お人が悪いですね?


「それじゃあ、ミュリエルさん対ピナさん、戦闘開始です!」


 アイリスの掛け声で、二人の戦いは幕を開けた。

 ピナは早速剣を構える。悠長に突っ立ているミュリエルは、にっこりと微笑んでピナに声をかける。


「ピナさん」


「はい? なんです、今更怖くなったって、やめてあげませんわよ!」


 と言いつつも、ピナは何か、奇妙な違和感を感じた。


(今何か、グニャって景色が曲がったような……?)


「うふふ。なんでもありません」


「……?」


「それでは、どうぞ」


 ミュリエルの奇妙な問いに、ピナは眉を寄せた。


「何を舐めたことを言っていますの? これは真剣。触れれば血もでるし、ただではすみませんの、よっ!」


 ピナは颯爽とミュリエルに切り込んできた。

 思った以上に早い。

 素早い突きと斬り上げが、閃光のごとくミュリエルを襲う。

 ミュリエルは踊るようにそれらを交わすと、ふわりと地面を蹴って、浮かび上がった。その瞬間、ミュリエルの背に光が集まり、蝶の羽のようなものを形作る。ミュリエルはふわりと、ピナの剣先に降り立った。


「えっ!? な、なんですの、それ!?」


「実は私、蝶々の生まれ変わりなんです」


 唇に人差し指を当てて微笑むミュリエルに、冒険者たちがヒューッと口笛を吹く。ピナは顔を真っ赤にして、剣を振り払った。


「ならその美しい羽を、わたくしの剣で切り裂いて──」


「あら、もうダメですよ? よそ見してしまったんですもの」


「!」


 ハッと気づいた時には、ピナの足にふわふわとした光がまとわりついて、動けなくなっていた。よく見れば、それは小さな蝶の集まりのようだった。


「え!? ちょ、何これ!?」


 蝶は次第に数を増し、ピナを巻き込んで空へ舞い上がっていく。


「うぎゃあああああ!?」


「ふふ、剣士はよそ見しちゃダメです。ピナさんもまだまだですね!」


「このおおおおお! ぜぇっっっったい許しませんわぁあああ!」


 ピナは蝶に巻き上げられながら、ギャンギャンと怒って上空で喚き散らしていた。冒険者たちもおおーっと空を眺めている。


「それでは皆様、いい夢を」


 ミュリエルが微笑むと、グニャリとあたりの景色が歪んだ。


     *


「さて、と」


 ミュリエルが目を開けると、目の前にピナやアイリスや、冒険者たちが倒れていた。耳をすませば、ぐーぐーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。どうやらぐっすりと眠っているようだ。


「夢の中でもあんなに強いなんて。ピナさんを見誤っていたましたね」


「……嬢ちゃん。それ、古代魔術か?」


「あら?」


 独り言を呟いていると、当然後ろから声をかけられた。

 振り返れば、スタインが切り株に座って、タバコをふかしている。


「なるほど。スタインさんは、私の魔術にかかってくれなかったんですね?」


「ちょっと危なかったけどな」


 く、とスタインは喉で笑う。


「困った姫様だな。せっかくここで時間稼ぎして、領主様に突きだそうと思ってのに」


「……」


 ミュリエルは遠くの方に目をやった。

 どうやら追っ手が迫っているようだ。


「お人が悪いですね、スタインさん」


「流石に姫様の顔くらいは知ってるさ」


 ミュリエルはむくれた。


「おやおや。貸してやろうと思ってたんだぜ、ちゃんと勝てたら」


「嘘つき。貸してくれないんでしょう?」


「夢の中じゃなくて、現実世界で勝てたらな」


 ミュリエルが唇を尖らせると、スタインはククッと笑った。


「残念。時間切れみたいだ」


 ミュリエルはベーと舌を出して、その場を後にしようとした。

 けれどスタインは、追ってくる気配がない。


「追ってこないのです?」


「ま、夢の中でとはいえ、ピナに勝ったんだ。見逃すくらいはしてやるよ」


 ミュリエルは悪戯っぽく笑うと、ふわりと柵を乗り越えて、冒険者ギルドを後にした。

 スタインは肩をすくめて、消えていくミュリエルを見守ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る