは目を伏せるミュリエルを見て、そう思ってしまった。


「……結婚したって、旦那様の心が手に入らないなら、何も意味がありません」


「姫……」


 あまりの真剣さに、ピナは涙を誘われた。

 ここでミュリエルを止めねばならない立場なのに、つい同情してしまう。


「だから私は……」


 ミュリエルは顔を上げて、キリッとした表情で言う。


「私はセクシーボンバーの実を、取りにいかねばならないのです」


「なるほ……は?」


 納得しかけて、ピナは眉を寄せた。


「せくし……なんですって?」


「セクシーボンバーの実です」


 ミュリエルは真剣に頷いた。


「それを食べてセクシーになるのです」


「え? は?」


 話が急展開すぎてついていけない。

 ピナが口をあんぐり開けていると、ミュリエルは微笑んで、キューちゃんに飛び乗った。


「と言うことで、ここでのんびりしている暇はないのです。さようなら、ピナさん」


 キューちゃんはミュリエルが背中にしっかりと跨ったことを確認すると、大きく鳴いて空へ飛び上がった。


「さあ、いざ出発です!」


 青い空がぐんぐんと迫ってくる。

 ミュリエルが少しワクワクしていると、すぐ後ろから、全身から絞り出したような悲鳴が聞こえてきた。


「うぎゃあああああ」


「あれ?」


 振り返れば、ピナが飛竜の尻尾にしがみついていた。


「ピナさん、何してるのですか?」


「わたくしを追いて行くなんて、許しませんわぁああああ!」


「まあ」


 すごい根性だ。

 どうやら離れてくれる気はなさそうだ。


「仕方ありませんね。もう時間もないですし、しっかりつかまっていてくださいよ?」


「うひゃあああああああ」


 ぶらーんぶらーんと、ピナは空中で揺れている。


「さあ、それじゃあピナさんも一緒に、セクシーボンバーの実を取りに来ましょう!」


「いやだからセクシーボンバーの実って何ですのぉおお!?」


 青い空にピナの悲鳴が響き渡った。

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