自分で狩ってみましょうか

「まーた逃げたしたの、あの子」


「ミュリは城を抜け出す天才でしたからね……」


 王都にある国王夫妻が住む宮殿。

 ミュリエル出奔の連絡を受けた王妃は、頭が痛むと言うようにため息をついた。


「それで原因はなんだったの?」


 王が問うと、王妃は手紙に視線を落としてエオライトからの報告を読み上げた。


「夫婦仲がうまくいっておらず、離縁したい、と」


「それで屋敷を抜け出しちゃったのかぁ」


 あちゃ〜と脳天気に、王は苦笑いした。


 ミュリエルは幼い頃から、城を抜け出す天才だった。

 あまりにも抜け出し癖が酷すぎて、王妃は怒ってミュリエルを牢屋に閉じ込めたことがある。しかしケロッとした顔で晩餐の場にいたので、彼女の暴走を止めるのは不可能に近いと学んでいるのだった。


「だから言ったのですよ、まだ降嫁させるには早いと。将来的に結婚させるとしても、ゆっくり距離を近づけていくべきだったのに」


「だってどう見ても両思いじゃん! 焦ったいじゃん〜!」


「そのじれじれがいいんですよ」


 王妃はため息を吐いた。


「エオライトは随分奥手ですからね」


「それに僕らが、邪竜の後始末でこき使っちゃったもんな〜」


「とにかく、街道に検問をおきましょう。まずはあの子を捕まえなくては」


「あの子が地面を歩いていくと思うかい?」


「……」


 王妃は少し考えると、そばにいた側近に命じた。


「空路にも竜騎士を派遣して頂戴。もしも姫を見かけることがあれば、撃ち落としても構いませんよ」


「……は、はあ」


 側近は戸惑って曖昧な返事をしていたものの、お辞儀をして去っていった。

 竜騎士たちが返り討ちにあうのが目に見えて、王妃はため息をついたのだった。


「昔は、マナに耐えきれず、辛い思いをさせてしまいましたからね。せめてこれからは、幸せに暮らしてもらおうと思ったのですが」


 ミュリエルが体に宿すマナの量は莫大だ。

 過去に例を見ないほどのそのマナは、ミュリエルの幼い体を蝕んだ。

 肉体の成長がマナの量に追いつかず、ミュリエルは全身の痛みと熱に浮かされ、床に伏せがちな幼少期を送っていたのだった。


 そのせいでミュリエルは癇癪をよく起こした。感情を爆発させて、しょっちゅうマナで王宮のものを壊していた。

 それがちょうど治ったのは、エオライトに出会った時なのだろう。

 何があったかは知らないが、自分で自分の力をコントロールできるようになっていた。


「あの暴走姫は、一体どこへいるのやら」


 王妃はため息をつく。

 王はにっこりと笑って、王妃にしか聞こえないような声で呟いた。


「あの子は……の生まれ変わりだからねぇ」


     *


「せい、やぁあああ!」


「ぐぎゅぁああああああ!?」


 一方その頃、ミュリエルは森で野生の飛竜を背負い投げしていた。

 飛竜は見事に背中から地面に叩きつけられる。

 

「一本!」


 満足げに腰に手を当て、ミュリエルはふう、と額の汗を拭った。


「飛竜を貸してもらえないなら、自分で捕まればいいのです♪」


 ライカの街のすぐそばにある森で、ミュリエルは飛竜とタイマンで戦っていた。一応森番に聞いたところ、やれるもんならやってみろという答えを返されたので、密猟にはならない。


「うふ。まだ遊びたりませんか?」


「ぐ、ぐぎゅ……」


 飛竜は蛇ような金色の目を細めて、ミュリエルを警戒するように見つめる。

 それから自身に出せるありったけの奇声で、ミュリエルを威嚇した。


 ぐぎゅあああああ!

 しゃああああ!

 グェグエェ!


「うふふ。わかりました。それではもう一戦いきましょうね」


 ミュリエルの拳がバキボキと鳴った。


     *


 数分後。


「キューン」


「あらあら。くすぐったいですよ」


 飛竜は完全にミュリエルに調教されていた。

 ボコボコにされ、完全に抵抗の意思を無くしたようだ。

 今では主人であるミュリエルに頭を下げ、甘えるような仕草まで見せている。


「よし。あなたの名前はキューちゃんよ」


「キューン」


「それじゃあキューちゃん、北の山脈まで、私を乗せてくださいな」


「キューン!」


 キューちゃんは、何も言わずともミュリエルが乗りやすいように体をかがめた。 

 ミュリエルがその背中に乗ろうとしたとき。


「ちょっと待ちなさい!」

 

 聞き覚えのある、キャンキャンとした声がミュリエルを止めた。


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