令嬢冒険者なのですわ!

「ひどいわ、スタインさんってば。ミュリエルさんに無理難題を押し付けているのよ!」


 簡単な健康診断をミュリエルにさせながら、受付嬢アイリスはため息をついた。すっかりミュリエルのお姉さんポジションのようになっている。


「ミュリエルさん、危ないから今からでもやめた方が……」


「大丈夫、平気です」


「そう……」


 アイリスはガッカリしたような顔をすると、部屋の奥から水晶玉のようなものを持ってきた。


「次はマナの測定をします。健康診断は、これで最後よ」


「ありがとうございます。マナ測定なのですが、外でやってもいいです?」


「へ?」


 アイリスがキョトンとしている間に、ミュリエルは測定器をヒョイっと持ち上げて、外に出て行く。


「ああ、ちょっと!」


 アイリスは慌ててその後を追った。

 なんだなんだと冒険者たちもその様子を見に、外へ出ていく。


「ちょっと危ないので、こうさせてもらいますね」


 ミュリエルは球を頭上に持ち上げた。

 それから目を瞑ると、自身の周りに透明なシャボン玉のような泡を発生させる。


「空間遮断術……?」


「……? あの嬢ちゃんは何をしてるんだ?」


 面白がって見学していた冒険者たちが、首を傾げる。


「よいしょっと、行きます!」


「あ、ちょっと!?」


 アイリスが止める前に、ミュリエルは水晶玉にありったけのマナを注ぎ込んだ。



「ふんぬっ!」



 ──ィイイイイイイン!


 ズガァアアアアンッッッ!

 

 

 ……水晶玉は爆散して、跡形もなく消え去った。


     *


「あらまあ」


 流石にここまでになるとはミュリエルも思わなくて、己の手を見てポカンとしてしまった。


「割れてしまいました……?」


 キョトンと首を傾げてみんなの方を見れば、彼らは固まっていた。


「な、な……」


 アイリスが肩を震わせ、ミュリエルを指差す。


「「「「「何今の!?」」」」」


 冒険者たちが一斉に声を上げた。


「あはは」


(最新式と聞いていたのでいけるかなと思ったのですが、ダメでしたか)


 むしろ以前よりひどくなっているような気がするのだが。

 その様子を見ていたスタインが深いため息をついた。


「おいおい、たっかいんだぞ、あの水晶ダマ」


「ごめんなさい。お金は後で支払います……」


 ぺこり。

 自分のお小遣いから払えるだろうかと頭の中で考えていたところで、スタインが呆れたように聞いてきた。


「嬢ちゃんは、魔術師として活動するつもりなのか?」


「そうですね……私は剣や弓は嗜みませんし、魔術師でお願いします」


 ミュリエルは両手を頬に当てて、にっこりと笑った。


「さて。どなたか、私の相手をしてくださりませんか? これをクリアすれば、晴れて冒険者になれるんです」


「……」


 冒険者たちは顔を見合わせた。

 さすが、歴戦の戦士たちだ。このおかしな少女と戦ったら、何か大変なことになるのではないかと、ひしひしと感じているようようだった。

 ミュリエルのマナに、流石に慎重にならざるをえなかったらしい。

 そんな中、その場にそぐわないような、甲高い声が響き渡った。


「その役目! わたくしが引き受けましたわ!」


「?」


 どこから聞こえてきたのかと辺りを見回すが、声の主はどこにも見えない。と思いきや、遠くの方で、ごつい冒険者たちに紛れて、金色の髪がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。


「ちょっと! 退きなさいな!」


「お? おお、すまんすまんピナ」


 ごつい冒険者たちをかき分けてこちらへやってきたのは、ミュリエルと同じ年齢にほどの、小さな少女だった。体のわりに大きな剣を下げていて、どうも剣士であることがうかがえる。


「あなたがお相手してくださるのですか?」


「ええ。わたくしの名はグロウナー伯が長女、ピェルツェリナ=ウィアリア・グロウナーです」


「ぴ……?」


 言いづらい。

 ミュリエルの頭の中に、ピーピーと鳴くひよこがたくさん浮かんだ。


「ぴぇるちぇ……ごほん、ピェルツェリナですわ!」


「みんな呼びにくいから、ピナって呼んでるんだ」


 すぐそばにいた冒険者が補足してくれた。


「ああ、なるほど。よろしくお願いしますね、ピナさん!」


「ピェルツェリナです!」


 ピナは怒ったように言う。


「あなた、世間知らずのお嬢様でしょう! どうして貴族の令嬢が、危険がたくさんある冒険者になると言うのです? 諦めた方が身のためですわよ!」


「? あなたも同じように見えるのですが……」


「んなっ」


 ピナもミュリエルと同じようなものだ。

 貴族だし、華奢だし、小さいし。


「グロウナー伯といえば、治水に功がある素晴らしい方でしたね」


「そうなんですの! お父様は水路の設計が……じゃなくって!」


 父親が好きなのか、一瞬ピナは破顔した。

 が、すぐさま気を取り直して、ビシッとミュリエルに指を突きつける。


「こうなったら、わたくしが相手をしますわ! 現実の厳しさを教えて差し上げましょう!」


「はあ」


「ボッコボコにしてやりますから、覚悟なさい!」


「はい、よろしくお願いしますね」


 こうしてミュリエルは、Aランク冒険者のピナと、一戦交えることになったのだった。


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